第09話 混乱
ソラとミラ・ルーレイシル。この二名が、魔族領へと招き入れられてしまった。それは言葉にするまでも無く、人間にとって最悪の状況だ。
王都の兵力は維持しているが、人々の顔から不安が消えることは無い。
月明かりが辺りを照らす頃、王都の一角に二人の影があった。その場所からは、王都全体が見渡せる。
「そちら側に戻ってくるつもりはない。ルバルド、お前がソラ君から聞いたのは本当にこれだけなのか?」
ルバルドは、最後にソラと接触した唯一の人物だ。その時の会話はブライ達へと伝えられた。しかしプレスチアは、そこでルバルドが口にしたものだけではないと考えていた。
プレスチアの問いかけに、ルバルドは首を横に振る。
「いや、本当は他にも聞いている。ソラは国に対してあんな態度をとってはいたが、何も人間に対して嫌悪感を持っている訳じゃない」
「……ギルドの仲間のことか?」
プレスチアのその問いかけに、ルバルドは頷いた。
ルノウに手を出してはいけないと思わせさえすれば、ソラにとっては十分だった。
「ソラはルノウ大臣の言う様に他者の記憶を覗くことが出来る。だから、俺たちを否定するようなことも言わなかった。自分の為の正義ではなく、国の為の正義を貫けばいい。そう口にしていた」
「国の為の正義、か……。ルバルドは知らないだろうが、ブライ陛下は今回の件でルノウ大臣の考え方に対してかなり否定的になった。ソラ君のような犠牲を出してはいけない、そう思われたのだろうな。少しはその正義も変わるかもしれ……ルバルド?」
プレスチアの言葉で、ルバルドの脳裏にソラの言葉がよぎった。
「ソラはルノウ大臣の弟――ビトレイという名の男の記憶を覗いたと言っていた。そのソラ曰く、俺たちはルノウ大臣が一人でどれだけ大きなことをしているか知らないらしい」
「……今、陛下の命令でルノウ大臣がやっていた事を洗い出している。その中には明らかに過剰ともいえる行動もあった。だが――」
プレスチアは王都全体を見ながら、言葉を続ける。
「その中には凶悪な事件を未然に防いでいるものも少なくなかった。事前に怪しい人物を殺しておいて、後からその危険性が発覚する、なんてケースもあった。調べれば調べるほど、大勢の人にとっての平穏は、決して少なくない人数の犠牲の上に成り立っていることを思い知らされる。きっと、ソラ君はその犠牲が無ければ平穏が出来ない事を理解していた。理解したからこそ……」
理解したからこそ、平穏を享受する大勢の一員になることをやめた。犠牲の上で助かる人が多くいることを知っていたから、それを否定するようなこともしなかった。
そして、理解していたからこそ全てを守ることを諦めた。
「プレスチア。ルノウ大臣のやっている事、その肩代わりを全てできると思うか? それも、ルノウ大臣とは違う綺麗なやり方で」
「やるさ。勿論、魔族が何をしてくるか分からない現状ではそんなことは出来ない。もしかしたら、それをする前に国が滅びるなんてこともあり得る」
「それは笑えない冗談だな」
「冗談でもないさ。何しろ、向こう側にはあの二人がいるんだ。ルバルドはあの場所で実際に見たんだろう? ソラ君の実力も、ミラ・ルーレイシルの実力も」
衝突する両軍の間にあり得ない大きさの炎のカーテンを作り出し、強制的に両者の動きを止めてしまったミラ。ルバルド達が衝突して勝算があるかどうか怪しかった魔族の大軍を一瞬で消し去ってしまったソラ。
どちらも相手にするようなことがあれば、ルバルド達には抵抗する事すらできないだろう。
「何にせよ、魔王が死んだ以上相手も暫くは動けないはずだ。ソラ君とミラ・ルーレイシルの事もあってこちらから手は出すようなことは出来ないが、時間的猶予があるのは間違いない」
「そうだな。今はやれることをやるしかない、か……」
「そう言う事だ。それにしても、ソラ君は随分と成長したみたいだね。まさか、言葉だけでルバルドを考えこませるとは」
冗談っぽい笑みを浮かべるプレスチアに、ルバルドは思わず苦笑いを浮かべた。
「あぁ、全くだ。初めて会った時はスキルも、その使い方も分からない子供だったはずなんだがな」
「私が初めて会った時はスキルの使い方こそ知っていたが、そこまで強い意志を持ってはいなかったよ」
それから少し間を空けて、ルバルドが口を開く。
「あそこまで強い意志を持つのは、それなりの経験をしていなければ無理だ。ソラの村がどういった経緯で消えたのかは結局分からずじまいだったが、きっとそれが原因なんだろうな」
「そうだろうね……」
プレスチアはそう言って同調した。
ソラが自ら村を消すようなことをするとは考えにくい。そして、ルノウが魔女の村へと人殺しの為の人員を派遣したことは既に周知されている。となると、憶測の範囲を出ることは無いものの、その経緯を察することは出来る。
ルノウの性格とやり方を考えれば、ソラが初めての被害者と言う事は考えにくい。
「ソラ君に限って言えば、チカラがあったから助かった。でも、私たちが知らないだけで同じような目にあって、そのまま助からなかった者もいるはずだ。ルノウ大臣のやり方を間違っているとは言わないが、もっと良いやり方があるはずだ」
「当面はそれを見つけるのが目的になりそうだな。もっとも、本当にそんな方法が存在するのかは分からないが」
「あぁ、そうだな。今はまだ、ルノウ大臣のやり方を完全に否定することは出来ない。それをしてしまえば、ソラ君の察していたように平穏を保てない。暫くはルノウ大臣の過剰で過激なやり方を見逃すことになるだろう。だが、いつかはきっと……」
ルノウならば、そんなことは不可能だと否定するだろう。ルノウのやっている事の大きさを知っているソラも、実現出来るはずがないと言うかもしれない。それでも、いつかはきっと犠牲無き平穏を作って見せる。
プレスチアは、心にそう誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます