このクラスにはまともな奴がいないのか

とぉ

俺の周りにはまともな奴がいないのか

人には得手不得手というものがある。

例えば運動が得意という人、勉強が得意という人、またどちらも苦手だが何か秀でているものを持っている人。

十人十色の生き方でそれぞれの人が自分なりの武器を手に日々生活している。

かく言う俺も唯一といっていい得意なことで高校生活のスタートラインに足を踏み入れた訳だ。

私立遊弾高校。勉学に秀で難関大学に多く進学する実績をもつ進学科と、勉学以外で秀でたものを武器に社会で活躍することを目的とする自己推薦科。

国随一の特殊な自己推薦型試験を採用しているこの高校の自己推薦科で俺の高校生活は幕を開けるのである。

新たな環境に胸を躍らせながら学校が所有している寮で入学式に向けて準備をしていると俺の部屋のインターホンが鳴った。

こんな朝早くに何の用だと思いつつ、つい想像を膨らましてしまいながら玄関の方に向かう。

もしかしてお隣さんが挨拶に来たとか。それが女子でゆくゆくは恋に発展したり。

そんな妄想をしているとこれから始まる高校生活に自然と口が緩んだ。

「はいはい、どちら様」

「ごめんください。隣のものですが」

ドアノブに手をかける前に聞いたものだがお隣さんをいうのは合っていたらしい。声を聞いた限り男性なので予想を少し外してしまったが。

まあいい。これから仲良くなる可能性もあるのでここは社交的にいこう。

「おはようございます。どうなされましたか―――っ!」

「おぉ悪い、ちょっといいか」

ドアを開け言葉を失ってしまった。

そこには半裸の男が突っ立っていた。

見事に割れたシックスパック。筋肉のことには詳しくないがどこか一部分に集中して鍛えているというより、満遍なく時間を掛け鍛えた自慢の筋肉といった感じだ。

しばらく今起きている現実から逃避し考察に耽っていたがすぐに冷静に戻る。

とりあえず今しないといけないことは、目の前にいる笑顔の半裸男に向かって。

「変態だッーーーーーー!」

と叫びドアを閉めることだった。

勢いよく閉めようとするドアが途中で止まり、少しずつ肌色の肉体が視界に入ってくる。

「まぁ待て、一旦落ち着いて話を聞いてくれ」

「変態の話など聞けるか。お前はまず服を着てくれ!」

ドアノブを必死に引いたが、筋肉の差が如実にでてドアを完全に開けられてしまう。

あぁ、もっと筋トレしとけば良かった。こんな風に使うとは予想もできなかっただろうが。

「やっと入れる気になったか。ったく、邪魔するぞ」

「いや入れる気はさらさらないんだが」

 ゴミを見る目で負け惜しみのようにつぶやく。

ずかずかと俺の部屋に入っていく筋肉に向かって言いたいことはたくさんあるが一番気になっている質問をぶつける。

「お前、自推の1年か」

「そうだが、それがどうした」

もうやだ。自己推薦科、略して自推の生徒は変わっていると評判で聞いていたが、こんな奴ばっかりなのか。

両手で顔を押さえ落ち込んでいると流石に気を遣ったのか筋肉がなるほどという表情で口を開いた。

「お前も自推か。今日からよろしく頼むぜ、親友」

「お前に良心というものが少しでもあるならすぐに帰ってくれ」

「あぁすまない。すぐに出て行く」

「ちょっと待て。なぜ窓から出ようとする」

ボケとしては斬新すぎるし、この光景を誰かに見られていたら変な噂になることは確定である。

おまけにこの寮は格安ということの条件としてベランダがない。つまり窓を開けると何もない。すぐ外である。

「大丈夫だ。指が掛かる幅があれば何とでもできる」

「いやそんな心配をしているのではなく、ここ3階ッ!」

 ぐっと親指を立て窓から横に飛んだそれを慌てて追う。

窓の縁に手をかけ横スクロールしていった筋肉を探すが、その姿は見あたらなかった。

「まさか落ちたのか」

 窓から飛べば当たり前と言ったら当たり前なのだが地面の方に目をやってもどこにも肌色の肉体は見つからない。

「夢でも見ているのか」

 夢というより悪夢だが、そうでなかったら引っ越しの準備やらで疲れていたのかもしれない。

「何だったんだまったく」

朝から怪奇現象に遭遇し、このままろくでもない高校生活が始まる予感しかしない。

「はぁ…学校行こう」

「おう早く行くぞ。親友」

 窓の方から振り返るとさっきまで半裸だった男がちゃんと服を着て俺の部屋に立っていた。

 流石に疲れが溜まっていたことを確信し、目を擦ってもう一度目を開くと変わらずその男の姿が見える。

「ふ、今日は休もう」

「おい待て。なぜベッドで寝ようとする」

話かけてくるな悪霊め。お前とはもう関わらないと決めたのだ。

「早く行かないと遅刻するぞ」

そう言い軽々と俺を抱え外に出ようとする。

「まったくとんだ不健康児だな。そんなことだからヒョロヒョロなんだ」

「離せ!このバカ力野郎。分かった行くから。学校行くからこのまま外に出ないで下さい!」

 悪夢でも悪霊でもなかったそれに、まるで駄々をこね無理矢理連れて行かれる子どものような口調で訴えると玄関から出た後に投げ下ろされた。

「ほら早く行くぞ」

 いつの間に拾ったのか俺の鞄を差し出してきた。

「…はぁ」

 深くため息をつき、鞄に手を掛ける。そしてしぶしぶ学校の方に足を向けた。

 が、コイツと一緒に行く道理はないので全力ダッシュを決め込んだ。

「お、学校まで競争か。面白い」

 隙をついたと思ったが楽しそうに着いてくるそいつは筋トレの一環だと思ったのか、俺の全力の走りを追いかけ追い越していった。

「わはは。遅い遅いぞぉ」

 しばらく走っていたが奴の姿が見えなくなり走るのをやめる。

「何だったんだあいつは」

 まるで台風のように勢いよく現れては去った後に何とも言えない気持ちになり、ゆっくり通学路を歩いていく。

 まるでこれが序章だと言わんばかりの出来事にこれから始まる新生活が不安に思えてくる。

「俺の周りにはまともな奴がいないのか…」

 不安しかない気持ちのまま俺は学校に向かった。



 クラス分けの表を見て自分の席に座ろうとした時、俺は言葉を失った。

「おぉ、一緒のクラスだったのか。しかも席が隣とは奇遇だな、親友」

 ホントやだ。なぜ神はこんな試練を与えたもうたのか。

 窓際からは一列隣だが一番後ろの本来なら最高の席なのに、こんなオプションがついてくるとは。

「どうした。一番後ろの席なんだから最高じゃねぇか。しかも顔見知りだしな」

「お前がいなかったら最高の席だったんだがな」

「またまたご冗談を」

「いや割とマジだ」

 どういう意味かさっぱりといったジェスチャーをしてくるこいつを見ていると無性に殴りたくなるのはなぜだろう。

「ま、よろしく頼むぜ親友。俺は多山 力也だ」

スっと握手を求めてきたのでしぶしぶそれに乗ることにした。

「大平 凡太だ。よろしく頼みたくないな」

 軽く握る程度だと思っていたが多山はしっかりと俺の手を握ってきた。

 あれれ、おかしいぞ。右手の感覚がなくなっていくよ。

 段々命の危険性を感じ始めたのでバッと手を振りほどく。

「お前は握手のやり方を知らんのか」

 傍から見れば小動物の威嚇に見えているかもしれんが全力で睨み付けた。

「軽く握った程度だろうが。大袈裟な」

「どんな馬鹿力してんだよ」

 朝の窓からジャンプといい、この馬鹿力といいこいつは人間じゃない。これ以上は近づかないでおこう。

「ちなみに中学の頃はターザンと呼ばれていた」

 ぴったりすぎる。片手で口を押さえ吹き出すのを我慢した。

 しばらく笑いを抑えるのに必死だったが、クラスが一瞬にして静かになったことで自然と視線が前に向けられた。

 視線の先には一人の少女。

 明るい髪色に風でさらさらとなびくロングヘアー。整った顔立ちに華奢な体型。

 まるで絵画から飛び出してきたようなその少女に自然とクラス全員の視線が集まった。

 少女は優雅に歩く。そして俺の隣まできて足を止めた。

「席、隣ですね。よろしくお願い致します」

 笑顔でペコリと軽く頭を下げ少女は席に座った。

 その光景を間近で見た俺はしばらく動きが停止してしまった。

 美少女に話しかけられて緊張したとかじゃないんだからね。と一応言い訳はするが全くもってその通りである。

 硬直している俺を心配したのだろう。ターザンが声をかけてきた。

「大丈夫か凡太。おーい」

「はッ」

 ターザンの声で我に返りたくはないがこの状況では助かった。

「お前一分ぐらい止まっていたぞ」

「話しかけてくるな。天使の笑顔と声を忘れるだろうが」

 脳内フォルダーにはしっかり保存したがその近くにターザンの記憶を残したくないのは至極当然のことである。

「ひでぇな。朝、運命的な出会いをした仲だというのに」

「変な言い方をするな、どつき回すぞ」

ほんと殴りたくなるな。コイツは。高校生だから常識的にそうしないが。

「あの、すいません」

 遠慮しているかことが分かる小さな声。

「は、はい」

 突然の事にゴクリと唾を飲み身構えた。

 天使から声を掛けてくるなんて。まさか騒がしかったか。

 などと考えていると彼女は目をキラキラさせ始めた。

「どちらが受けでどちらが攻めですか」

「は?」

「あ、待って下さい。考える時間を。シンプルに考えて筋肉攻め。それともヘタレ攻めの線も。あぁ、もしかしてSMの可能性が―――」

 呼吸をする間もなくブツブツ言い始めた彼女に俺たちは何も言えないでいた。

「ふう」

 ようやく呼吸することを思い出したのか彼女は息を整える。

「あの、大丈夫ですか」

「なかなか良い組み合わせです」

「何がッ!」

 一人で満足している様子を見てシンプルに驚いてしまった。

「私、卯ノ花 蓮華です。よろしくお願い致しますね」

 どのタイミングで自己紹介してんだよ、とツッコミたくなったが嫌われたくないのでグッと堪えた。

「俺は多山 力也だ。よろしくな」

「大平 凡太です。末永くよろしくお願いします」

 毎日味噌汁を作って下さい、はまだやめておこう。焦るな、まだその時じゃない。

「おい、凡太。俺の時と違い過ぎね」

「黙ってろ。声を掛けてもらえるだけありがたいと思え」

「ふふ。仲良しですね。良いことです」

 全くもって良いことではないがあまり大きな声を出しすぎるとうるさく思われるので少し黙っておこう。出来る男は空気を読むのだ。

「あぁ俺たちはもう切っても切れない仲だ」

「ちょっとお前黙っておいてくれる!?」

 流石に空気を読むとかの話ではないので思わずターザンに指摘する。

 誰かコイツに空気の読み方を教えてやってくれ。

「はぁ」

 これからこんなのが続いていくとしたら身が持ちそうもない。

 卯ノ花さんの隣の席になれたことには運命に感謝だが、反対の席に大きなマイナス要素があるので何とも言えないんだよな。

 その時フッと脳裏にアイディアがよぎる。

 そうか。ターザンを消そう。

 これが俺の第一目標だ。よっし、頑張るぞ。

 頑張り所がおかしいな、これ…。

                 ☆


「しっかし、あれはひどかったな。自己紹介でいきなり席替えを希望するとは」

「うるせぇ。当然の判断だ」

 入学式を終え、一日の日程も全て終了。後は帰宅するのみである。

 クラスでは残って友達作りに励む者や早々に帰ってしまった者もいる中で俺は机に体をゆだねていた。

 そんな俺の横にはターザンが喜々として居座っている。早く帰れよコイツは。

 ターザンがネタにしてきたのは新入生が誰しも経験するあれである。

ホームルーム教室で一人ずつ自己紹介をすることとなり、俺は名前と趣味、これからの抱負と席替えをして下さい、と大きな声で言い放った。

 傍から見れば意味不明な行動だろう。俺もその立場だったらそう思う。

 自己紹介と言えばウケを狙いにいく輩もいるが、俺はそういう奴が嫌いだ。

 だってそうだろう。目立ちたいだけなら全員を巻き込むな。

 俺は信念を持って先生に言ったのだ。

 席替えをして下さい、と真剣に。

 後から考えると凄い恥ずかしい!痛い奴じゃん。

 その時は、今横にいる不安要素を取り除きたい一心で言ったことだが、よくよく考えるとあれだな。もう学校辞めたくなるな。

 明日から変な奴みたいな認識されるのヤダな。俺は至って普通なのに。

 それもこれも全てお前のせいだとターザンを睨みつける。

 ゴゴゴという効果音が鳴りそうな雰囲気を察したのかターザンが口を開いた。

「どうした。腹でも痛いのか」

 大丈夫か、という顔をしているが俺はお前の感の悪さに大丈夫かと言いたい。

「もういいよ。お前さっさと帰れよ。俺はもう少しここにいる」

「いや、一緒に帰ろうぜ。部屋隣なんだから」

「お前と帰るのが嫌だから残っているんだけど!?」

 俺の気持ちが分からんのか。こんなに嫌っていることが。

 はて、という顔をしているのを見ると本当に分かってないようである。

 脳まで筋肉でできているんじゃないかと疑いたくなる。

「ここで大平君は多山君にデレた態度を示し二人の親密度が更に深まりました」

「変なナレーション入れないでもれえる?卯ノ花さん!」

 俺たちのやりとりを隣でずっと見ていた卯ノ花さんが満足そうにしていた。

 何なのこの状況。カオスだよ。

 どこで間違えた。俺の高校生活…。

「まったく楽しそうだね。大平君」

 ちゃんと状況見えてる?と声を掛けてきた奴に言ってやりたい。てか誰だよと顔を上げて確認するが知らない顔がそこにはあった。ほんと誰だよ。

「同じクラスの大屋だ。お前の自己紹介のせいで印象に残らなかっただろうが」

「はぁ。で何の用」

 またややこしいのが絡んできたと思い、適当にあしらう。

「何の用だと。お前が騒がしいから注意しに来てやったんだ」

「いや待て。うるさいのは俺じゃない。主にコイツだ」

 そう言いターザンを指さす。

 まったく分かってないな、コイツは。俺は平凡な学校生活を送りたいだけなのにそうさせてくれないだけじゃないか。思っていて悲しくなる。

「お前が中心でうるさくなっているのが分かってないのか…。まぁいい。とりあえず忠告はしたからな。騒ぎだけは起こさないでくれよ」

「お前に言われなくてもそのつもりだが一応胸に刻んでおこう」

「どこからその自信が生まれてくるんだ…」

 ふん、と言い去って行く、まるでモブのようなモブが去って行った。

 まぁ奴の言い分も分からんでもないな。実際クラスメイトが問題でも起こした日にはクラス全体に迷惑が掛かる訳で。

 俺としても平和な学校生活を送りたいと思っているので、目立ったことは控えよう。

「そうだ、凡太。これから学校探検でも行かないか」

 隣で黙って聞いていたターザンが思いついたように言う。

「行かない」

「クラブ見学をしていっていい期間らしいし、行こうぜ」

「絶対行かない」

 ターザンは困ったような表情をしてこちらを見ている。

 コイツと行動するとろくなことが起きないし、そもそもコイツを関わりたくない。

「どうしても行かないのか」

「しつこいな。行かねぇ」

「じゃ私たちだけで行きましょうか。多山君」

「そうだな。じゃ行くか」

「さぁ早く行くぞ。遅れるな」

 荷物をまとめ、席を立つ。卯ノ花さんが行くならさっさとそう言え。

「凡太。行かないんじゃ―――」

「何言ってんだ。行くに決まってるだろ。さ、行きましょう。卯ノ花さん」

 紳士のように卯ノ花さんに手を差し伸べる。

「え、えぇ」

 手を軽く添え席を立つ卯ノ花さんと何か府に落ちないターザンと一緒に学校探索へと向かうべく教室を後にする。

「で、どこに行くんだ」

 目的場所を決めず教室を出たものだから、すぐに行き先をターザンに尋ねる。

「俺は運動部系の部活を見たいが、二人はどこか入りたい部活はあるのか?」

「私は特にありません。やりたいことがあるわけではないので」

「俺も特にはないが何かしらの部活には入りたいな」

 三人中、二人が見たいものがないのだからもう帰ろうかと提案したい。

 だが卯ノ花さんと少しでも共に行動したいのでここは耐えることにした。

「なら運動部巡りに付き合ってくれないか」

 ターザンは頼むといった感じで手を合わせる。

「はぁ?何故俺がお前に付き合わにゃならんのだ」

「いいですよ」

「もちろんいいに決まっているだろう」

「凡太。さっきから手のひら返しが凄くないか」

 卯ノ花さんがいいと言うのなら仕方がない。少し付き合ってやるか。

「そんなことは気にするな。早く行くぞ」

 首を傾げるターザンを余所に各部活場所に向かうことにした。



「結構回ったぞ。目当ての部はあったのか?」

「あぁ。どこも魅力的だが、パルクール部は特に良かったな」

「多山君はどこの部からも熱心にスカウトされていましたね」

 卯ノ花さんの言うとおり、多山はどの部に行っても人目を引いていた。

 自慢の筋肉でスポーツに関しては、何でも出来てしまっていたため期待の新人という異名を付けられていた。

 そんな活躍を一時間ほど見せられた俺は早く帰りたい気持ちでいっぱいになっている。

 別に俺があまりスポーツが出来ないからといって嫉妬していたわけではない。決して。

「ところで凡太は気になる部はあったのか。文化系も一通り見たわけだが」

 多山の活躍とは別に一応文化系も見たので、その中で良い部があったのか問うてくる。

「うーん。これといって気が引く部がなかったんだよな」

 学校には沢山の部があるが、俺の平穏な学校生活を促進するような部は見つからなかった。

「どの部も真面目に取り組み過ぎてないか」

「それは当たり前だと思うのですが」

 卯ノ花さんは苦笑いしていた。

「まぁ入りたい部活が無かったのなら仕方がないが、どうするんだ。何かしらの部には入部しておきたんだろう」

 ターザンの問いに頭をうならしながら考えこんでいると、卯ノ花さんがハッと閃いたように口を開いた。

「なら新しい部を申請するのはどうでしょうか。生徒手帳に申請の仕方が記載されていますよ」

生徒手帳を開きパラパラとページをめくって記載された文章を見せてくれた。

 しかし生徒手帳をちゃんと携帯し、内容にも目を通しておくとか卯ノ花さん真面目すぎませんかねぇ。

 生徒手帳とか部活の作り方とか存在自体知らなかったことは言わないでおこう。

 どれどれと卯ノ花さんの生徒手帳を見て内容を確認する。

「部を作るには最低でも五人必要。また学校に必要と思わせる実績を提示すること、か」

 ざっくりと内容をまとめるとこんな感じである。

「作る段階で実績を伴っていないといけないとか無理があるんじゃないか」

 ターザンがつぶやく。確かに何かしらの活動をしておかないと部としては申請出来そうも無い。

「確かにこれは厳しいかもですね」

 残念といった表情で卯ノ花さんは生徒手帳をしまう。

 せっかく卯ノ花さんが教えくれたのに、この案を無かったことにするのはもったいないので必死に考える。

 そこで疑問に思ったのかターザンが口を開いた。

「実績は誰に提示するんだ。この手のことはやはりまず生徒会長とかか」

 普通に考えて生徒会関係だと思うが、いきなり行って話を聞いてくれそうなイメージがないんだよな。生徒会って堅いイメージあるし。

「生徒会長さんって優しそうな方でしたよね。入学式で話されていた印象的に」

 と、偏見混じりに考え込んでいると卯ノ花さんがまたも情報を教えてくれた。

「確かに雰囲気はそんな感じだったような」

 あまり覚えていないが、必死に思い出す。

「なら一度話だけでも聞きに行くのはどうだ」

ターザンの提案には乗りたくはないが、ここはそうした方が良さそうだな。

突然行って話を聞いてくれるのか不安ではあるが、上手くいけば俺の平穏な学校生活のための部を作れるかもしれないので何とかやる気をだす。

「ところで何の部を作るんだ」

 そもそもの話をしてきたターザンに対して卯ノ花さんが控えめに手を挙げた。

 その仕草だけで何でも許してしまいそうだが、一応話を聞いておこうと待機した。

「あの、何も決まっていないのであればでいいのですが」

 もじもじしながら言葉を溜める卯ノ花さん。

 何でもいいから言ってみな、と優しい表情で言葉の続きを待つ。

「…BL部とか」

「却下で!」

 くい気味に固くお断りをしておいた。

 こればっかりはさすがの卯ノ花さんでも譲ってはいけない。

「主に大平君と他山君が活躍してもらう方向で」

「却下って言ったよね!」

 えぇーという表情で訴えて来られても。ついでにターザン、お前は満更でもない顔をするんじゃねぇ。

「とりあえず生徒会室に行くか」

 話がまとまらない気がしてきたので、優しい生徒会長さんとやらに助けてもらおう。

 雑談をしながら慣れない校舎の生徒会室に向かう。主に卯ノ花さんに任せながら。

「着きましたが、どなたがノックしますか?やはり大平君が?」

「えぇ…ヤダよ。ターザンお前行け」

「いや、ここは普通に考えて凡太が行くべきだろう」

 などと擦り付け合いをしていると、中からどうぞ、と声掛けをされてしまう。

 このまま何事もなかったかのように立ち去りたい気持ちでいっぱいであったが、意を決して俺は生徒会室のドアを開けた。

「失礼します」

 中は決して広くはないが、きれいに整頓されていて如何にも優等生の巣窟感が漂っていた。

「ドアの前が騒がしいと思ったから入りたいのかなって。それで何か用かな?」

 口調から内面にある優しさが滲み出ている彼女が生徒会長だろう。

「あの実は新しい部を作りたいんですけど」

 知らない人と話すときは緊張するので、どうにも尻下がりになってしまう。

 そんな俺を見て会長はニコリと微笑む。

「そうなんだ。何部かな?」

「それがまだ決まってなくて…」

 俺がそう言うとあからさまな静寂が訪れた。

 ぽかーんという効果音が似合いそうな会長の面はすぐさま真面目モードに切り替わる。

「じゃ何部か決まったらまたおいで」

「ですよね」

 そう言い残し俺達は足早に生徒会室を後にする。

 気まずい空気が漂う中、最初に口を開いたのはターザン。

「何のためにここに来たんだ?」

「うるせえな!そりゃ何部かも決まってなかったらあの対応されて当然だろうが」

 などとしたくもない口論をしていると、卯ノ花さんが口を開いた。

「やはりBL部しか」

「それはないっ!」

 前途多難。目標皆無。こんな日がこれからも続いていくのだろうと俺は内心諦めつつ、今日という日が早く終わってくれることを祈るばかりだった。

 というか早く家に帰りたい。

「もう今日は帰りましょうか。部の事はまた明日考えましょう」

 卯ノ花さんの提案に心からの頷きを返す。

「じゃ凡太、帰ろうか。俺達の家に」

「てめーは変な言い方してんじゃねえぇ!一人で帰りやがれ」

「またまた。ホントは一緒に帰りたいくせに」

 何言ってんだコイツ。しばいたろか。

「ふふ本当に仲が良いんですね。名残惜しいですが私はこれで」

「あぁ待って卯ノ花さん!というか一ミリも仲良くないから!」

 俺の言葉を聞くことなくこの場を去ってしまう卯ノ花さん。

 取り残された俺は絶対にターザンと帰宅したくないので、全力ダッシュを決め込むことにした。

 が、結果は朝と同じようにすぐに追いつかれて、今度はペースを合わせてきやがった。

 変な所だけは学習能力があるようだ。

「ガハハ俺から逃げられると思うなよ!」

「だから言い方考えろー!」

 この調子で寮まで追ってきたのだからもうホントに勘弁してほしい。

「お先真っ暗だ…」

 部屋の前で息を荒げながら俯く俺の姿は傍から見たらどう映っただろう。

「これからの学校生活が楽しみだな!」

 俺の隣で明るくそう言い切った筋肉にはお花畑でも見えているんだろうか。

 少しでも俺の態度を見ればそんな雰囲気ではないと分かりそうなものだが。

 とりあえず。

 この筋肉とは一切関わらないようにしよう。と心に決めた。

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