第05話 不変
ブライ達の帰還を人々は喜んだが、当の本人たちの表情は明るいものではなかった。
帰還したその日のうちに、ブライはプレスチアとルノウ、そして王子であるシュリアスと共に話し合いをしていた。シュリアスがいるのは、今後の為の経験を積ませるためだ。魔族との衝突後、こういった経験を積極的にさせている。
シュリアスだけがその場にいなかったため、まず最初に魔王と接触した際の事を事細かに、頭の中を整理するように並べていった。
「魔族と争いを続けると言うのは論外。僕はそう思うのですが、皆さんはどうでしょうか?」
シュリアスのその言葉に、三人が頷いた。
「それならば、僕たちが最優先すべきは境界線付近に人間を近づけないことですね。思いつくのは禁止令を全ての国民に出すことですが……」
「それだと少し弱いかもしれません。今回の戦闘ではガリアやシーラと言った優秀な兵士も多数死亡しています。それだけでは感情を抑えきれない者がいるかもしれません。戦死した者と親しかったものならば尚更です」
そこへ、ルノウがすかさず提案をする。
「魔族へ強い恨みを持つ者も抑えられる方法ならあります。絶対強者を敵として見立て、王国の力が彼らを超える時まで準備をする必要があると吹聴するのです。そうすれば、ブライ陛下が魔王の元へ赴いたことだって、次の機会をうかがうチャンスを作ったことに出来る。一方的な敗北ではなく、次の機を狙いながらの戦略的な撤退。聞こえは良く、士気も下がらない。この理由ならば、ブライ陛下の作ったチャンスを無駄にしようとする愚か者などほとんどいないでしょう」
その言葉に、ブライは呆れ顔で問う。
「……ルノウ。まさか、敵に見立てる絶対強者と言うのは――」
「ソラとミラ・ルーレイシルの二名です。魔王としてもいいですが、それでは少し弱い。魔王の創り出した魔族は何度となく倒していますから。先に述べた二名ならば、多くの兵士の目の前で強大な力を使って見せている。これが最も効果的でしょう」
「それはダメだ、ルノウ大臣。これ以上ソラ君たちを利用するのは――」
プレスチアの言葉に、ルノウは鋭い目つきで食い下がった。
「それでは、これ以上の方法を提示してください。戦いの中で戦友を失って憎しみに燃える兵士が感情を抑えられるような方法を。それに、何をいまさら躊躇う事があるのですか? 私たちはソラ君が魔族を助けに来たあの日から、彼らを敵として捉えることを決め、国民にもそう提示した」
ルノウは立て続けに話す。
「私が間違っていると言うのならば、それ以上の方法を考えてからにして欲しいものだな。ソラ君が城へと姿を現したあの時だってそうだった。魔族と対峙している混乱を招くわけにはいかないあの状況で、城を壊され、魔族に逃げられた事をあれ以上穏便に済ませる方法は無かった。そして、今もそれと同じだ」
誰も答えなかった。いや、答えられなかった。ルノウのやり方はいつだって極端だが、最も理に適っていた。それ以上ない程の効果的な解を提示するから、下手に反論などできない。
少しの間を空けて、シュリアスが口を開く。
「しかし、それでは父上の国民にすべてを開示すると言う想いは――」
「シュリアス王子、それは別に今でなくとも良いのではないですか? 罪の意識から逃れる事よりも、国民の安全の方がずっと大切。私はそう思うのですが、間違っているのでしょうか?」
王国が国民に対して秘密にしていた事。それらを開示するもしないも上層部の自由だ。その開示によって国民の命が危機に晒されるような場合においては、秘匿を良しとしない者たちのただの自己満足でしかない。
しかし、ブライの決意はそれで揺らぐようなものでは無かった。
「罪の意識の問題ではないのだ、ルノウよ。儂らは次の世代に間違いを正しく伝えなくてはならない。少なくともソラ君たちの件に関しては、そのようなやり方をするべきではなかった。間違った経験が無ければ、また同じことを繰り返してしまうだろう。そして、儂には全てを開示するための案が一つだけある。プレスチア、ルノウ、シュリアス。お主らには深く関係のあることだ。聞いておいて欲しい――」
それからブライは自分の案を三人に告げた。異論も多少は出たが、ブライの意思は固く、誰一人としてそれを折ることは出来なかった。
その後まもなくして、解散となった。そして、ブライとプレスチアだけがその部屋に残った。
少しやつれた様子のブライに、プレスチアが優しく声を掛ける。
「大丈夫です。ブライ陛下の想いを継いでくれる人は沢山います。彼らなら我々が作り上げた世界よりも、ずっと良い世界を作ってくれるに違いありません」
「あぁ、そうだな。次の世代を信じて、私たちはこの場所を去るとしようか。その前に、出来る限りの事はしなくてはならない。すまないな、プレスチア。巻き込む形になってしまって」
「いえ、気になさらないで下さい。ブライ陛下の決断は、私も正しいと思いますから」
ブライやプレスチアの想いを継ぐ者は確かにいる。それぞれが異なる思考をしているのだ。二人の考え方に同調するものは当然いる。
そして、異なる考えに同調する者も少なからずいる――。
「ルノウ大臣、あなたのやり方は決して間違っていない。今、結果としては失敗以外に言い様は無いかもしれない。しかし、非難される方法であったとしても多くの人々を救ってきたことに間違いはありません」
「彼らは聞こえの良い正義を謳う自分に酔いしれているだけです。それだけで守りたいものを守れるのなら、誰も苦労はしません」
「結局、プレスチア大臣はルノウ大臣の人を救う方法の代替案を提示できなかった。彼らが罪と謳う過去の事例で救われた人々の事を何も考えていない」
「私たちはどんなやり方であろうと、どれだけの人々に非難されようと、それで救える命があるのならば躊躇わない。ルノウ大臣、あなたはきっと大罪人として牢に入ることになる。その前に、私たちに助言をして欲しい。奇麗ごとじゃ救えない人々を救うための方法を――」
ルノウは、プレスチアと同等と言われるほどの権力を手にしていた。だから当然、ルノウを慕う人間も決して少なくない。
ブライやプレスチアが次の世代へと想いを伝えるのと同じように、ルノウもまた次の世代へと想いを伝える。
王国程大きな集団になってしまえば、一枚岩になることは出来ない。考え方は一人一人違うし、出来事に対する感じ方も違う。
様々な人間を覗くことによって一人一人に通じ合えない部分があることを確信し、ビトレイを通じてルノウの功績を知ったソラはそれを理解していた。だからこそ言い切ることが出来たのだ。『今の人間は綺麗ごとだけでは平穏を作り出せない』と。
しかし、今は無理でも未来では可能かもしれない。将来がどうなるのかは、今を生きる人々に掛かっているのだ。
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