第04話 絶望

 四人は洞窟の最奥まで辿り着いていた。

 天井は丁度大人二人分ほどで、それほど高い訳ではない。四人の持っている松明だけで全体を照らすことは出来ないが、それなりの広さがあることは何となく察せた。



「おかしいな……。魔物の目撃があったはずの洞窟で魔物に会わないなんて」



 ルークのその言葉に、クラリィとフェミは首を傾げ、ベウロはニヤリと笑った。



「――っ!」



 クラリィは全力で前方へと飛ぶように移動した。反転して地面を削りながら着地すると、先程まで自分がいた場所にはベウロが刃を突き出していた。



「ルークさんっ! フェミさんっ!」



 クラリィはそう叫んだが、二人は一歩も動かなかった。

 二人の足元へと視線を動かすと、魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。



「呪術……ですか……」



 それを聞いて、ベウロはにこりと笑いながら答える。



「流石はクラリィだね。僕の攻撃に気が付けただけの事はある。僕一人だったらとてもじゃないけど勝てなかったね」



 その言葉に呼応するように、辺りからはどこからともなく人の気配が発生する。



「……私、感知スキルは結構自信あったんですけどね」


「それは魔物相手の話だろう? 人間を相手にするために磨いた隠密スキルは、クラリィが見抜けるようなものじゃないさ」



 クラリィは辺りを一瞥した。

 敵の数は優に十を超えている。にも拘らず、誰一人として感知スキルで見破ることは出来なかった。ここまで用意周到だったことから、未だ隠れている者がいることも考えられる。



「一体何の目的で――っ!」



 クラリィは一瞬、意識がどこかへ飛んでいきそうな感覚に襲われたが、光属性の魔法を使って耐えきった。



「てっきり、クラリィは魔法があまり得意じゃないと思ってたけど、そうでもないみたいだね。でも、その様子を見る限り魔法に特化した人間よりは劣っているみたいだね。分かってると思うけど、少しでも力抜くと終わりだよ?」



 ニコリと笑うベウロを、クラリィは睨みつける。

 クラリィを襲ったのは闇属性の魔法だった。一度、ミラに練習と称して掛けてもらったことがあった。そのお陰でどうにか耐えきったが、常に纏わりつく闇属性の魔法はクラリィがスキルで身を守っても少しずつその意識を削り取っていく。



「クラリィ、君に残された運命はただ一つ。何も知ることなくここで僕らの玩具として踊り続ける事だけだ」



 その言葉と同時に、ベウロは物凄い速度でクラリィへと向かっていった。

 一緒に依頼を受けているときには見せることのなかった、全力のものだ。クラリィは光魔法で自分の身を守りながらも、否応なしにそれに対応させられた。





 あれからどれほどの時間が経ったのだろう。

 ベウロの仲間が放ち続けている闇属性の魔法は、クラリィの光属性の魔法の防御を貫通して確実に意識を削り取っていた。

 ふと、意識が遠のいていく中でネロの表情を思い出した。それは普段のものではなく、初めて出会った、クラリィの目の前で賊を全滅させた時のものだ。



「ねぇ、クラリィ。君、右腕が無くなってるのに気が付いてる?」



 そんなベウロの声が酷く遠くから聞こえる。自分の右腕の方に視線を向けると、二の腕から先が綺麗さっぱりなくなっていた。しかし、闇属性の魔法が影響しているのか曖昧にしか認識できない。



 ……もし自分がここで死んだら、ネロ様はどうするだろうか。



 そんな考えがクラリィの脳裏によぎる。十中八九、目の前で笑いながら目に見えない武器を振るっている人間は生きていられないだろう。どんな手を使ってでもネロ様ならそうする。半ば確信するようにそう思えた。

 このまま耐え続けて何か策はあるのだろうか。戦闘が始まった時から辺りを観察してはいたものの、彼らに隙は無かった。きっと、ベウロの言葉通り彼らの玩具として踊る事しか出来ないのだろう。

 それならばせめて――。



「あれれぇ? クラリィ、僕の見込みなら君はもう少し踊れるはずなんだけどなぁ?」



 途端に動きが鈍くなったクラリィに、ベウロは楽し気にそう問いかける。

 やがてクラリィは左手に持っていた武器を地面へと落とした。それでもどうにか戦おうとしているのか、弱弱しく握りこぶしを作る。

 それを見て、ベウロの笑みは一層不気味なものになる。



「そう来なくっちゃね。流石クラリィだよ、こんなになってまで楽しませてくれるなんて」



 徐々に自分の体が弱っていくのを感じる。既にベウロの攻撃をかわしきるような余力は残っていない。

 しかし、それでも良かった。ベウロは死なないように丁寧に体に傷をつけてくれる。意識が遠のいているせいで痛みをさほど感じない今なら、攻撃を受け入れることによって他の部分に集中することが出来る。

 やがて、クラリィは前のめりにばたりと倒れこんだ。



「ねぇ、まだ意識あるんでしょ? 楽しいのはここからだよ?」



 ベウロの声が微かに聞こえてくる。それでも、今のクラリィにはそれを気にする余裕はない。

 もうこれ以上は意識を保てるかさえ危うい。

 だから、今放つ。

 クラリィの握りしめていた左手がゆっくりと開かれる。そこからは力強い光が溢れてくる。



「――なっ!」



 ベウロは焦って後方へと飛んだ。しかし、ベウロには何の影響もなかった。

 クラリィが限界まで力を溜めた風属性と光属性の複合魔法は、真上へと向かって放射状に放たれた。

 金色の風がクラリィの左手を中心に竜巻を作り出す。それは洞窟の天井を突き破り、空高く舞い上がった。日が落ちたばかりという事もあり、光り輝く竜巻は離れた場所からでも視認できただろう。

 きっと、これだけ派手にスキルを使って爪痕を残せばネロ様は探すのに苦労なんてしないはずだ。

 そんなことを考えながら意識を手放そうとしたクラリィだったが、途端に意識がはっきりとする。クラリィを包み込んでいた闇属性の魔法が消滅したせいで、全身の傷の痛みが急に襲ってきた。それに思わず身を強張せるのと同時に、自分の体を優しく支えてくれている存在に気が付く。



「ネロ……様……⁉」



 クラリィの視線の先にあるネロはクラリィを見て幾分か安どの表情を浮かべていたが、その瞳は酷く冷たく、怒りに震えているように見えた。

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