異世界転生 (短編)

うちやまだあつろう

異世界転生

 一人の男の自殺が話題となった。

 自殺の動機は「職場での人間関係」。先輩社員からの酷いイジメがあったらしい。こう言ってはおかしいが、別に珍しい動機ではない。それに、彼が生前、有名人だったということもない。

 では、なぜ話題となったのか。それは、遺書の内容が原因だった

 彼の遺書は、なぜ自殺するのかだとか、遺品の処理の仕方だとか、その大半は至って普通の内容であった。しかし、その後に続けて、こう書かれていたのである。

『死んで、異世界に転生したい。そのために自殺を選んだ』と。


 これまでは先進国という限られた頭数での争いであったが、今やほとんどの国が発展し、世界に幅を利かせ始めている。競争相手が増えたことで、以前にも増して厳しい弱肉強食が繰り広げられるようになっていた。

 それは、当然日本も例外ではなく、世界の競争が激しくなるにつれ、国内の競争も激しさを増していた。同時に、個人にかかるストレスも大きくなる。


 それも原因の一つなのだろう。現在、異世界転生に関連した小説や漫画は、日本のみならず世界的なブームとなった。

 次第に、異世界転生はまさしく死後の世界を表しているだとか、多元宇宙がどうこうで異世界が無いとは言い難い、だとか言う声がちらほら聞こえるようになる。すると、異世界転生というものが、一種の宗教的な思想として、人々の思考の根幹に作用し始めた。


 そこへ、今回の自殺である。


 この『異世界転生自殺』は話題を呼んだ。

 もちろん、誰も相手にしないはずの事件であった。報道機関も、面白がって報道していたに違いない。

 一人の男の体を張った『冗談』は、笑い話として収束すると、誰もが思った。

 ところが、再び自殺が起こった。

 一人目の自殺者を笑っていた『世間』は、また面白いネタができた、とまた笑った。当時、下火になりつつあった、異世界転生自殺の話題が再加熱した。


 その後も一人、また一人と自殺者が出始めたところで、ある日、一人の証言が世界を驚かせた。


「私は異世界を見た」


 救急搬送された病院で、その男は言った。彼は『異世界転生自殺』を試みた一人だったのだが、それが未遂に終わったのだ。

 その時、彼は薄ぼんやりと、こことは違った世界を見たというのだ。いわゆる、臨死体験である。


 少しの間、報道機関は例のごとく面白がって報道した。様々な国で、様々な言語で、このニュースが流れた。発達した文明社会では、情報は瞬く間に広まる。

 結果、すぐに報道は中止された。

 だが、時既に遅し。世界各国で『異世界転生自殺』が流行した。


 ◇◇◇


「ねぇ、あなた。本当にやるの?」

「あぁ。やるとも。お前もくるかい?」


 一組の夫婦が会話している。その口調は、至って落ち着いていた。


「異世界なんて本当にあるのか分からないわよ。」

「そうでもないぞ。この前、どこかの偉い教授が異世界は理論的に存在しうる、って発表したんだ。それに、自殺未遂者の臨死体験も、ほとんどが一致していると来た。ここまで来れば、もう異世界転生を疑う余地はないさ。」

「そこまで言うなら、私もやろうかしら?」

「よしきた。」


 夫は妻にロープを手渡す。


「異世界転生したら何がしたい?」

「私、幸せにゆっくり暮らしたいわ。競争の無い、のんびりとした生活。」

「そら良いな。俺も会社で他人と争うのは勘弁だよ。」


 二人は輪のついたロープを垂らすと、そこに首を通した。


「異世界でも一緒に生きましょうね。」

「もちろん。」

「愛してるわ、あなた。」

「僕もだよ。」


 そして、二人は同時に踏み台を蹴った。

 その瞬間、とんでもない苦痛が襲ってきた。しかし、これを乗り切れば、夢にまで見た異世界へ行けるのだ。そう考えると、苦痛も和らいだ。

 やがて視界が暗くなっていく……。



 男は冷たい地面の感触で目を覚ました。横を見ると、妻が青ざめた顔で寝息をたてている。

 男は妻を揺り起こすと、興奮した口調で言った。


「お前、成功したんだ!やっぱり異世界はあったんだ!」

「成功したの……?」

「こうして二人ともピンピンしてるだろう?」

「あぁ……。遂に、遂に来たのね、異世界に。」


 妻は若干涙ぐんで夫を見る。青かった顔も、急速に生気を取り戻していった。

 ところが、二人の興奮はすぐに冷めてしまった。


「あなた、ここ……。」

「おかしいなぁ……。」


 二人の目の前に広がっていたのは、空を覆い尽くさんばかりに伸びた高層ビル、そして、その隙間を縫うように広がったコンクリートの道だ。そこを、黒服に身を包んだ男女が無表情で歩いている。

 そう、この景色は、もとの世界で嫌と言うほど見てきたものだったのだ。

 二人が首をかしげながら辺りを見回していると、一人の男が近づいてきた。その男も他と同様に、黒服にピッシリとしたネクタイを締めていた。


「やぁ。あなた達も異世界転生ですか?」

「えぇ、そうなんですが……。ここが異世界なんでしょうか?」

「実は、私も転移してきたばかりで驚いたんですが、どうやらそうみたいなんです。昔は自然が広がっていて、それこそ漫画のような世界だったらしいですよ。」

「一体何があったんです?」

「それが、あまりに向こうから転生してくるもんで、こっちの文明もすっかり進んでしまいましてね。今では、様々な企業が競争を繰り広げる毎日で……」

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異世界転生 (短編) うちやまだあつろう @uchi-atsu

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