第100話 決行前の
水曜日のランチタイム。
オフィスから少し歩いた場所にあるカレーのお店に、僕と涼介は来ていた。
新宿のランチ界隈の中でも高い飯ログ評価を誇る当店は僕と涼介のお気に入り店のひとつで、ゆったりと話をするにも良い雰囲気の店でもあった。
「今週の土曜日に、決行することにした」
注文の品を待ってる間に、涼介に切り出した。
「告白?」
首を縦に振ると、涼介は「へえ」と口の端を上げる。
「ちゃんと、腹括ったんだな」
「まあ……うん」
涼介が眉を顰(ひそ)める。
「なんか煮え切らないな。やっぱ不安か?」
「不安なのは確かだけど……当日のデートプランが心配」
「望月がデートプランとか言い出すと違和感半端ないな」
「ほっといてよ」
「ははは、1割冗談だって」
「9割も本気なんかい」
「で、今考えてるデートプランは?」
「えーと」
目線を左上に向けてから、答える。
「まずはデズニーランドに……」
「もういいわかったその先の展開が読めた」
10文字ほどで手のひらを向けられる。
「お前、絶対『東京 告白 デート』とかでググっただろ」
「……なぜそれを」
「ベタベタのベタ過ぎんだよ」
大きなため息をつく涼介。
「やっぱ、駄目?」
「いや全然いいとは思うけど……望月と日和ちゃんなら、もっと合ってる所があるんじゃないかという」
「涼介もそう思う?」
「第三者の俺がそう思うってことは、望月の方が強く自覚してるんじゃ?」
「まあ、うん……」
お冷をあおり、息をついてから口を開く。
「今までずっと、日和について行ってばかりだったから……いざ自分で決めるとなると、なかなか」
「アクティブだなー、日和ちゃん。でもまあ、プレゼントと同じじゃね? 日和ちゃんはどこで、なにをするのと楽しんでもらえるのか、まずはそこから考えればいいんじゃ?」
「確かに」
その意見は正しい。
どういうシチュエーションが告白に最適かと、視点がミクロになり過ぎていた。
まずは大前提として、その日は日和に楽しんでもらわなきゃいけない。
「事前に話して正解だったよ」
「どうってことない。ていうか、これは基本のキだろ」
「返す言葉もない」
「お待たせ致しましたー」
ちょどそのタイミングで、注文の品が到着した。
「おお、待ってました!」
うっひょいと、涼介がテンションを上昇させる。
平べったいお皿には、たっぷりのドライキーマが乗せられた玄米ライス。
その上にレタス、トマト、玉ねぎのアーチャル・千切りの生姜が添えられていてる。
見た目だけでいうと、タコライスに近い。
底の深いもう1つの器にはホールトマトとチキンが入ったスープカレーがたっぷりと別盛りされていて、スパイシーな香りをこれでもかと漂わせていた。
「いただきます!」
「いただきます」
まずはカレーを一口。
「うん、美味しい」
見た目はスープカレーだけど水気はそこまでなく、濃厚でとろみのある奥行き深い味わい。
ルーに染み出したトマトの酸味とチキンの旨味を感じられてとても美味しかった。
目を閉じると、ピリッとした辛さが後から追って来て食欲をさらに増進させる。
次に、ドライキーマ乗せライスにカレーをかけて一緒に頬張る。
「やばい、美味しい」
ほんのりとした玄米の甘み、トマトと玉ねぎの酸味、そしてドライキーマの強い旨味と濃厚カレーが組み合わさって、味の変化を何段階にもわたって楽しませてくれる。
どの段階の味も素晴らしく美味しいと来たもんだから、つまりはもうやばいくらい全部美味しいのである。
語彙力崩壊。
しばらく黙々と、二人してスプーンを走らせた。
「ちなみにだけど」
言葉を発するために口を開いたのは、もうほとんど食べ切ってからだった。
「涼介なら、どういうデートプランにする?」
「ん、俺か? 俺は……」
先に食べ終えた涼介が、自分の考えたデートプランをプレゼンする。
妙にリアルだったのと、途中でよく耳にする女性の名前が随所に出てきたので、ああ、これは涼介の過去のデートの話かと察する。
その内容を、メモ帳アプリに記していった。
「っと、俺はこんな感じかな?」
「ありがとう、涼介全開って感じだったね」
「だろ? まあ、あっさり振られたんだけどな」
「……ああ、そういえば、そうだったね」
「いえすいえす。でもそれで逆に燃えたし、志乃さんが本当に求めているものを知ることができた」
「本当に、求めているもの……」
「そうそう。まあ結局はさっきも言った通り、相手の気持ちに立って、なにをしてくれたら嬉しいのか、楽しいのか、そこを突き詰めるだけだと思うぞ」
「ふむふむ、確かに」
忘れず、メモ帳にぽちぽち。
すると、涼介は苦笑いを浮かべて言葉を落とした。
「クソ真面目」
ふと、疑問が浮かぶ。
涼介はなぜ、振られた時のデート内容を話したのだろう。
疑問が言葉になる前に、涼介が言葉を続けた。
「ああ、あと、これは重要なポイントなんだけど」
涼介が人差し指を立てて姿勢を正す。
疑問よりも興味が先行し、メモ帳をスタンバイ。
「自分も楽しむ! これだけは忘れちゃいけないと思う」
「自分も?」
「そう。相手のことばかり優先しすぎて自分が楽しめないようなプランじゃ、相手もそれで申し訳なさを感じてしまって……最終的にどっちも微妙な感じになるパターン」
「ああ、なるほど……確かにそれはそうだね、うん」
かなり盲点だった。
「本質的な気遣いは自分を犠牲にするものではないっていうね」
「深い」
「いや、これは基本のホだから。日和ちゃんにこれから教えてもらいな」
一通りメモを取って、アプリを閉じる。
「ありがとう、参考になった」
「おう」
涼介が話してくれた内容をベースに、もう一度プランを練り直そうと思った。
僕も日和も楽しめてかつ、告白のシチュエーションにも適した道筋を。
「そういえば」
食後のコーヒーを堪能している時に、涼介が口を開く。
「日和ちゃんにはあの事、話したのか?」
だいぶ省かれた問いだったが、何を指しているのかはすぐ察しがついた。
「……まだ、話してない」
「話さないの?」
「悩んだけど、まだどうなるかわからないから……ぬか喜びさせてしまうのも、良くないかと」
「あー、まあ確かに。もしダメだった時のことを考えたら、まだ話さない方がいいかもな」
言って、コーヒーを一口すすった後、
「親は、なんて?」
再び、シリアスな声色で尋ねられる。
「……とりあえず一回、家に帰ってこいって」
「だよな。電話越しで済む話じゃねえもん」
渋い顔を浮かべる涼介に、同じような表情で返した。
しばらく無言で、コーヒーをすする。
いつもより苦味が強い気がした。
「これは、個人的な願望なんだけど」
コーヒーを空にしたあと、涼介が神妙な顔つきで言葉を漏らす。
「俺は望月が同期で良かったと思ってるし、これからも仕事……プライベート関わらずよろしくやっていきたいと思ってる」
一拍置き、時たま見せる真面目な顔つきを浮かべてから、
「だから、頑張って欲しい」
意志を灯した言葉に身が引き締まる。
同時に、嬉しい、と思った。
告白のこと。
自分が取ろうとしている選択のこと。
できる限りベストを尽くそうと、再度決意した。
「ありがとう、頑張るよ」
そして、こう付け加える。
「僕も、涼介が同期でよかったよ」
僕の言葉に涼介がどんな表情を浮かべたかは、記すまでもない。
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