第03話 出立

 王国内での出立準備。

 それはとても静かに執り行われた。ほぼ全ての貴族へ通達はしたものの、国民には何も言っていない。皆が納得する言葉が思いつかなかったからだ。

 現状、ソラ達の手で争いを無理やり止められ、人間は抑え込まれているような状態だ。魔族から送られてきた件の書簡は、国民には伝わっていない。報告を受けたルノウが、いち早く話が広がらないように処置を施したからだ。

 要は、国民にとって今は魔族と睨み合っている時間なのだ。そんな時に国王が王都を離れるとなると、相応の理由で説明をしなければならない。魔族側の出方が分からない以上、正直に魔族と負け戦をする訳にはいかないと説明して士気を提げる訳にもいかない。

 結果、もしもの事態に備えて権力の強い貴族などにのみ情報を伝え、国民には全てを伏せた状態でブライ達は魔王と会うことにした。

 ブライの準備がひと段落したところで、ハリアが声を掛けた。



「あなた、気を付けてくださいね」


「あぁ、分かっている。……それで、カリアの方はどうだ?」



 ブライがそう心配したのは、カリアには何も伝えていないからだ。ソラの生存を知ってからどこか様子がおかしいのは、カリアと接触する機会のある人間ならば誰もが知っている。

 そんなところに、魔王と会いに行くなどと言えばどうなるだろうか。ブライの脳裏には、自分も行くと駄々をこねるカリアの姿が浮かんだ。



「他の皆さんの協力もあって、気付かれてはいないようですよ。でも、だからこそちゃんと帰ってきてくださいよ? 何の前触れもなく父親がいなくなる何てこと、私が許しません」


「あぁ、そうだな。戻ってこない訳にはいかない。カリアの為にも、そしてこれからの為にも。儂にはやらなくてはならないことがあるのだから」



 やらなくてはならないこと。

 ハリアはその内容を知っていた。そして、ブライがそれを止める気が一切ないことも知っていた。

 だから、応援する以外に出来ることが無い事も分かっていた。



「そうですね。心から応援しています。私にも何か手伝えることがあればよいのですが……」


「その必要はない。これは国王である儂の責任ですべきことだ。あまり多くを巻き込むべきではない」



 そこまで話した時、扉が二回ノックされた。



「ブライ陛下、そろそろお時間です。準備をお願いします」



 ルバルドの声だった。

 ルバルドは今回、ブライ達の護衛を務める兵士を率いるという大役を任されていた。何が起こるか分からない場所で国王であるブライの護衛を務めるには、当然ともいえる人選だ。



「では行ってくる」


「はい。お気を付けて。帰りをお待ちしています」



 そんなハリアの声を背に、ブライは扉を開けてルバルドと合流した。



「ルバルド、出発前にカリアと会っておきたいんだが……」


「時間には多少の余裕があります。問題ありません。カリア姫なら先程見かけましたので、捜して参ります」


「あぁ、頼む」



 それから一分も立たないうちに、ルバルドはカリアを連れてブライの元へと戻って来た。カリアの方は先程まで何かをしていたのか、どこか忙しそうな雰囲気を纏っていた。



「カリア……?」


「お父様、私に何か用でしょうか?」


「……いや、少し顔を見たかっただけだ。そういえば、先日城を抜け出したと聞いてが、どこに行っていたんだ?」



 ブライは、どこか悪戯っ気のある笑みを浮かべている。プレスチアがすぐに発見・報告してくれたために、何も出来ていないだろうと踏んでいたのだ。

 しかし、カリアの表情には満面の笑みが浮かんでいた。



「もう少しすればお父様も分かります。楽しみにしていてくださいねっ! では、私はこれで」



 そう言って、忙し気にどこかへ駆けて行ってしまった。



(もう少しすれば分かる? 一体何を言っているんだ。……いや、何をしているんだ? 魔族がいつ仕掛けてくるかもしれない状況でこれは――)



 隣でその様子を見ていたルバルドが、呆然と立ち尽くすブライに心配そうに声を掛ける。



「あの、……ブライ陛下? 大丈夫ですか?」


「ルバルド、出立する前にカリアの護衛の人数を増やしておいてくれ。それと、城外へは出ないようにさせておけ」


「分かりました、手配しておきます」



 ルバルドは近くにいた城内の兵士を呼び立て、指示を出した。自分はそれほど時間が取れないため、王国に残っている副兵士長であるスフレアに事情を伝えに行かせたのだ。指示を貰った兵士は、すぐにスフレアの元へ向かって走り出した。





 そして予定されていた日、ブライ達は背に王都を出発した。勿論、見送りなどない。

 護衛は相手に警戒されないように少なめに、出来る限りの実力者を選抜した。その護衛を率いているのは兵士長であるルバルドだ。

 護衛はブライ、ルノウ、プレスチアの三名が乗った馬車を囲いながら進み、周囲を警戒していた。

 馬車の中は重苦しい空気が包み込んでいた。



「ブライ陛下、顔色が悪いようですが大丈夫ですか? 時間には余裕があるので、ルバルド兵士長に頼めば休むことも出来るとは思いますが……」



 プレスチアの言葉に、ブライは首を横に振った。



「大丈夫だ……とは言えないが、休む必要はない。この後の事を考えると、どうしても気が参ってしまってな。しかし、儂らに選択肢は残されていない。出来る限りの事はする、次の世代の為にもな」

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