仁義なきHIZEN肥前NAGASAKI長崎 松浦の憂鬱

黒井丸@旧穀潰

第1話 松浦組 始動

1550年夏 NAGASAKI平戸


「こいつは人を殺せる目をしているな」

『ザビエル』と名乗った宗教家を見て、松浦隆信はそう評した。


 悪名高い宗教裁判所が欧州で全盛だった当時、インドでも裁判所を設置するよう国王にザビエルが要請した事を隆信は知らない。(ザビエル書簡2P69)

だが正義という狂気に取りつかれた人間の眼をいくつもみてきた隆信には確信があった。

 その隣には、これまた人を殺した経験がありそうな『アンジロウ』と名乗る通訳がいた。

彼は隆信に

「こちらはフランシスコ=ザビエル師。天竺から大日の教えを伝えに来た」と言った。


「えーっ!!!天竺から来たんかい!すげえなアニキ!」

松浦の子分が興奮気味に話す。


 ザビエルと言えばイエズス会のキリシタン。


賢明なる読者諸兄はそう思われただろう。

彼が何故、キリシタンである事を偽り日本の大日如来を唯一神として混同したのか?

松浦隆信とザビエルの邂逅を軸に見て行こう。



~1550年夏 平戸 松浦とザビエル~


ここは九州長崎の北西、平戸。

 新幹線の路線からも外れ、博多からバスでも二時間はかかる最果ての地、NAGASAKiの平戸。

三方を山に囲まれた港町である。

筆者は一度も行った事はないが手元の長崎の歩き方に、そう書いているのでまちがいないだろう。


 松浦組は長崎の北西。平戸を拠点とする戦国時代の土豪、いやヤクザである。

「坂・墓・馬鹿」と後に坂本竜馬から称されたように平地が少ないNAGASAKIでは漁業や大陸からの貿易で発展していた。

実際に行ったことがないから伝文だけでかいているが、大名と呼ぶには組の規模が小さいため松浦氏の事は「松浦組」と、この話では呼称する。

 主なシノギは密輸入。

 海禁政策といって余所の組と貿易を禁止した中国の明からの密輸品を売りさばくのが主な収入源となっている。


 特に和冦を率いる明のマフィア、王直に拠点として土地を提供したところ、彼の手引きで明の品物や盗品が平戸に集まるようになった。

 賢明なる読者諸君ならご存じと思うが、日本の海賊が母胎だった和冦は1500年代になると明の政策で食えなくなった水辺の無職たちが切れ味に優れた日本刀を片手に中国沿岸を荒らし回る組織へと変貌している。

 薩摩の安次郎のように生活苦から海賊として出稼ぎをした人間もいるが、人口規模から中国人の比率が大きくなるのは仕方のないところである。

 そんな王直から、変わった話が来たのは1550年の事だった。


「南蛮人の面倒をみてもらえんじゃろうか?」


 厳つい顔に奇妙に高い声。怪しい中国人というイメージをそのまま映し出したような得体の知れない中肉中背の人間。それが和冦というマフィアのボス王直だ。

平戸の領主である松浦隆信は王直と8年来の友人である。

「南蛮人?こんどは明のどこから逃げ込んできた奴らかいのう?」

 当時の中国政府「明」は海外貿易を禁止しており、商売としては鎖国状態にあった。

 禁止されれば非合法取引が儲かるのは世の常である。日本と中国の食い詰め者がシノギの臭いをかぎつけて闇取引を行いだした。

 歴史好きはご存知の通り、当初は日本人で構成された倭寇も中盤からは中国人が中心となり倭刀、切れ味の鋭い日本刀を片手に中国沿岸を荒らしまわる中国人が中心となった組織となっていた。

 そして日本としては中国の変わった品物は莫大な利益を上げたので、倭寇の頭目である王直を優遇した。

 そのため1542年に五峰王直は平戸に『印山寺屋敷(平戸市鏡川町281)』に居住地を譲り受け、ここを拠点として非合法な密貿易を行っていたのだ。

 山川出版社の長崎・平戸散歩p140に書いてあるので間違いないだろう。


「ああ、10年くらい前からマカオのほうあたりに姿を現した奴らでな、天竺(インド)の方から来たらしいんじゃ」

「へええ、インドから。そりゃまたすげえ所からきたもんだ」

今まで南蛮(中国から見て南の蛮族)の人間はシャムとかフィリピンからも密貿易者は来ていたらしい。

 そのため平戸はブラックマーケットとしてのにぎわいを見せていた。


「まあ他ならぬ王直の旦那の頼みならええですけど、どんな奴らなんじゃ?」

 そう尋ねる隆信の顔は怖い。

 隆信は海風と太陽で固められた皮膚に、熊にでもえぐられたかのような頬の傷と、ドスで切られた額の傷が「近寄るな危険」と認識できる恐ろしい面(おもて)をしていた。

 これに2mの体躯が加わることで、だれもが凶悪犯と認識するドスの利いた存在となる。

「名のあるヤクザとお見受けしますが、どこの刑務所から出所して来ましたか?」

 自然とそう問いかけたくなるほどの危険人物。それが松浦隆信である。

 会った事がないので適当書いてるけど物語の登場人物なんてこれくらいインパクトがあった方が覚えやすいのだ。

 仮に平戸や御子孫の方からクレームが来れば眉目秀麗の美丈夫に書き換える事もやぶさかではない。


 無駄話はここまでにして話を進めよう。

「はるか西の方からきた異国人じゃ。『でうす』という大日の教えと鉄砲を売りに来たっちゅうとる」

 怪しい中国人は組長に答えた。

「『でうす』という大日の教えと鉄砲?」

 鉄砲は聞いたことがある。最近ヤクザ界隈でも話題になっている新兵器の名前だ。だが

「でうすとはなんじゃい?仏教の経典か?」

「さあ、そこはよくわからないね。まあ私よりは真人間だし…」

そういうと王直はにやりと笑って言った。


「あの男を保護すると変わった品が手に入るんじゃ」


この一言こそがHIRADOをサバトの様な狂気と地獄に変える悪魔のささやきだった事を、この時誰も気がつかなかった。

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