第35話七右衛門視点

「格之助殿。

 出陣だ。

 急ぎ捕り物装束に着替えられよ」


 神使から話を聞いた俺は、南町奉行所の同僚与力や配下の同心には、手先から繋ぎがあったと話し、自分と義父の共侍を連れて、急ぎ坪内の屋敷に戻った。

 そこで一子弓太郎に勉学を教えていた、義弟の格之助に急いで捕り物準備をさせ、北町奉行所で暴れている百姓を捕らえさせようとした。

 俺一人で暴れている百姓を捕らえる事などできないが、一騎当千の使い手を集めた共侍なら、簡単に取り押さえてくれるだろう。


 だがそんな事をしても、褒美の言葉を頂くくらいだ。

 いや、報奨金を拝領したり、俸禄米が増える可能性はある。

 しかしその程度では、逆恨みを買ってまで北町奉行所に行く価値が、婦女子を助けるだけに近い。

 正直金銭など俺にはそれほど大切な物ではないので、どうせ助太刀するのなら、俺にとって最大の利益を得なければいけない。

 そんな所が商人出身なのだとしみじみとおもったが、今更染みついた習いは変えようがない。


「準備出来ました、七右衛門様」


 さすが格之助殿だ。

 私が養子に入るまで、見習いとして南町奉行所に出仕していた経験は大きい。


「北町奉行所で百姓が暴れ回り、多くの死傷者を出している。

 義父上の共侍を連れて戻ったから、彼らを率いて暴漢を取り押さえられ、坪内家と格之助殿の名を売って来られよ。

 私も共侍を連れて後詰するから安心していかれよ」


「御厚情忝い!」


 格之助殿は共侍を率いて北町奉行所に向けて駆けて行かれた。

 察しがよくて助かる。

 私達もその直ぐ後を駆ける。

 正直な話、格之助殿と弓太郎殿の扱いに困っていたのだ。

 婿入りの時に条件は整えてあるから、今更好条件を与える必要などない


 だが今の俺は、あの頃に想定していたことを遥かに超えた立場になっている。

 年間五千両を超える付け届けが贈られれてくるなど、考えもしていなかった。

 年間五千両のの収入は、一万石の大名収入を超える金額になる。

 大名なら二百人を超える家臣を召し抱えなければいけないが、町奉行所の与力なら七人召し抱えれば済む。

 まあ、手先を六百人配下にしてはいるが、ほとんどの手先は自活してくれている。


 この状態では、格之助殿と弓太郎殿にある程度の物を与えないと、世間の評判がとても煩くなる。

 だからと言って、与力株を購入するには千両ほど必要となる。

 まあ、千両くらいなら軽く出せるのだが、それでは後に続く者が遣り難くなる。

 まあ、三百両の同心株とは言わないが、徒士株を五百両で購入して与えれば、世間も煩くは言わないだろう。

 

 だが、ここで格之助殿に手柄を立てさせる事ができれば、自分の金を使わないで同心株か与力株が手に入ることになる。

 格之助殿が自力で同心に召し抱えられるのなら、俺が後ろ指をさされる事もない。

 大きな失態を犯した与力がいるそうだから、少し鼻薬を嗅がせれば、その後釜に入るのも夢ではないだろう。

 

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