第4章

第299話  日常

 記憶の混濁があった。高校生の息子から進路相談を受けていた。行きたい大学が二つあり一つは一人暮らしをしなければならないような所にある。もう一つは俺の単身赴任先の方面にある大学だと言う。


 どちらにするか絞れずに悩んでいるというのだ。

 各々違う学科ではあるが、自分のやりたい事に向いている大学だと話した。学校について息子は説明していた。しかし息子の名前が出てこないなので、「お前」という風に言ってアドバイスをしていたりしていた。


 頭が割れるように痛みだしたら途端にふと場面が変わり、家のリビングから妻と娘が会話している声が聞こえてきた。


 今日学校の帰り道に久し振りに出会った先輩に告白され、どうしようか悩んでいるというような恋の悩みだった。

 また頭が痛みだし、更に場面が変わる。今度は何者かと戦っていた。かなり苦戦しており時間停止や転移をしても倒す事ができない。むしろ俺の方がダメージを負っていて、目の前で妻達が次々と殺され、俺は叫んでいた。


「やめろー」


 そうするとリリィに起こされた。そう10日程前に天界に巣食うデーモンを駆逐し完全に平定した。その事後処理に駆られてはいたが、俺の仕事はワーグナーからゲートを出す事で、天界には直接行かないようにしていた。

 そしてようやくリリィと向き合い、リリィを娶り昨夜刻印の儀を行い、開始から4時間経過した所で俺の刻印者となった事を確認できた辺りで眠気に襲われた所でである。


 記憶が混濁しており、リリーと刻印の儀を結ぶ事になった経緯がよく思い出せない。ただひとつ言えるのは、リリィの事が愛おしく、他の妻達同様に愛している事だけは間違いないと認識できている事だった。この時は天界にいた為に赤ちゃん返りをしている、その影響だとばかり思っていた。


 最近記憶の混濁が増えてきたのだ。なぜか日本での記憶が一部蘇っているのか、夢を見てるのか分からないが生々しいリアルな夢を見る。

 その度に夢の内容を覚えている限りノートに記録して行った。


 その中には日本での妻と結婚した時の事や長男が生まれた時の事などもあったが、一つ言えるのは日本にいた時の家族の名前が出てこないことであった。


 ただ記録も目覚めてから30分以内に行わないと不思議な夢を見たぐらいで内容を覚えていない。まるで他人の記憶である。手帳からまたはセレナ、シェリーから言われて自分が46歳で、こちらの世界に転移した時に18才になっていたと言われる。セレナ曰く召喚時は同い年だと思うのに妙におっさん臭いと思ったと言う。俺は依然記憶がなくなっていく怖さを伝えていたと言うが、確かにそういう事を言った記憶はある。しかし、失われる記憶そのものについての記憶がない


 致命的なのは己の年齢が18歳でまもなく19歳になる筈だと思っていることだった。裕美も似たような事を言っていた。彼女の場合は元の年齢が20か21だったと思うというような曖昧な記述しかない。


 やはり日が経ってくると己の年齢が18歳だと言っていて、彼女が元々21歳ぐらいだった筈だということを言っていたのを俺ははっきり覚えている。


 また、彼女も俺がかつて46歳であった筈だと言ったことは覚えている。基本的にはこの世界に来てからの事は覚えており、俺も周りから聞いた話として己が46歳であったという事は理解できている。但し記憶との乖離が激しく、時々周りから騙されているのか?と一瞬思わなくもないが、妻達がそういう事をするわけがないと思い至り、ノートに書いてある通り俺の記憶がおかしくなっているというようなことを改めて理解するのである。


 そして夢が終わった後だんだんこの10日程の記憶が甦ってくる。リリーとの思い出がなくなっていたのは一時的な事であった。

 そしてこの一連の異常はこれから起こる事の予兆のでしかないのであった。そう、新たな苦難の始まりでもあった。

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