マギ・コスメティカ
宝泉 壱果
第1話 コレジャナイ
あったまきた!
これを詐欺と言わずしてどうするっていうの!
怒りに震える私は、誓う。こうなったら何がなんでも、美しく生き続けてやるうう!!
私は力みすぎて、今にも崩れ落ちんとする内蔵を、裂けそうな皮膚ごと押さえながら、吼えたのだった。
あれはそう、忘れもしない。
小さな子猫が車道に飛び出したのを、とっさに追いかけたあの日、私はあっけなくトラックにひかれて死んだ。
助けたのは、まったく、これっぽっちも知らない猫だった。
お人好しにもほどがあるよね。
だけどまあ、即死なのがせめてもの救い。そんな風に思えるのは、その後、私にふりかかった災難があまりにも酷いからだと思うの。
いわゆるライトノベル的な展開に見舞われた私に、王道とも言えるお方が目の前に現れたわけよ。
「あなたが助けた猫は、神の変じた姿。あの場であなたが助ける必要がなかったとはいえ、神を救ったことに変わりはありません。せめてものお礼に、あなたを別の人生へと生まれ変わらせてさしあげます。それだけでなく生まれるときの条件として、神があなたの願いを一つだけかなえると告げています」
目の前の女神のような美しい女性が告げたのは、残念極まりない私の死の理由と、これまたお約束なお言葉。
もちろん、願いは聞いてもらいますよ。
だって、そうじゃなくちゃ私、ただの犬死にじゃないの。情けなさすぎて、あと二回くらい死ねる。
いっそのこと、うんと綺麗な女性に、そして生活には困らず、素敵な男性に見初められて、もちろんチート……って、一個だけで満足できるわけないじゃん!
悩み悶える私に、女神さまは付け加えた。
「も、妄想は極力可能な方向で調整はしてみましょう。ですが、神とかかわったゆえに、この世界に再び生を受けさせるわけにはいきません。あなたが次に命を授かるのは、別の世界になるでしょう。それを鑑みてよく決め……」
「決めた!」
「え? あ、よく考えて……」
「今私が願うのは、一つしかないわ」
「いいのですか?」
「ええ、もちろん。私は儚い命など、もう二度と生きたくない。私が欲しいのは不死!」
驚いたように女神様が私を見て言った。
「不死とは、肉体ではなく魂がこの幽玄の世界へと赴くのを拒絶されることを意味しますが……それでよいのですか?」
「もちろん。死んでまたあなたに会うことはない、そういう意味よ」
「わかりました。それでは行きなさい、新たな世界へ」
ふわふわと光溢れる世界から、私の魂はそうして解き放たれた。
──そこは剣と魔法の世界。
人間だけでなく、様々な生き物溢れ、まさにファンタジーを体現したかのような世界だった。
そうして私の二度目の人生は始まった。幼い頃は、何も疑問には思わなかった。貧しい村だけど平和なところに生を受けたから。
両親に愛され、前世の記憶もないままに成長。だけどある日、唐突に思い出したの。
村を襲った魔物たちのせいで……
私は花も恥じらうような、美しい村娘に育っていたのよ、その日までは。
村を焼き、両親を殺し、女たちを浚おうとした醜い者たちが、私にも手を出した。
ああ、もうおしまいだって。
死ぬんだって……だって、私の腹からは真っ赤な血とともに、腸がこぼれ落ちてる。口からはせり上がる血で、声すら出せず。
だけど……
「あ、あれ?」
死なない。
え? ええええ?
ふいに、真っ白な空間での会話が頭の中に降りてきたのだ。
女神のような美しい女性との約束を。
なんだ、私、死ななくて当然じゃね?
やった。
もう、馬鹿馬鹿しい理由で死ぬことはないんだ、私。
だけど。
「ぎゃ、ぎゃあああ!」
立ち上がる私の隣で、村の妹分だったエルネが悲壮な叫び声をあげた。恐ろしいものを見るような眼差しで、私を指差しながら。
そして我が身を見下ろし、私も叫ぶ。
「……な、なにこれぇええ!!」
相変わらず、腸がはみ出したままの自分がいた。
真っ赤に染まるエプロンドレスは、さながら地方の安っぽいお化け屋敷の人形。
いや、ここは異世界だった。
ちょ、これは不味い。
私は溢れそうになる臓物を抱えながら、周囲を見回す。
「ひい、よ、寄らないで……私おいしくないからあ!」
「食べないわよ、失礼ね!」
相変わらず私を見て泣き叫ぶエルネを放っておいたまま、彼女の脇に落ちていた、村の特産でもある絹布の束を引き寄せる。
その間も、村は焼け、阿鼻叫喚が続いていた。
それどころじゃないってのに、私にも同様に、次の魔の手が伸びる。汚いヨダレを垂らした化け物が襲いかかろうとするので、「うるさい!」と一喝。すると、なぜかそいつが燃え上がった。
嫌だわ、最近は乾燥しているとはいえ、あっけない。村に火をつけるから、そんなことになるのよ。なんにせよラッキーだ。
私ははだけたドレスの下、裂けた皮を引っ張って腸をしまい込むと、ありたけの絹の布で押さえつけるようにして巻き付けた。
「痛い……痛覚があるのはさ、生きてる証拠っていうけど。ほんと余計」
なんとか端を合わせてきつく縛る。
とりあえず応急処置だから、あとでもっとちゃんとしないと、将来の旦那様になる男性に悲鳴をあげられちゃう。
そんな風に思っていると、いつの間にか隣で泣いていたエルネが寝ていた。いや、気絶したのかしら。
仕様のない娘ね。なんて思いながら彼女を引きずって避難しようとしたところで、あることに気づく。
エルネが、熱い。
ドクドクと脈打っているのが、触れた手でひどく感じるのだ。
どこか怪我をしての発熱?
そんな風に思って彼女の額と自分の額に手を当てて、私は困惑する。
「……うそ、え? あれ?」
異常なのはエルネじゃない、私?
ちょっと待って。
困惑する私を、村人たちを皆殺しにした化け物たちが囲んだ。
「だから、うるさいって言ってるでしょ、ちょっと黙ってなさい!」
私がイライラして一喝すると、周囲を取り囲んだオークたちが、バタバタと喉を押さえて倒れていく。
あ、あれ?
わ、私がやったの? まさかさっき燃えちゃったのも……
にわかには信じられず、手を開いてじっと見下ろす。
ついでにエルネを放り出して、自分の脈を取る。
……取る。
…………うそ。
脈が、ない。
心臓に手を当てる。
…………。
「うそ。死んでる私」
はっとして女神の言葉を反芻する。なんて言ってた、あの女。
『不死とは、肉体ではなく魂がこの幽玄の世界へと赴くのを拒むこと……』
まさか……いやでも。
確かに、魂は肉体を離れてない。だけど、体は明らかに生命維持を放棄してるって……
私、アンデッドになっちゃったの?!
いーやー!!
違う、違うの。私の希望はこんなのじゃなくって!
わたわたする私の前に、さきほど倒れたオークたちが集まり、跪く。
いやいやいや、私は魔物にかしずかれたいんじゃなくて、美しいままに長生きしたかっただけなんだってばああ!
女神様の、嘘つきいいい!!
絶望のあまり吼えた私を中心に、半径二キロ近くは吹き飛んだと知ったのは、ずいぶんと月日が経ってからだった。
あの村であまりにも私に近かったために助かったエルネ。村の唯一の生き残りとして、エルネは今や伝説の乙女というから、不思議なものだ。
私??
私はいま、魔女をやっている。
あれから大変だったの。
死んでしまった肉体はそりゃあ、年はとりませんよ。死んでるんだから。
でも、死体は放っておけば干からびるし、場合によっては腐る。
それでも未だ美貌を保つ、これまでの努力たるや、涙なしでは語れないんだから。聞く? 最低でも五時間はかかるけど、聞く?!
……ゴホン。取り乱しちゃった、久しぶりに。
努力のかいあって、アンデッドの正体を隠しながら、魔法のコスメを売る、国一番、いや。この世界一番の
そう、再生魔法も効かないアンデッドにできることは、化粧で誤魔化すことだけ。
研究に研究を重ね、編み出した保湿と防腐効果に全てをかけ、めざせ現状維持!
「ちょっとソコの新人! 腐った手を突っ込まない、手袋をしなさい、手袋を!」
「あ、あああう」
美容維持のスキルを集め、応用したコスメは、既に大量生産に入っている。従業員の魔物たちを働かせ、今日も商売繁盛。
イケメンに玉の輿も諦めざるを得ない代わりに、めざせ、大金持ち。
負けない、私────
────マギ・コスメティカ。
大きな城を根城に、魔物たちを従える美しい魔女。またの名を、魔王と(本人以外の)人は呼ぶ。
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