予想外

アール

予想外

ほとんど誰も近寄らないような山奥。


そこにその村はあった。


人口は約2000人。


その村から街へ行くには、車を使っても数時間はかかる。


外部からこの村にやってくる者は、物好きな旅行者か、政府関係者、そして建設会社の職員だけであった。


そんな不便な村の近くに一軒の建物があり、そこには2人の男が住んでいた。


彼らは建設会社の職員であり、ダム建設の為の土地を調べるのが仕事だった。


そんな彼らは、時たま上司から言われた言葉を思い出す。


それはここへ出発する前、建設会社本社にて言われた言葉だった。






「いいか、あそこの村は俺たち建設会社や政府の人間に対して強い恨みを持っている。


まぁ、自分たちの村が政府の勝手な意向によってダムになっちまうんだから、無理もないがな。


……今まで奴らは様々な手段を使って、俺たちの手をわずらわせてきた。


村の人間総出でおっぱじめた大掛かりなデモ運動。


俺たち建設会社に対して脅迫めいた電話や文書を送りつける。


でも最近は諦めたのか、そんな事はピッタリとなくなったが……。


気を付けてかかれよ? お前ら二人の視察が、このダム建設計画の第一歩だ。


頼むぞ? いいな?」






彼らはその言葉に気を引き締め、大きな覚悟を持ってこの村へとやってきたのだ。


……もしかしたら石をぶつけられるかもしれない。

脅迫だってもちろんあり得る。



だが彼らを待っていたのは、予想外の対応であった。






……それは視察初日のこと。


彼らは村を一望できる大きな丘の上に登り、詳細な土地の情報として細かく写真に記録していた。


この場所は村人も知らない、会社が見つけた絶好の視察場所。


ここなら村人の邪魔も入らずに仕事が出来る。


そう彼らは思っていた。


背後からその声が聞こえてくるまでは。


「やあ、仕事に精が出ますなぁ」


二人はぎょっとして、慌てて振り向いた。


そこに立っていたのはにこにこと笑う、杖をついた白髪の老人。


二人にはその顔に覚えがあった。


「あ、あなたは村長殿ではありませんか。

どうしてここに……?」


そう、この老人は村の村長であった。


ダム建設反対のデモ活動を先頭に立って指揮していた、いわば我々建設会社が最も出会いたくない人物である。


「いやぁ、この辺りを散歩していたのですよ。

偶然って本当にあるのですねぇ…………」


        (嘘をつけ!)


男はそう心の中で舌打ちをしながら思った。


こんな急斜面の丘を老人が散歩するはずがない。


さてはずっと尾行してやがったな。


まさかここまで早く、勘づかれるとは…………。


「そうなのですか。

い、いやぁすごい偶然もあるものですねぇ……」


そう、冷や汗のかきながら男は答えた。


……もしかしたら背後の木の陰に他の屈強な村人が隠れていて、油断している我々を襲うかもしれない。


男達は村長に対して親しげに話すふりをしながらも、周りへの警戒は怠らなかった。


「ふふふ、そう警戒しないでくださいよ。

ここにいるのはワシ一人だけです」


彼らは再びぎょっとする。


(な、なんだこのじじい。

俺たちの心の中でも読んでやがるのか……)


そんな彼らの驚いた表情を見て、再び村長はクスリと笑った。


「見たところ、あなた方は新人さんのようですね。

初めて見る顔だ。

まぁ、この村は広い。

大変だとは思いますが、頑張って下さいよ」


そう言い残し、村長は呆然とする男達を残して去っていった。


「俺たちが視察でこの村にやってきている事も、ヤツは既に知っていやがった。

どこまでお見通しなんだ…………」



彼らは、思いもよらなかった敵の力に思わず恐怖で足を震わせてしまっていた。


……常に我々はどこかで奴らの密偵に見られているのかもしれない。

なんて恐ろしいんだ……。


恐怖で仕事に手がつかなくなった彼らは、そのまま今日は仕事をやめ、帰宅した。


やがて夜になり、彼らはテーブルに着席して会社から届いた食糧を口へ運ぶ。


その間、一切彼らの間に会話はなかった。


昼間の村長の姿や言葉がぐるぐると頭の中に巡る。


……俺たちは、とんでもなく恐ろしい仕事を引き受けてしまったのかもしれない。

覚悟していたとはいえ、これほどとは……。






と、その時。


不意に玄関からノックの音がした。


二人はぎょっとして戸を見つめる。


「ごめんください。

村のものですけれども。

………………あれ、いない筈はないんだけどな。

もしもーし、開けて下さいませんか……」


恐る恐る二人は戸を開けた。


既にこの家に帰っている事はバレているだろうから、居留守は使えない。


念のため護身用のナイフは、ポケットに忍ばせていた。


そこに立っていたのは若く、可愛らしい娘であった。


だが油断はできない。


彼らは表に出そうになる恐怖の表情をぐっと耐えた。


「ああ、やっと開けてくれた。

こんにちは、あなた方二人が村長のおっしゃっていた視察に来た会社の方ですね?


……はいこれ! 村からの差し入れです!


明日もお仕事、頑張って下さいね」


そう言って娘から差し出されたのは、大きなカゴに入ったサンドイッチであった。


恐る恐る彼ら二人は受け取る。


その様子を見て娘はニコッと笑ったかと思うと、ペコリと一礼してそのまま去っていった。


残された二人は慌てて開いていた玄関の戸を閉め、硬くロックをかけると、そのままテーブルに着席した。


「…………これ、どうする?」


重い空気の中、片方の男が口を開いた。


もちろん彼の言うとは、テーブルの真ん中に置かれたサンドイッチの入ったカゴである。


「……絶対に手はつけないほうがいいだろう。

なにか危険なものが混入しているかもしれない」


「でもこのカゴは明日返却しなきゃいけないよな。

サンドイッチの感想を求められたらどうしよう?」


「その時は一言、美味しかったでいいんだよ。

それ以上のことは適当にごまかすんだ。

奴らとは、あまり親密にならないほうがいい。

そうやって俺たちを油断させる計画なのだ……」






翌日。


彼らは最大限の警戒をしながら村へと出向き、サンドイッチのカゴを返却した。


なにせ我々建設会社を恨む村人達が集まる敵の本拠地なのだ。


確かに村長や娘はあのように


恐ろしい目に合わされるのも覚悟していた。


ところがその対応ははたまた予想外のものだった。


予想通り、村の娘からサンドイッチの感想を求められたが、美味かったの一言で何とか貫き通す。


そして仕事を理由にして早く村から離れようとする彼らに対し、どこから現れたのか村長が声をかけた。


「ふふふ、なにをそんなに急いでいるのかね。

もう少しゆっくりして行きなさい。

村のみんなは、君たちに興味津々なのだよ」


その言葉通り、彼らの周りには何十人もの村人達が輪のように集まっていた。


「し、しかし。

僕たちにも仕事があるので…………」


「ふむ、そうか。

それなら無理に引き止めるのもまずいな。

…………それなら仕事が終わった夜ならどうかね。

村で君たちの歓迎会を開こうじゃないか」


その村長の言葉に他の村人も賛成!と叫び、大きくうなづいた。


「は、はぁ。

それじゃあ、夜にまた来ます……」


こうなっては断れるはずもない。


男達は力無く村長の提案にうなづき、村をそそくさと後にした。


そしてようやく昨日の丘へとたどり着き、一息ついた。






「……なぁ、おかしいと思わないか?


あの村の歓迎ぶり。


つい最近まで俺たち建設会社に対して嫌がらせやデモを行なっていたんだぜ?


俺たちが死ぬほど憎いはずだ。

なのになぜ…………?」






「やっぱり俺たちを油断させて襲う気なんだ。


そうに決まってる。


そうじゃなきゃここまで親切にしないだろう。


……俺は夜を迎えるのが怖くなってきた。


村人の前で食事をするとなっては、昨日のサンドイッチのように手をつけず、捨てるということは出来ないだろう?」






「……おれだって怖いさ。

だが、行かないという選択肢は出来ない。

夜の歓迎会で出された食事には、最新の注意を払って食べる事にしよう…………」






やがて夜になり、二人は村の歓迎会に出席した。


豪華絢爛な食事の乗ったテーブルに案内され、村長や村の役人達と酒の入ったグラスを交わす。


だが昼間の打ち合わせ通り、彼らは余程勧められた料理以外は決して口にしなかった。


精一杯取り繕った笑顔で村人と話し、できるだけ楽しそうに、そして上品に接した。


そうやって精神をすり減らし、必死に接していた彼の耳に、突然信じられない村長の言葉が飛び込んできた。






「ふふふ、君たちが本当に楽しそうにしてくれて、ワシら村人はとても嬉しいよ。

それなら君たちが滞在している期間の間、毎晩この歓迎会を開催しようじゃないか。

な、いい提案だと思わないか?」



(な、なんだと。このじじい正気か!?

なんてこと提案しやがるんだ……)


気が遠くなりそうなのを必死に男は堪えた。


ああ、頭が痛い……、それに吐き気もしてくる。


まさに精神的苦痛だ…………。


「で、でも。

そんなの、悪いですよ。

こ、こんなに豪華で上品な料理の数々。

さぞ、お金がかかるでしょう………………?」


なんとかその提案を撤回してくれ、と言わんばかりに男が村長にそう言ったがその期待は裏切られた。


「ふふふ、そう気を使わなくていいんだよ。

なにせ、ダム建設の為の立ち退き費用の称して、政府からは莫大な金を支払われたからね。

まさに腐るほど金は持っているんだよ…………」



その言葉で、男達の希望は完璧に絶たれた。


こ、こんな精神的苦痛が毎晩も…………。


男達は最後に力を振り絞って、村長の言葉に対して

「い、いいですね」とだけ答えると、そそくさと村を後にした。


昼間は建設の視察関係で汗水垂らして必死に働き、そして夜はメンツの為に村で精一杯の笑顔を取り繕い、しかも出された料理に対して最大限の警戒を払わなければならない。


ああ、俺たちはこの仕事を完遂することが出来るのだろうか…………。


そんな思いを抱えながら男達は肩を落とし、近くの我が家へと帰っていくのであった。















そんな彼らをにこにこと見送って村長。


やがてその姿が見えなくなると、その顔に邪悪な笑みを浮かべてこう呟いた。






「……ふふふ、あの二人の気がおかしくなっていくのも時間の問題と見たな。


あの憔悴仕切しょうすいしきった青白い顔。


ノイローゼ寸前じゃろう。


デモなどで抵抗するのはもう意味がない。


ワシらの意見なんて,結局受け入れられないものなんだ。


だがこの方法なら法にも触れず、警察に捕まる心配もない。


ワシらは好意を装いながら奴らを歓迎し続け、心が壊れてくれるのを待てばいいのじゃからな……」








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