雪かき
明通 蛍雪
第1話
都会の人は知らない。雪掻きの苦労や達成感、終わった後の、ホットコーヒーの味も。
運動部の朝は早くて、普段朝練をやっている時間が雪掻きに当てられる。朝練とどっちが
辛いかと聞かれれば、正直答づらい。
雪掻きは手がジンジンするし、靴も濡れる。でも練習よりはキツくない。朝練は汗をかくし、そのくせシャワーは浴びれない。いいことは何一つない。
それでも、運動部は朝の雪掻きに駆り出される。
何年も続けていると、それが当たり前になって、コツなんかも掴み始めて。
高校の三年になった時、部活動を引退して、朝の雪掻きからも解放された。
深々と降り積もる雪とそれを退けていく学生たちを、暖房の効いた教室から、自動販売機で買ったコーンポタージュを飲みながら眺める。視線を移せば、今年から導入された除雪機を働かせる教頭の禿頭が見える。
「ずる……」
学生たちはスコップ片手にせっせと働いているが、教頭は機械の力で雪たちを蹂躙していく。
学校が終われば家の方を除雪しなければならない。
都会の人は知らない。雪掻きの疲労感や、除けた雪でかまくらを作る楽しさも。それと、翌朝には振り出しに戻っている絶望感。
結局やり直しになるけど、今日も今日とて、僕たちは雪をかく。
霜焼けの手が、お風呂のお湯で溶かされて、ビリビリと痺れる感覚がどこか気持ちよく感じる。
それと、除雪車は許さない。茶色く汚れた、水気のある重い雪を歩道側に寄せていくから。
「安達、ホームルーム始まるぞ」
「おー」
やる気のない返事が口から出る。下を見ればスコップを片付け出した学生たちが急いで校舎に入っていくのが見える。
僕たちが一年の時は、どれだけやっても時間が足りなかった。でも、今はスコップが足りないくらいに人がいる。
「安達。話聞いているか?」
「あ、はい……」
外には雪がちらついてる。始めは弱いのに、ふと意識の外に追いやると、吹雪に変わっている。
また、雪をかく。
池の水は凍り、その上に薄く雪が積もっている。銀世界ってほどじゃないけれど、白一色の眺め。白鳥と鴨が氷の上に足跡を残していく。
見慣れたこの風景とも、後数ヶ月でお別れ。春には桜色に染まる景色が、今は雪の白だけを映している。
季節は巡って、また春が来る。来年の桜をこの教室から見ることはできないけれど、ここの桜はいつでも見られる。
「安達、授業始まるぞ」
「おーん」
やる気の起きない一時間目。少しの準備だけをして、寝る体勢に入った。
雪かき 明通 蛍雪 @azukimochi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます