ぬくもりを求めて…
平中なごん
一 男漁り
酒と女…あるいは男……金に権力……愛と快楽……すべての欲望が渦巻く街――新宿歌舞伎町。
今夜もわたしは男を漁りに、この息苦しいほどにネオンの煌めくソドムの街を徘徊する……。
でも、わたしは別にホスト目当てではないし、指名客が欲しいキャバ嬢でもない。
わたしの目的はそんな仮初の他者承認欲求でも、ましてや金銭などでもないのだ。
わたしが求めるのは男の
いつものようにスカート丈の短いワインレッドのタイトなノースリーブワンピースに着替え、グロスで舐めかしく唇を濡らしたわたしは、新宿駅から吐き出される雑踏に紛れて摩天楼の底を進み、まるで灯に群がる蝶蛾の如く、集まってくる男女達とともに歌舞伎町のアーケードを潜る。
だが、賑やかな中心部には目もくれず、ようやく人通りの少なくなる歓楽街の果てまで向かうと、薄暗い道の端に立って、お眼鏡にかなう男の通りかかるのを待つ……お店のある場所では営業妨害になりかねないので、さすがにこちらとしても気がひける。
暗い場所だし、本当はもっと鮮やかな赤いワンピースの方が男の目を惹くのだろうが、真っ赤だとむしろ
わたしももう20後半だ。若い子なら…特にJKやJDなら入れ食い状態ですぐに釣れるのだろうが、それなりの歳を超えるとそれなりの努力をしなくてはならない。
だから、服装を派手にできない分、メイクはばっちり小悪魔的に施し、男達が好むような、蠱惑的で妖艶な色香を出せるよう常に心掛けている。
その甲斐あってか、こうした逆ナンパの成功率は今のところ10割である。
「……あ、そこのおじさま、わたしの体、温めていただけませんか?」
そうこうする内にも、キャバクラかどこかでほどよく出来上がった酔っ払いのサラリーマンが通りかかったので、わたしは逃さず声をかけた。
歳は40前後ぐらい。少々お腹はぽっこり出ているが大柄な体型で、まん丸い顔をアルコールで真っ赤にして、抱きしめた際になんともポカポカと温かそうである。
「ええ? ……いやあ、お姉さんみたいなカワイイ子と遊びたいのはやまやまなんだけどね。さっき、キャバクラでお金全部使っちゃって、サイフの中スッカラカンなんだよ。残念だけどまた今度ね」
そのおじさまは、わたしの顔から始まって大きく開いた胸元にキュッと絞られた腰回り、下ってミニスカートから覗く太腿とそこから伸びる生脚まで、舐めるようにイヤらしい視線で見つめた後、それでも経済的理由を言い訳に断ろうとする。
まあ、やってることはいわゆる
だが、先程も言ったように、わたしの目的はお金ではない。ただ、男の与えてくれる
「いいえ、お金はいただきません。近くに家があるんでホテル代もかかりませんわ。必要なのはただ一つ……あなたのその温かそうな体だけ」
だから、艶めかしい瞳でそのメタボ体型を見つめ返しながら、彼の断る理由を払拭してあげた。
「ええ!? ほんとに? ……でも、なんだか怪しいなあ……ほいほいついてくと怖いお兄さんが出てきて、高額な慰謝料要求されるんじゃないのお~?」
しかし、一瞬、喜びの声を上げたものの意外と警戒心は強いらしく、お酒で血走った眼を細めると斜に構えて疑いの眼差しを向けてくる。
確かにお金目当てではなく女からナンパしてくるなんて、殿方にとってはうますぎる話に思われるかもしれない。そんな疑いを持たれるのももっともである。
でも、何度も言うようにわたしはお金が欲しいんじゃない。売春婦でもなければ、ましてや
「ひどい、そんな言い方……わたしをそんな悪い女だと思っているのね……それじゃあ、せめてここで少しの間でいいから抱きしめて?」
ただし、キャバ嬢や
わたしは潤んだ瞳で彼を見つめ返すと、不意に近寄って厚い胸板に身を持たせた。
「はうっ……!」
予期せぬ私の行動に、驚いたおじさまは奇妙な呻き声を上げて体を硬直させる。
……温かい……思った通り、お酒で血のめぐりのよくなった男の肉体は、通常のそれよりも遥かに熱くたぎっている……。
硬く強張った胸板に顔を埋め、ドクドクと早鐘を打つ心臓の音に耳を傾けながら、その熱い体温に一時の安らぎを感じる。
「……わ、わかったよ。疑ってごめん。こんなおっさんでよかったら、よろこんでお相手させていただくよ……」
路上なので人目を憚ってか、身を持たせたわたしを彼は優しく引き放すと、ニヤニヤ照れ笑いを浮かべながらわたしの申し出を承諾してくれる。
ボディタッチどころか露出度の高い服装の女に突然抱きつかれては、どんな男の理性も一発で吹っ飛ぶ。
ましてやアルコールで判断力が鈍っているとなれば、これで落ちない男はまずいないと言っていい。
もし仮に騙されるのだとしても、そんなネガティブな心配よりも牡の欲情と希望的観測の方が勝ってしまうのである。
「うれしい……それじゃあ、わたしの部屋へ行きましょう、お・じ・さ・ま」
気が変わる前にとわたしは彼の腕に手を回し、借りている近隣のマンションへ向けて早々に歩き出す。
「エヘヘへ…まさか君みたいな子に声をかけられるとはねえ……ぜったいカレシいそうなのに、なんでこんなおじさんなんかに?」
わたしと腕を組んで歩くのにまんざらではない様子だが、世間一般的にはけしてモテるタイプとは言い難いおじさまは、自分を卑下してそんな質問を口にする。
「もちろんカレシは過去に何人もいましたけど、みんな、一度
わたしは彼の腕に抱きつき、たばこ臭いスーツ越しに感じるぬくもりに身を任せながら、少し淋しげな口調でそう答えた。
「ええ~そうなのお? それはだらしない男どもだなあ。俺なら何度やったって、ずっと君へのお熱は冷めないけどなあ~」
「ウフフ…さあ、どうかしら。本当にそうならいいんですけどね」
お世辞なのか本心なのか? うれしいことを言ってくれるおじさまに、わたしは少々皮肉めいた笑みを浮かべて返す。
たとえ本心でそう言ってくれているのだとしても、男達の
どんな男性であろうとも、それには変わりがない……それが生身の男の普遍的な真理なのだ。
真理なのだから、そこは諦めるしかない。だからわたしは、こうして夜毎、違う男性を求めるのである。
他人から浮気性だのふしだらな女だの言われようとも、このライフスタイルを変えるつもりは毛頭ない。
「いや、ほんとだよ! なんだったら本気でつき合ったっていいんだからね…」
「あ、着きました。ここです」
おじさまは首を横に振ってなおもうれしいことを言ってくれるが、そんな話をしている内にもわたし達はマンションに着いていた。
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