第9話蛇の弥五郎3

「お頭。

 どういたしやす?」


「中止だ。

 商家に押し入る事も、人間を皆殺しにする事も簡単だ。

 だが金を運び出す事ができない。

 何より正体を知られるわけにはいかない。

 人間の警戒が緩むまで待つ」


 驚く事に、狸の群れが人間の言葉を話していた。

 そうなのだ。

 蛇の弥五郎一味は妖狸の群れだったのだ。

 関係のない蛇を名乗りの頭に付ける事で、自分達の正体を隠そうとしたのか?

 それとも妖蛇一族に罪を擦り付けたかったのか?


 どちらにしても、人間には何の意味もなかった。

 妖狸であろうと妖蛇であろうと、人間にとっては災厄以外の何物でもない。

 幕閣が幕府の威信をかけて警戒した事で、押し込み強盗を未然に防ぐ事はできた。

 だが非常警戒を解除すると、凶悪な押し込み強盗が再開されるのだ。

 幕府と妖狸の根競べとなっていた。


 妖狸が押し込み強盗を諦めた事を、幕閣はもちろん七右衛門も知らなかった。

 七右衛門にとって今回の押し込み強盗は、与力としての役目に留まらなかった。

 何と言っても出自が商人なのだ。

 今も江戸一番の商人として、祖父が札差河内屋を率いている。

 他にも叔父や兄や従兄弟達が分家した店がある。


 むざむざと肉親を殺させるわけにはいかない。

 それぞれの店には剣客と評していい用心棒を雇っている。

 忠誠心を持った屈強な下男も住みこんでいる。

 並の盗賊相手なら、返り討ちにできるだろう。

 だが相手は凶盗蛇の弥五郎一味だ。


 七右衛門は真剣に巡回をしていた。

 供の剣客達も七右衛門の手柄を立てさせるべく、真剣に盗賊の気配を追っていた。

 火付け盗賊改め方と南町奉行所で話し合い、区割りした担当地区を、七右衛門と家臣は丹念に巡回する。

 巡回をはじめて二十日目にそれが報われた。


「動くな!」


 供の槍持ちが裂帛の気合の籠った舌刀を放った。

 心の弱い者が相手なら、金縛りにする事ができる程の気合が籠っていた。

 舌刀が放たれたと同時に、鋏箱持ちと合羽篭持ちが荷物を置いて駆けだした。

 大通りから裏長屋に入る陰に隠れる盗賊達を捕らえるためだ。

 大通りから裏長屋に賊が入らないように区切る木戸を、二人は軽々と飛び越える。


 町木戸も裏長屋を護る木戸も、開いているのは日の出(明け六つ)と日没(暮れ六つ)の間だ。

 逆い言えば、日没から日の出までは閉められている。

 ただ町木戸の場合は、両側に「自身番所」と「番人小屋」があり、夜間にどうしても通行する場合は、番人が拍子木を打って次の木戸番に通行人がいる事を知らせていた。

 

 そのように厳重な警戒をしているにもかかわらず、十三人もの盗賊が裏長屋内に潜んでいたが、瞬く間に打ち据えられる結果となった。

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