3-1


「サンドレイ公爵令嬢! どこにいる!」



「卑怯者! 私の前に出てこい!」と騒ぐのは、この国の第一王子エレマン。

その声に応える人物はここにはいない。



「ねえ、アリーナお姉さまぁ~。どこに隠れちゃってるのぉ~」



間延びした喋り方でエレマンの腕に猿宜しくしがみついて周囲を見回すのは、真っ赤な髪をツインテールに縛った……これまたを名乗るマキシス。

この2人がはしたなく声を上げて探しているのは、乳緑色ミルキーグリーンの髪をもつ


ここは新年の挨拶に集まった貴族たちの控室。

新年は必ず家族単位で国王と皇后に挨拶をする習わしとなっている。

……しかし、どんなに探してもエーベリッカ本人はともかく、彼女の両親であるサンドレイ公爵夫妻と次期当主であるレインドンの姿もない。


周囲の白い目に晒されて愉快なはずもなく……



「チッ、父上に挨拶する前に婚約破棄して追い出してやろうと思ったのに」


「じゃあ、来賓がいる前でやっちゃう?」


「ああ、それはそれで面白いだろう」



それはまるで『自分たちの計画が成功する』と思い込んでいる幼子おさなごたちのイタズラのようだ。

しかし……彼らは何も分かっていない。

各国からの来賓客の前で辱めを受けるのは自分たちだということを。



 ✰




挨拶は一度に簡潔に。

それがこの国の流儀。


そのため観音開きの扉の前に立つ文官に爵位順で家名を呼ばれて謁見の間に入るものの、そこには国王と皇后が座るべき玉座は空いたまま。

しかし、中に入った貴族は玉座に向けて頭を下げると左右にけて次の貴族に場を譲る。

そんな貴族たちの中に、名を呼ばれてもいないのに勝手に入り込んだエレマンとマキシスのお笑いコンビ……おっと、失敬。

が玉座に向かって立っている貴族たちを見回す。



「変ねぇ……どこにもいないわ」


「おかしいな……おい、サンドレイ公爵家の連中はどこにいる!」



近くにいた子爵家の青年が腕を掴まれて怒鳴られたが、2人に視線だけを向けると「存じません」とだけ応えた。

周囲から冷たい目で見られて、エレマンは小さく息をのみ込むと掴んだ腕を乱暴に離した。


周囲に聞いても無駄だと分かったのか、エレマンとマキシスはさらに前へと進む。

その横を何人もの貴族が通り過ぎ、ぬしの到着を待つ玉座に一礼をすると左右にけていく。

その際、窓際に移動した者は安堵の息を、廊下側に移動したものは不快を含ませた息を吐き出している。

彼らの視線は間違いなくエレマンとマキシスの2人に向けられている。


嘲りの視線を隠しもせず無遠慮に向けているのは、諸外国からの使者だ。

でしかないエレマンがその立場を主張して「無礼者!」と怒鳴ることはできない。

その代わりに、エレマンから無礼な態度をとられたと抗議されることはある。

……過去にそう抗議を受けた際、エレマンは顔面崩壊になるまで殴り倒され、半年間の謹慎を受けた。

それをまだ覚えているため、エレマンは外国から来た使者の存在は鬼門なのだ。


実際には罰として与えられた剣術の授業をサボったことを知った国王ちちおやから直々に木剣で打ちのめされフルボッコにされ、反省を促すために貴族牢に閉じ込められた。

半年間の謹慎で学園の出席日数が足りず。

救済処置となる課題のレポートも提出をせず。

結果、見事に留年が決定したのは記憶に新しい。


この国では、学園を卒業していないと一人前として認めてもらえない。

それは貴族だけでなく王族でも同様なため、(たぶん)出席日数が足りないことが理由で卒業ができなかったエレマンと(間違いなく)成績が足りなくて早々に留年が決定していたマキシス。

ある意味『似たもの同士』のこの2人は、を今年も繰り返す。

深い事情がなければ、周りから格下にみられるという事実ことを誰も教えていない。




「おいっ! サンドレイ公爵家の連中はどこにいる!」



エレマンの次なる標的になったのは、最前列で式次第を確認して部下に細かい指示をしている宰相。

背後から肩を掴まれてすぐそばで怒鳴られた宰相は眉間に皺を寄せる。



「存じ上げません」



先ほどの若者と似たセリフを返されてエレマンは不機嫌になる。



「お父様やお母様だけではないわ。アリーナお姉さまもレインドンお兄さまもいないのよ。

宰相のあなたなら、どこにいるか分からないはずないでしょ」


「存じ上げません」


「公爵家だぞ! 新年の参内さんだいに来ていないはずがないだろう!」


「そう仰られましても。私はずっとこちらにおりますので、どこにいらっしゃるかお尋ねになられましてもお答えしかねます」



宰相にそう言い切られて、エレマンは「役立たずが!!!」と罵り、掴んでいた宰相の肩を勢いよく突き飛ばした。



「家に行こう。そこになら誰かしらいるだろう」


「ええ、そうね」



エレマンはマキシスの手を繋いで足早に来た道を戻る。

そんな2人には聞こえなかったのだろうか、宰相の声が。

そして周りの動きが見えなかったのだろうか。



「国王陛下ならびに皇后陛下に新年の挨拶を……」



両陛下が入場し、2人以外の全員がボウ・アンド・スクレープやカーテシーの体勢でいるのに。


しかし、誰ひとりとして2人に指摘も注意もしない。

学園に在籍中の2人は一人前ではないからだ。

体格は大人であっても、一人前の貴族として認めてもらっていない2人は「「何をしても許される」」と思い込んでいるが……

大人になるための試練である1年間の学園生活で、マナーや基本の知識が足りないために卒業が見送りになった彼らには人間ひととして一歩足りないとみられる。


この国の貴族学園は遊ぶ場所でも学ぶ場所でもない。

子供時代に学んだことに間違いがないか見直し、『子供時代を卒業し、大人社会に旅立つ』ための最終関門。


大人として認められなかった王族や貴族の行く末など、誰も口にしない。

現にあの2人にはその影響が顕著にあらわれているというのに。




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