9話 

「支部長、凹んでないで仕事してください。あ、今回俺が用があるのは四階だから手続きを頼みます。それと木下はさっさと立て。いくら支部長の顔が厳つくて怖くても顔を見ただけで腰を抜かすのは失礼だろうが。支部長の心を抉って楽しいか? この外道が。いいぞもっとやれ」


用があったギルド支部長が向こうから来てくれたので、とりあえずオッサンに怯えて腰を抜かした木下は放置して用件を済ませたいと思ったんだが…


「鬼ですか!?」

「……おめぇさんは鬼か?」


なんか二人にツッコミをくらったでござる。いや、どう考えても鬼はオッサンだろう。


そう思って周囲を見回すも、どうやら俺の味方はいないようだ。


まぁアレだな。オッサンはここの支部長だし、顔や権力が怖いからみんな怯えているんだ。プロとして仕事を優先しようとするのが悪として扱われるのはまったくもって理不尽な話だが、別にどうでも良いことでもあるので深くは追及しない。


「いや狩人ですよ」


どうでもいいことだからこそバッサリと斬り捨てる。まったく、時間は有限なんだぞ?コントなら後で俺が見てない時にやってくれ。


「「………」」


俺の言葉を受けて無言で顔を見合わせる二人。何かをわかりあったようだが、とりあえず木下から恐怖が抜けたようでなによりである。


「話が終わったところで支部長手続きを。木下は俺が戻るまでそこの食堂で待機しててくれ。あぁ、なんか食いたいかもしれないけど、今何かを食うのはやめておけよ」


「え、あ、はい。わかりました」


キョトンとしながら俺の指示に対して返事をするが、そもそも懐具合がアレらしいので、外食なんて発想はなかったのかもしれない。でも新人に対する奢りとかあるからな。それに支部長と普通に会話する見慣れない狩人の情報を獲るためなら向こうだって飯くらい奢って来るだろう。それになにより……こいつは餌付けに弱そうだし。お土産とか持たされたら喜んで情報漏洩しそうだ。そのときはそのときで、今のところ漏洩するような情報を持っていないから、こいつの評価が落ちるだけなんだが。


木下への指示と考察を終えたので、俺は四階への立ち入り許可書にサインをしてもらうべく、未だになんとも言えない顔をしているオッサンに書類を手渡す。


フォロー? アホか俺は遊びに来た訳じゃないんだ。それに世間話をするにも俺や支部長のレベルだと話の内容が、な。ここで話して良いことと駄目なことがあるから、さっさと移動したいんだよ。


「おめぇさんはそういうヤツだったよなぁ」


無言のツッコミを無視され、無言で書類にサインすることを求められたおっさんは、諦め顔で四階への立ち入りを求める書類にの承認のサインした。


これで目的の第一段階は達成されたも同然よ。


「で、コォタよぉ。アレはなんでぇ? おめぇさんのコレか?」

「うぇぁ!?」



---


こ、怖かった! 師匠と一緒にエレベーターに乗っていったけど、それでもあの人の存在感? みたいなのが未だにロビーに蔓延していますよ! あれがこのギルドの支部長さん……って、落ち着いて思い返してみれば新聞で見たことありますよ! あの人、現役のAランク狩人で、数年前に出現したAランクの魔物、殺戮虎を単独撃破した虎殺しの人ですよね!


それはそれとして。


あんな人とも当たり前に会話できる師匠は流石です!

あの人を師匠に選んだ私の判断は間違っていませんでした!


ま、まぁちょっと優しさが足りないかな~とは思いますが、なんだかんだ言っても昨日が初対面ですからね。暴力を振るわれたりセクハラされたわけではないので、少し冷たいくらいはシカタナイでしょう。


ここは弟子として寛容の心で持って許してあげようじゃありませんか。


で、師匠の凄さと自分の目の正しさを認識できたのはいいのですけれど……そもそも師匠はここに何をしにきたんでしょうか?


普通に考えれば依頼を受けに来たとかでしょうけど、それなら支部長さんと四階になんかいく必要はないですよね? そもそも四階にはなにがあるのでしょうか?


案内掲示板だと、地下に訓練場&依頼品買取所があるのと一階に受付&食事処があること、二階は依頼管理、三階は狩人の装備品が売られているお店と会議室しか書かれてませんよ? 


五階に支部長室とか重要書類を保管する書庫があるとして、四階には一体何があるのやら……まぁアレです。狩人たるもの知らなくても良いものと知らなきゃいけないものの区別はきちんと付けないといけません。


情報は重要ですが、私が知ったら処分されるような情報はいくらでも有りますからね!


大体にして私は師匠から待機って言われたんだから下手に動かないで待機するべきなんですよ。


……待機って何かの隠語とかじゃないですよね?


普通にぼけ~っとロビーで座って待ってたら「時間を無駄にするな!」って怒られたりしませんか?ね 


かといって何かしたら「待機って言ったよな?」とか言われたりする可能性もあるし。


うごごごご。師匠やプロの狩人に取っては常識でも、私みたいな素人にはわかりません。これからは狩人としての常識とかも教えて貰わないと駄目ですね。


師匠が戻ってきたらお願いしてみましょう。


聞くは一時の恥、聞かぬは死。


お父さんを悪く言いたくはないけれど、狩人は死んだら駄目だと思います。今のお母さんや妹達の生活を考えたら、お金は懸けても命は懸けないようにするべきなんです。


それに師匠に弟子入りする為の条件を考えたら、私は死ねません!


……昨日師匠が私が弟子入りするにあたって出してきた条件は三つありました。


まずは私の体。コレはアレな意味もあるみたいだけど、最大の目的はスケジュールや体調管理に関して師匠の指示には逆らわないってことです。


ダンジョンに行く日とかも師匠の指示に従うように言われていて、勝手な行動は禁止。学校での部活動とかも禁止されました。


二つ目は、今後私が狩人として稼いだお金の二割を師匠に支払うこと。期限は無し。厳密には私が死ぬまで。これには普通に納得です。プロの狩人に指導を受けるんだからその指導料が高いのは当たり前ですし、私の体だけじゃ足りないのは当然ですよね。


……もしも違反したら、師匠が殺しに来るらしいです。


三つ目。私が死んだら、私のかわりに妹を狩人として鍛えるってこと。……これは妹の体が目当てとかではなく、私が死んだら私に使うことになる装備やら何やらが無駄になるからって言われました。


確かにその通りではあります。私たちの現状を見ればわかりますが狩人の装備は決して安くありません。無駄にはしたくないだろうし、私が死んだときの装備なんて縁起の悪いお下がりを使うのは妹たちくらいしかいないでしょう。


一つ目と二つ目に関しては問題ありません。 


ただ最後の条件は別でした。


私の我儘に妹を巻き込めない! そう考えたのですが、そもそも私たちには選択肢なんてありません。


どんな条件でも飲まないと明日なんかないんです。だから昨日家に帰ってから、お母さんに相談……というか「私のせいでゴメンナサイ」って謝ろうとしたんです。


だけど、私の話を聞いたお母さんは泣きながら「このご時世にそんな優しい人がいたんだねぇ」って言ったんです。


私が体を売ることにも、私が狩人になることにも反対してたお母さんが、なんでこの条件を聞いてそんなことを言うのかって気になって聞いてみたら「その人は貴女を騙したりしないできちんと育ててくれる気なんだよ」って教えてくれました。


まず最初の条件は、私がギルドの職員さんとかに体を売ったりしないようにって意味があるみたい。確かに師匠の出した条件を飲んだら私は勝手にそんなことできませんよね。


二つ目は、単純に私が死んだらお金が貰えなくなるから。将来的には最低でも師匠が得をする程度の稼ぎが有る狩人にするつもりだから、ヤり捨てとかじゃなくきちんと考えてくれてる証拠なんだそうです。


三つ目は、装備云々というなら師匠が私の為に装備を整えてくれるってことだし、私が死なないようにする為のストッパーに妹たちを使っているんだって言われました。

それでも、もし、私が死んじゃったら妹たちの面倒を見てくれるってことらしいんです。


何で? って聞いたら、妹たちに素養が有るかどうかもわからないのに、それを確かめないうちから狩人として面倒を見るなんて条件はおかしいって。


だから師匠は良い人だから、安心しなさいってお母さんに言われて、私は師匠を選んだ自分が誇らしくなりました! お母さんのいうことが本当にそうなのかどうかはわかりません。


だけどそう思うだけで師匠の事を信頼できるし、家族みんなの為ならどんな厳しい修行にも耐えられます!


だから師匠! 早く戻ってきて下さい! 周囲の視線が辛いです! 

とくに店員さんの目がッ! アレですか? やっぱり水だけじゃダメなんですか?!

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