初恋と拳銃

ながやん

第1話「逸脱」

 それは春と夏の間、梅雨待つゆまちの午後だった。

 加賀谷翔太カガヤショウタは母に頼まれ、コンビニへと歩いていた。買い物は牛乳で、ついでだから漫画雑誌を立ち読みするつもりだ。高校生というのは意外と貧乏で、月に五千円の小遣いだけが頼りだ。


「あーあ、バイトでもすっかなあ……」


 夕暮れ時というにはまだ早くて、商店街は人影もまばらだ。

 取り立てて特徴もない田舎町いなかまちの、なんでもない午後の日常。

 だが、ふとなにかが彼を引き止めた。

 流していた光景の中にいろどりを感じたと気づく。そう、なにかが色彩を帯びて眩しさを訴えてくる。無意識の内にそれを察して、翔太は立ち止まったのだ。


「な、なんだ……って、おいおい、おいおいおいおい!」


 そこには、があった。

 水色ストライプのぱんつ、女性用下着だ。

 スカートを履いた少女が、自動販売機の前に膝をついている。どうやら自動販売機の下へと手を伸ばしているようだが、自分のスカートがまくれて下着が丸出しになっていることなどお構いなしだ。


「あ、あれ? あの制服……うちの? ってか、おいおい、おーいっ!」


 よく見たら、頭隠して尻隠さずといった体勢の少女は、顔見知りだ。

 自分と同じ高校、しかもクラスメイトである。

 そして、少女は突然ビクリとこちらを振り返る。

 やはり翔太の予想した通り、顔見知りであった。全く喋ったこともなく、接点など皆無かいむである。しかし、顔を知っている。翔太の学校で彼女を知らない人間など存在しない。

 だから、上ずる声で翔太は笑顔を作った。


「や、やあ、委員長。ど、どうもー? あはは、はは……」


 彼女の名は、御統四季音ミスマルシキネ……クラスの委員長だ。そして、学年トップの成績を誇る文武両道、才色兼備のウルトラ御嬢様である。下級生にも上級生にも大人気の、学園のマドンナといった風格さえある十六歳。

 その四季音が、尻を翔太に向けたままで肩越しに振り返った。

 彼女は立ち上がろうともせず、右手を自動販売機の下に突っ込んだまま話し出す。


「あ、ああ。加賀谷翔太君、ですよね? 同じクラスの」

「お、おう」

「……見ましたか? 見てしまいましたか!?」


 一沈黙に身を委ね、その後で翔太は首を縦に何度もコクコクと振った。

 それで四季音の顔は、さらなる緊迫感に凍ってゆく。

 おずおずと翔太は、目をそらしつつも呟いた。


「見たっていうか……今も、見てる。丸見えだよ、委員長」

「そ、そうですか……どうしましょう」

「と、とりあえず、隠せば? まずいぜ、いくらなんでも。俺は、そりゃ、嬉しいけど」

「嬉しい、ですか? それは……でも、隠すというのはいいかもしれません」


 ぱんつ丸出しで、四季音は少し考え込む表情を見せた。

 先程から、翔太はほおが熱く火照ほてって息苦しい。高鳴る鼓動はのどの奥から心臓を吐き出しそうだ。そして、その原因にして元凶の四季音は……まだぱんつを隠そうともしない。


「なあ、委員長。お前さ、あの」

「あ、四季音で結構ですよ?」

「お、おう? ま、まあいいや。四季音さん、あの」

「わかってます、まずは落ち着きましょう。大丈夫です、私は冷静です」

「そう? まあ、ちょっと刺激が強いというか……その、御褒美ごほうびというか。あざす!」

「刺激……御褒美? ふふ、それは確かに面白いかもしれません。そうですね……私への御褒美、なのでしょうか? 退屈な日常を変えるための、御褒美」


 四季音も周囲を見渡し、空いてる左手で翔太を呼ぶ。

 近付き身を屈めると、すぐ目の前に精緻せいちな四季音の小顔が迫ってきた。目も覚めるような美貌が、呼気で撫で合う距離にある。

 長い髪を三編みにした、文学少女といった清楚な雰囲気からいい匂いがする。


「実は、ですね……翔太君」

「翔太君!? な、なんで下の名前で」

「嫌でしたか?」

「ぜっ、全然!」

「翔太君……私は先程、飲み物を買い求めようとして、小銭を落としてしまいました。それを拾おうとして」

「ああ、それで。でもさ、四季音さん。まずいでしょ、あんまし堂々としてて」

「これでも驚いているんです。人間はある一線を超えると、あらゆる感情がフラットになると聞いています。恐怖とか、歓喜とか、驚愕きょうがく、そして」

「そして、羞恥しゅうちとか? その、恥ずかしくは――」

「とにかく、いいですか? 誰にも言わないでください」

「言わない! 言わないけど……?」


 もう一度、四季音は周囲の視線がないかを確認した。

 そして、ようやく右手を自動販売機の下から取り出す。

 そこには、奇妙なものが握られていた。


「これは? あ、いや……ちょっと待って、四季音さん! これ!」

「ええ……ええ、ええ! そうなんです、翔太君!」

「ちょっと、なに興奮してるの、なんで嬉しそうなの!?」


 それは、新聞紙に包まれて三角形をかたどっている。

 そして、四季音に渡されて初めて、金属の重みを持つ物体だと気付いた。それは……どう見ても、にしか思えない。

 新聞紙をほどかなくてもわかる。

 三角形の一番短いへんを、持ってみる。

 まるで人が握ることが前提のように、しっくりと手に馴染なじむ。

 そして、それを持つ手を改めて見ると……やはり、だ。


「これ……じゃない? だよ、これ!」

「シッ、翔太君。声が大きいです」

「どっ、どど、どうする!? どうするよ、職員室行くか? それとも生徒指導室……」

「とりあえず、ここは私に任せてください。翔太君は今日のことは内密に……誰にも話してはいけませんよ? 私と約束してください。いいですね?」


 そう言って四季音は強引に手を握ってきた。

 小指に小指を絡めて、鼻息も荒く無理矢理に上下させる。

 針を千本飲むという罰を前提に、勝手な約束が結ばれた瞬間だった。

 そして彼女は、脇に置いていた鞄を手に取ると、その中へ新聞紙のつつみを葬り去った。

 ようやく彼女のぱんつは、スカートの中へと見えなくなった。

 だが、翔太はすでにパンチラ、いな……パンモロなど考えられなくなっていた。

 翔太は今、憧れの女子とぱんつと拳銃、この三つに頭を支配されていた。


「では、私は行きます……明日また、学校で少し話せますか?」

「え、あ、ああ! いいけど、そのっ」

「大丈夫です、このことは……二人だけの秘密です。いいですね?」


 四季音はにこやかに微笑むと、行ってしまった。

 彼女のスカートは何故か、今度は後ろだけが鞄に挟まって。声をかけようとしたが、そのまま翔太はしましまぱんつをじっと見詰めるしかできなかった。

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