鉄と異端の救済者《サルヴァトーレ》
台所醤油
北へ
目覚め
──それじゃあ、行ってくるといい。確認だけど、君のやるべき事は『 』だから、それ以外は自由にしてもらって構わないよ。
♯
──意識が覚醒する。
視界いっぱいに広がるのは何時までも世界を包み込んでいる灰色の雲。
ぼんやりとし、解けていた意識が束ねられ、焦点が定まっていく。
……なんで俺、まだ生きてんのかな。
右腕を空に伸ばしてみる。
そこにあるのは傷一つ無い腕。
着用していた軍服はボロきれになっている癖に、この身体だけはいつまで経っても傷つく事がない。
──訂正。傷つく事はあっても、即時再生する。
どれだけ深く、エグく傷つこうとも、気がつけば再生している。大抵は眠れば治っている。
そんな事はどうだっていい。これまでもあった事だ。目下の問題は奴ら──勇者軍の小隊である『ネ軍』が裏切りやがったってことだ。
思えば最初の命令からおかしかった。
普段なら動く筈のロ軍が動かず、何をしてるかわかんないネ軍が執拗に介入してこようとしていた。
その時は何も考えずにスルーした。してしまった。
そうして、今回の『イ軍壊滅』という惨劇が起きてしまったわけだ。
勇者軍は人類を守る為にとかほざくが……味方側にスパイがいるんだから、もうガタガタだろうな。
──そもそもの話だ。勇者軍の目的は「人類だけの国家を成立させ、存続する。その為に魔王軍率いる魔族達を殲滅する」という何ともくだらないものであるけども……北の『共和国』はどうなるんだろうか。
あそこはこの世界で唯一、人類と魔族が共存している非常に稀有な国家だ。プライドなぞかなぐり捨ててあそこを真似ればこんな血で血を洗うような無為なことをしなくともいいのだが。
「ふっ……と。まぁ、考えたところで無駄だな。とっとと死体漁りでもして、のんびり北へ行きますかね。どうせネ軍がイ軍の壊滅を伝えてるだろうし、あそこに戻ったところで何もいい……こと……は無い……? なんで北に行くんだ? 何か大切な事を忘れてる様な気がしなくもないけど……いっか。神のお告げとか言う馬鹿もいそうだけど、こんな世界に神なぞいないしな」
立ち上がり、苦笑。
目覚める前まではくだらない思い、言わば固定観念に囚われて何人も殺し続けてきたというのに。
今更、この狂った世界で何を成すと言うのか。
……分からない。けれど、何だか違う気がする。
だから、行かなきゃならない。
この心が赴くままに。思うままに。
──それが、委ね託された役目ならば。
♯
「おっ、良いもん持ってんじゃんか。遠慮なく拝借させて貰うぜ。おおっ、予備弾薬はいくらあっても困らねえし……」
一刻の間死体漁りに勤しんでいたが、いい加減に異常に気がつくことが出来る。
──あまりにも静かすぎる。
無音という訳では無い。現に俺の足音や時折吹く風の音、遠くから聞こえる剣と銃器の音が微かに聞こえてくるが……
「あーっ……もしかしてこれ、戦線外れて……ますわな。しかも北西側かぁ……ゴリゴリに押されてんじゃんか。
血と臓物に塗れたコンパスを手に取り、ギリギリ視認できる戦場の方角を確認する。
ここが戦線から外れているのは幸運中の幸運だが、それでも不味い。あそこから漏れた魔王軍の奴らが一人でもこっち側に来れば……本格的に詰みだ。
隊長レベルなら瞬殺できるのだろうが、俺のような雑兵は直ぐに潰される。
「まだ死体漁りしきれてねぇけどさぁ……ちっ。仕方がないか。とっとと行った方が身のためだ」
戦場で無残に散っていった同僚から軍服、携帯食料、武器の類を拝借したので、行く準備だけは整っている。
だが……
「ぜってえ伏兵居そうだなぁ……まともな思考してるんなら確実にあそこに伏兵やるもんなぁ」
唯一の懸念は伏兵の存在。
北東側に広がる真っ黒な森には確実に伏兵がいる事は容易に想定できる。それも相当の数が。
恐らく、魔王軍が押された時のために配備したと思うのだが……普通に魔王軍が押してるため、遠距離から勇者軍を狙撃しているのだろう。
何とも忙しいこってまぁ……。
「……一か八か、行くしか無いか?」
やはり、怖い。これまで奇跡的に死ななかったものの、あそこに行けば確実に死にかねない。
だが、軍に戻るにしても拷問を受けた後再びここに駆り出される事は火を見るより明らか。
南は……今頃魔王軍が占領しているだろう。
それは自分自身がよく知っている。
──辺りに響く、耳をつんざくような爆撃の音。
しかも、近いッ!?
「チィッ!行くしかねえかッ!」
持てるものだけ回収し、近くにあった同僚──大佐の剣を引っ掴んで森へ駆ける。
動け、動け、動けッ!
死にたく無いのだろう!?まだ生きていたいんだろう!?何人もの命を奪ってきた癖に、それでも浅ましく生き延びようとするんだろう!?
脳内で激しく、誰とも分からない声が木霊する。
それでも、知ったことでは無い。
どれだけ浅ましく、惨めであろうとも──
「──俺は、まだ死ぬわけには行かない」
だから、走り続け、生き延びる。
──そんな黒い髪の青年を、紅く染まっているその瞳を、無意識下に宿る何処までも熱い意志を、一つの白い蒼が見守っていた。
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