第03話 故郷

 そこはセントライル領域内の、少し小高い丘だった。

 少し離れた所にセントライル領の中心街が見える。どこか暗い雰囲気が漂っている様な気もしたが、それでも多くの魔族が行き交っているのが見えた。



「…………」



 ユーミアは久しぶりに戻って来た故郷に、開いた口が塞がらなかった。どこか現実感が無く、夢の中にいるような不思議な感覚に一人浸っていたのだ。



「ソラさん達はそこでお待ち下さい」


「それはいいですけど、ハーミスさんはどこへ?」


「信頼できる者を数名連れてきます。恐らく、魔王様が消えたことによって、魔族内には大きな混乱が広がります。それを私だけで抑えるのは不可能です。ですので、ここへ私の息のかかった者を集め、状況を整理してからこれからのことを考える。それから皆で事に当たりたいのです」



 その意見に誰も反対しなかったため、ハーミスは一人中心街へと向かっていった。

 その姿が見えなくなるまでぼーっと見つめていたミィナに、ソラが声を掛ける。



「ミィナはハーミスさんの事は知ってるんだよね?」


「うん。でも、三年前に少し一緒にいただけだから、私が知っているハーミスのほとんどは他の人から聞いた話なんだ。それに、私がここで過ごしていたのは生まれた後のほんの少しの時間だけだから、この景色を見るのはこれが初めて。でも――」



 ミィナは、小さく微笑んでから再び口を開いた。



「なんでかは分からないけど、懐かしい感じがする」





 それから少しして、ハーミスが十数人の魔族を引き連れて戻って来た。誰もがピシっとした正装に身を包んでいたが、一人だけ明らかに違う者がいた。恐らく、その一人を除いた魔族は人間でいう貴族のような存在。初めはソラ達にその魔族を連れてきた意図は分からなかったが、その姿を見つけてすぐに走り出したミィナを見てすぐに察した。



「パミアっ!」


「ミィナ様っ!」



 涙を浮かべながら抱き合う二人を見て、ソラはかつて覗いたユーミアの記憶を思い出した。



「確か、ユーミアさんの治療をしていた……」



 その言葉に、ユーミアは頷いた。



「私とミィナ様が人間領へと入り込む前、傷ついた私の治療をしてくれた子です」



 それを聞いて、ティアとミラもユーミアたちと出会った時に聞いた話を思い出した。ソラ達がそんなこんなでパミアの事を思い出している間に、パミアに抱き着いていたミィナは片膝をついた魔族に囲まれていた。



「……え? あの……。え……?」



 困惑するミィナをよそに、魔族たちは「ご無事で何より」、「会うことが出来て光栄です」、「よくぞお戻りに」と言った具合に思い思いに言葉を紡いでいた。涙を流している者も少なくない。



「すみません、ミィナ様。彼ら彼女らには私からミィナ様が生きていることを伝えておいたのです。三年間ずっとミィナ様を待ち続けて、思うところがあるのでしょう」


「そっか……」



 ミィナは申し訳なさそうにそう呟くと、一人一人の顔を見てから、再び口を開いた。



「ごめんね、皆。長い間心配かけて……。それと、今まで頑張っててくれてありがとう」



 その言葉に、再び騒がしくなった。ミィナの表情には再び困惑の色が浮かんだが、自分を待ってくれていた嬉しさからか、その表情はすぐに柔らかくなっていった。

 それが一通り落ち着いた後、ミィナはソラ達の方へと視線を向けた。



「ソラ、ミラさん、ティア、改めてありがとう。皆のお陰で、ここに戻ってこれた」



 そう言うミィナの表情には、満面の笑みが浮かんでいた。



「気にするな。元より、妾は自分の意思でお主らを助けた訳ではないからな」


「私は何も……。ほとんどご主人様のお陰ですよ」


「どういたしまして、とは言っておくけど、お礼を言うのはまだ早いんじゃない? 大変なのはこれからだろうし……」



 その言葉に「そうだね」と頷くミィナを横目に、集まっている魔族は不思議そうな顔をしていた。正真正銘人間だったが、ミィナやハーミスと一緒にいるせいかさほど警戒心と言ったものは感じていない様子だ。

 少しして、その中の一人が口を開く。



「ミィナ様、この方たちは……?」



 ソラはギルドでミィナを庇うとき、こう言った。



『敵も仲間も自分が決めるものであって他人が決めるものじゃない。人間を敵に回す程度の事で仲間を守れるのなら、俺は仲間を優先する』



 ソラはミィナやユーミアの事を仲間として選び、その後のことなど考えもせずに躊躇いなく守ってくれた。それならば、ミィナにとってソラ達は――。

 ミィナはソラの方をちらりと見てから、にこりと笑って答えた。



「私が守りたいと思える、大切な仲間!」

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