第06話 解散
『魔族との争いを停止させることに成功した。魔王はソラとミラ・ルーレイシルを使ってゆさぶりを掛けて来たが、ブライ陛下は物怖じせずに停戦まで持ち込んだ。皆も知っての通り、人間が魔族に勝つ術はない。しかし、それは現在の話である。ブライ陛下が作り上げたこの機会を使って力を蓄える。そしていつの日か、魔族と対等に渡り合えるほどの実力を身に着けた時、再び火ぶたは切って落とされるだろう』
それが王国が国民へと示した、事の顛末だった。
そして暫くの間争いごとは起こらないとの考えから、王国へとギルドから派遣されていた冒険者たちには帰還が命じられた。
それには様々反応があった。
素直に帰還を喜ぶ者もいれば、ソラとミラ・ルーレイシルとの実力差を知って絶望する者もいるし、敵の強さから危機感を抱いて自身の成長を誓う者もいた。
そしてそのどれもに当てはまらなかったのが、ソラ達の事情をトップクランのロートのメンバーだった。彼らは王国がソラ達に対してしたことを知っていた。だから、示されたことの顛末を見て暫くの間開いた口がふさがらなかった。
「こんなの……いくらなんでも――」
少し感情的になりかけた副リーダーのベルを、リーダーのウィスリムが宥める。
「落ち着くんだ、ベル」
「分かってます。私たちが騒ぐべきことじゃないって事ぐらい。でもこれは……」
ソラ達から居場所を一方的に奪い、その事情も話さずに敵とまくしてた挙句、今度は魔族と共謀して人間を脅してきたと言っているのだ。真実を知っている人間からすれば、ソラ達が魔族と共謀したという部分ですら嘘なのではないかと疑いたくなる。
「……多分だが、王国はこれが最善の方法だと考えたのだろう」
「最善……?」
「ベルも見ただろう? 堕とされた砦から戻ってきた兵士や冒険者を」
「……」
ベルは何も答えなかった。魔族に襲われ、陥落した砦。三年前のそれとは異なり、今回はかなりの数の犠牲が出た。
憎しみにとらわれて強く復讐を誓う者がいた。
助かってしまった罪悪感に苛まれる者がいた。
次は自分の番だと怯える者がいた。
それらをベルは見ていた。彼らは自分を奮い立たせ、全ての矛先を魔族へと向けた。そして、そんな良くない感情が沸きめいた状態で行われた戦闘は、ソラ達の手によって遮られた。
感情をぶつける先が無くなった彼らの様子は、傍から見ても異様なものだった。
そんな景色を思い出すベルに、ウィスリムはさらに言葉を続ける。
「王国は、そんな彼らを納得させなければならない。彼らの様々な感情の矛先として、最も都合が良かったのが――」
「ソラさん達、と言う訳ですか……」
「真実に目を向ければ間違っていると言いたくなるが、この状況での選択肢としては正しい」
「でも、それって王国の体裁を考えた場合での話ですよね?」
「ベルの言う通り、これは王国にとって都合の良い話だ。それでも、僕らが騒ぐわけにはいかないだろう? 僕らなんかよりずっと強い反感を持っているはずのルーク君たちが抑えているんだから」
ソラ達とあまり深い関係ではなかったウィスリム達でさえ、真実を知った上での王国のやり方にこれほどまでに嫌悪感を抱いてしまう。ルーク達のそれは、この比ではないはずだ。
「……ルーク君たちは、なぜ黙っているのでしょうか?」
「さあ。それは本人に聞いてみないと分からない。だが、予想は付く。今と違ってルーク君たちが王都へと赴いた時には、魔族と睨み合っていて予断を許さない状況だった。そんな時に王国への不信感を広めるような事をすれば、被害を被るのはほぼすべての人間だ。最も、王国を絶対正義と思い込んでいる人間が大半を占めるこの場所で、不信感を煽ることなんて早々できないだろうけどね」
「それに」とウィスリムはさらに言葉を続ける。
「僕には、この状況を受け入れているのに何か意図がある気がするんだ」
「……それは、ソラさん達のことですか?」
その問いに、ウィスリムは頷いた。
「彼らがその気になれば、王都なんて簡単に堕とせるはず。王国にされたことを思えば、そのぐらいしたって不思議には思わない。でも、それをすることはせず、王国の上層部の人間は生きている。ギルドであれだけの事を実行できる人間が、ここで感情を抑えた。何か意味がある。ベルはそう思わないかい?」
「言われてみれば確かに……」
ルーク達が襲われた際、その敵である者を一人残らずこの世から消した。そんなソラにしては、王国に対してしたことはあまりに小さい。確かに、何か意図があるのだろうとも考えられる。
少しの間を空けて、ウィスリムが普段の口調でベルに話しかけた。
「今、僕らがすべきことは、ギルドに戻ってギルドマスターに全てを話すことだ。あのギルドマスターの事だ、きっとどうにかしてくれるさ。少し感情的な部分はあるけど、だからこそ王国よりも信頼できる」
ベルは笑みを浮かべて「そうですね」と答えると、ウィスリムと共にギルドへと戻る準備を始めた。
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