第08話 制御
ソラとティアは、中心街を出て十分ほど歩いた。そうして見えてきたのは、ポツンと一つだけある木造の家だった。
その扉を開けるとエクトが本を開いて難しい顔をしていて、その隣でミラがその様子を眺めていた。
「お邪魔してます」
ソラはそう言うエクトの手元へと視線を移した。
「順調そう?」
「はい。ミラさんのお陰で」
そう言いながら、エクトは球体を包み込むように両手を前に出した。その中心には半径数センチの丸い球が現れ、机の上へにポトリと落ちた。それは鈍い光を放っていた。
マジックバッグをはじめとする、魔道具と呼ばれるアイテム。それらは錬金術によってつくられ、効果の有無は材料の比率によって決まる。素材そのものを創れるエクトならば、その比率を理解さえしていれば簡単に生成できる。
「半分は元魔王のお陰じゃがな。強制的とはいえ、かなりの修練を積まされておる。作れないものなどほとんどないぐらいにな」
ティアはそんな会話を横目に、「私はご飯の準備をしてきます」と言って台所へと向かっていった。
「まあ、作れるとは言ってもある程度は制限が必要じゃがな。現状、魔族の中でこんなものを作れるのはエクト一人じゃ。下手に流通させれば、『自分も』と言う輩が現れる。一生かけてそれをしたいというのなら止めはせぬが、お主にはそんなことをしている暇はないのじゃろう?」
その言葉に、エクトは深く頷いた。
「僕は次の魔王になって、体制を壊さないといけません。それまでに、自分の出来ることを増やしておきたいんです」
エクトのスキルは、汎用性が異常なほどに高い。知識があればあるほど出来ることも増えていく。力を以ってして体制を壊そうとしているエクトにとって、自分のスキルを扱うための知識は出来る限り身に着けておきたいところだ。
「あまり無理はし過ぎないようにね」
「ありがとうございます、ソラさん。でも、あまり時間が無いので出来る限りの事はしておきたいんです」
今はまだその時ではない。だが、それが訪れるのはさほど遠くない未来だ。
その時、不意に扉が開かれた。
「……ハシク、だよね?」
「うむ、間違いなくな」
ハシクはその立場上人間や魔族という一つの種族に肩入れできない。だからソラはユーミアを助けた後事情を話し、その後状況が落ち着くまでは待機してもらっていた。ソラが迎えに行ったのは、セントライル領という新しい居場所を手に入れてからだ。
そして、今のハシクは人ではなく魔族の見た目をしている。銀髪なのは変わっていないが、肌の色は黒く、瞳孔は紅く染まっていた。心なしか、人間の姿の時よりも幾分威圧的に見える。
「その様子じゃと、目的は問題なく果たせたようじゃな。まあ、果たせぬ方がおかしな話ではあるのじゃが」
「我に掛かれば、この程度造作もない。第一、以前からやっておったことだからな」
エクトは一瞬首を傾げたが、自分は集中しなくてはと再び本へと視線を落とした。
ハシクがやったのは、依然と同じく周辺の魔物を遠ざけるというものだ。勿論、魔族は対象としていない。
「それよりも――」
ハシクのその言葉の先を察したのか、ティアは台所で作業をしながら返答した。
「すみません、もう少しかかりそうです」
「そうか……。では待つとしよう」
少し残念そうな表情をしてから、ハシクは席に着いた。
やがてティアの手探りな料理が完成し、運ばれてくる。
「その……どうでしょうか……?」
「うむ、美味い」
「ありがとうございます、ハシク様」
ハシクは大抵のものは美味しいと言ってくれる。問題はソラだ。そう思って、ティアはソラの方へと視線を向ける。
「普段食べてたのとは違う味だけど、俺も美味しいと思うよ。……エクト、どうかした?」
ソラは、食事に手を付けながら首を傾げるエクトにそう問いかけた。
「いえ、決して口に会わないという訳ではなく、僕も美味しいと思います。ただ、僕たちとは違う食材の使い方をしているのでなんか斬新な感じがしまして……」
「その辺りは後でユーミア辺りにでも聞けばよかろう。あやつなら手先も器用そうじゃしな。まあ、暫くは無理じゃろうが」
現在、ミィナとその周辺はかなり多忙な状況にある。料理を教えるために抜けられるほど、甘い状況ではない。
エクトの言葉を聞いてから何かを考えこんで上の空になっているティアを横目に、エクトはソラへと問いかけた。
「そういえば、ソラさん達はどうしてこんなところに? 領主であるミィナに認めてもらったんですから、街中に住むことも出来ますよね? その方が色々と便利だと思うんですけど……」
「確かにそれも考えたけど、俺たち人間がいるのを心地よく思っていない魔族もいるだろうと思ってやめたんだよね。余計な火種を作る必要はないかなって。警備員っていう仕事上街を見回りには行ってるけど、まだかなり警戒されてるみたいでさ。正直、すぐに打ち解けられるような自信はないかな」
その時、ノック音が響いた。
ティアが扉を開けると、そこにはつい先ほど人質にされていた魔族の女性と、その娘が立っていた。
「あの、先程はありがとうございました。宜しければ、これ、食後にでも食べてください」
そう言って、何かが入ったバスケットを差し出した。
ティアは少し困った顔をして、ソラの方へと視線を向ける。
「せっかくだし、貰っておこうか。わざわざありがとうございます」
二人の親子はソラの柔らかい反応のお陰か少し安心したような表情を浮かべてからバスケットを渡し、もう一度で頭を下げてから出て行った。
そんな様子を見て、エクトは笑顔で言った。
「ソラさんが思っているよりも、ずっと早く打ち解けられるかもしれませんね」
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