あなたの星を読むために
鍋島小骨
夢の犬
私たちの運命の話をする前に、夢の犬の話をしよう。
実の親を幼いうちに亡くした私は伯母の家に引き取られた。子供として大事にされるようなことは一切なく、私は初めから小型の家政婦見習いで、住み込みの食事つきで中学校まで出してもらえるということを感謝しなければならなかった。
あてがわれた部屋は暖房のない納戸で、古い毛布を何枚か重ねた中に潜り込んで雪国の寒さを耐えた。耐えられなくて夜通し眠れないこともあったけれど。
納戸には
最後には死んでしまう『マッチ売りの少女』でさえ私には合わなかった。
「何故?」
「だって、この子がマッチを
どれも、私の物語じゃない。私よりも幸運な誰かの物語だ。
私のような子の物語はない。
「キア、君自身の物語を、君が読むことは難しい。今、生きているからだ。でも僕が見ている。物語の主人公たちに起こる幸運の代わりを、僕が君にしてやれたらと思っているよ」
「私はキアじゃなくて
「ああ、ご免ね」
少し申し訳なさそうにした大きな犬が、急にどこか可哀想に見えた。私は犬の首を
「ううん、キアでいいよ。誰も聞いてないもの」
犬は優しい仕草で私に身体をすり寄せた。穏やかな喜びみたいな感情が何となく伝わってきて、私はそれが好きだと思った。
温かさも好き。黒っぽい毛皮の手触りも好き。濡れた鼻がくっつけられるのも、控え目なやり方で
好きなものなんて、この世には少ない。だから私にとってその大きな犬は、とても貴重な存在だった。
僕が
犬は実際、私を守ってくれていた。
同級生が
伯母や伯父、従妹のみちるが私に辛く当たる時もそうだ。お陰で殴られることが少なくなった。
犬は犬だから、お皿洗いやお洗濯を手伝うことはできない。でもそんなことは構わない。誰かに手伝ってもらっているのがバレたら叱られるし、犬が側にいてくれるだけで嬉しかったからだ。
学校で上履きを隠された時も、家で一枚きりのオーバーを捨てられた時も、犬が見つけてきてくれた。
私は何にも持っていないけれど、この犬がいてくれる。
中学を卒業しても、私は進学しない。三月いっぱいで家を出て自活しなければならないので、みちるの受験や進学の騒ぎで毎日忙しい中、寮つきの働き口を探し、準備をしていた。本当はアパートを借りたかったけれど、伯母も伯父も保証人になってくれるつもりはないとのことだったので。
犬は、どこへでもついていくと言ってくれた。
だったら大丈夫だ。私は一人じゃない。行った先にまた意地悪な人がいても、きっと大丈夫。
近隣を騒がせていた中学生連続殺人事件がすぐ身近にやって来たのは、ちょうどそんな、新年度も目前の三月二十五日のことだった。
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