散りゆく花が さがす夢

 



 夢を見る。

 なんどもなんども同じ夢。


 その夢は彼を揺さぶる。



 どこか懐かしく、優しさにあふれ、

 それでいて言いようのない哀しさを感じさせる。



 なぜなのかはわからない。

 目覚めた時には忘れているから。




 淡く、強い感情だけを残し、跡形あとかたもなく消える。

 逃げるように。避けるように。



 そう、いつも夢を見る。


 なんどもなんども同じ夢。

 なんどもなんども同じ夢。





 ●  ●  ●




 この身が枯れる、そのまえに。

 朽ち果ててしまう、そのまえに。



 護る。

 護る。


 護ってみせる。


 たとえこの身が枯れようとも。


 たとえ朽ち果ててしまおうとも。



 花よ。

 嗚呼ああの花よ。



 何処どこか、記憶の片隅に。



 散りゆく花を。

 消えゆく花を。


 どうか、忘るることなかれ――………。



 ●  ●  ●



「泣くなよ、男だろう!」

「にいさまぁ……っ、いたいよぉ……」


 えぐえぐと嗚咽を漏らす子供。

 その隣には、困ったような戸惑っているような複雑な顔をした少し年かさの子供がいた。


 江戸の時代。


 旅装束に身を包んだ男。

 とある城下町に、彼はいた。


 華やかだったこの町は、いつしかその風格を失いつつあった。

 なにせ、今期は不作だったのだ。


 厚い雲が、空を覆った。

 涙を枯らしたかのように、雨はその存在を隠した。

 風は、怒りに駆られたかのように、強く、強く吹き荒れた。


 こんな空模様で稲が育つはずもなく、町は暗いため息に包まれていた。


 いつしか、盗みが蔓延はびこり。

 いつしか、罵声が弾み。

 子が産まれれば、どぶに捨てる。


 この町は、風格を失いつつあった。


 そんな中で見つけたのだ。

 幼い子供たち。


 なんの責任もない子供たちが、大人の事情に巻き込まれている。

 今となっては、見馴れた風景だ。


 だが、しかし。

 ああ、わからない。


 何故、この町は変わったのだろう。

 何故、この世は変わってしまったのだろう。


 子供たちの近くを通りかかった彼は、そっと人知れず肩をすくめた。


 この子供が苛立っているのはきっと、何もできない自分自身に対してだ。


 彼は静かにその子供らに歩み寄り、視線を合わせるように腰を落とした。


「君たち、こんな所で何をしているんだ」

 わずかに微笑みながら少年たちに話しかける。


「……おつかいを、頼まれて」

 視線を逸らしながら答えたのは年かさの少年。


「そうか、えらいじゃないか」

「でも、こいつが転んで泣いたんだ。男なのに……なのに……っ」


 震える肩に手を置いた彼は、泣いている子供へと視線を移す。


 不安なのだろう。

 怖いのだろう。


 この町で、過ごすことが。

 この世で、生きることが。


 どうすればいいのか分からなくて。

 なにをすればいいのか知らなくて。


「土がついているぞ、痛かっただろう」

 ぱんぱんと膝の汚れを払ってやる。


「大丈夫だ。ほら、もう大丈夫」


 真っ赤に泣き腫らした目が、その顔を覆っていた小さい手の間から覗く。


「強いな、君たちは。さぁ、行きなさい」


 彼の言葉にひとつ頷いた少年たちは互いに手を繋いで歩き出す。

 ちょっと振り返って手を振ってきたから、彼も手を挙げて彼らに応えた。


 ――お前は強いな、だって……――。


 懐かしい想い。

 感じたはずのない、記憶のない想い。


 胸の中にふと浮かんだそれを、かぶりをふってやり過ごす。


 立ち上がった彼は、少し目頭を押さえて踵を返した。

 無言で笠を深く被り直す。


 何故だろう。

 冷めきったはずのこの町で。


 なにがこんなに、あたたかいのだろう。

 なにがこんなに、あたたかかったのだろう。


 いつも見る夢に似ている。

 一体なにがそうさせるのか。


 いいや、忘れよう。

 なにもわからない。


 夢なのか。

 夢でないのか。


 忘れてしまおう。


 このあたたかさなど、

 このあたたかさなど。



 なにも、

 知りはしないのだから――……。







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