パラドックスたろう

鯵坂もっちょ

前編

 むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

 おじいさんは山へ芝刈りに行く途中、亀が前を歩いているのに出くわしましたが、亀を追い越すことができませんでした。

 おばあさんは川へ選択に行きました。

 おばあさんが無限回の選択を終えたころ、川上からそれはそれは大きなももがどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。

「まあ、なんて大きな桃だこと」

 おばあさんは桃を家まで持って帰りました。

 帰ってきていたおじいさんとおばあさんが桃を割ってみようとしましたが、なかなか割れませんでした。

 おばあさんは全知全能だったので、なんでも切れるが自分には持ち上げられない鉈を作り出しました。

 その鉈を使っておじいさんが桃を割ったところ、なんと中から元気な赤ん坊が飛び出してきました。

 二人は桃から生まれたその子を「ももたろう」と名づけました。

 ももたろうはすくすくと育って、心優しく強い青年になりました。


 ある日、おじいさんが「ここに張り紙を貼るべからず」という張り紙を貼っていると、ももたろうがいいました。

「おじいさん、おばあさん。私は今週のいずれかの日に、抜き打ちで鬼ヶ島に行って鬼を退治してきます」

 おじいさんはよろこびました。

 一時期、光速で動いていたことがあるためおじいさんよりも若いおばあさんもよろこびました。

 旅立ちの日、ももたろうはおばあさんに作ってもらったきびだんごを持って、鬼ヶ島へ向かいました。


 おばあさんがなぜかきびだんごを一つしかくれなかったので、ももたろうはきびだんごを有限個の部分に分割し、それを組み替えて3つにしました。

 ももたろうが歩いていると、イヌが現れていいました。

「ももたろうさん、お腰につけたきびだんごを一つくださいな。おともしますよ」

 ももたろうはおばあさんに言われたことを思い出していました。

「ももたろうや。このきびだんごには、ある原子の存在位置によって毒が出るかどうかが決まる注射器がつながっておる。注射器が作動して毒が混入した確率は2分の1じゃ。誰かが食べるまで毒入りかどうかはわからん。原子の位置が存在確率でしか表せないというなら、このきびだんごも毒入りと毒なしとの重ね合わせ状態だということになる。そんなことを言い出す量子力学は馬鹿げとるとは思わんかね」

 ももたろうにはよくわかりませんでしたが、とりあえずイヌにあげてみました。

 毒は入っていなかったようでした。

 イヌがももたろうのおともになりました。


 こんどは、サルに出会いました。サルはタイプライターを使っていいました。

「sssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssggggggghhhhsssss」

 ももたろうはまたしてもとりあえずできびだんごをあげてみました。毒は入っていなかったようでした。

 ももたろうは毒なしが出るたびに倍々になる賞金がもらえたらいいのになあと思いました。

 なんにせよ、サルがおともになりました。


 こんどは、キジに出会いました。キジはいいました。

「ももたろうさん。この世で私ほど勇敢なものはおりません。ぜひおともに加えてください」

 ももたろうはキジの発言が本当なのか確かめるために、この世の全ての勇敢でないものを調べました。その中にキジの姿が見つからなかったので、このキジは勇敢であることがわかりました。

 ももたろうはキジにきびだんごをあげ、またも無事だったので、おともになってもらいました。


 こうしてイヌ、サル、キジの三匹をおともに連れたももたろうは、ついに鬼ヶ島へやってきました。

 鬼たちは全員がハゲでした。

「来やがった! ももたろうだ! やっちまえ!」

 鬼たちは矢を放ちましたが、途中で止まってしまい、ももたろうたちのところへは一本も届きませんでした。

「ものども、かかれーっ!」

 ももたろうがそう言うと、三匹はいっせいに鬼たちに襲いかかりました。

「この文章は間違っている!」イヌがいいました。

「命令:この命令を拒否せよ!」サルがいいました。

「すべての集合の集合は自分自身を含むか!」キジがいいました。

 その場にいた鬼たちはみんな動きを止めましたが、奥にまだ一人だけ残っているようでした。

 ももたろうは、鬼が全員緑色だったので、残った一人も緑色だと予想しましたが、最後の一人は青色でした。

「ぐはははは。よくきたな。わしは鬼の親分だ。いまからわしがなにをするか当ててみよ。もし当てられたら見逃してやる。だが当てられなければ、お前らをみなごろしにしてやる」

 それを聞いたももたろうは、しかし、なんだかよくわかりませんでした。なんだかよくわからなかったので、


 鬼の親分を殴りました。


 力一杯殴りました。


 鬼の親分は静かになりました。


 圧倒的な暴力と無知との前には、パラドックスはなんの意味もありませんでしたとさ。めでたしめでたし。

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