第05話 全滅

「ネロ……様……⁉」



 驚くクラリィに、ソラはアイコンタクトで応じた。



「ミラ」



 ソラはそう言ってスキルを使って手元に引き寄せた、クラリィの切り落とされた右腕を差し出した。

 ミラがそれに手を触れると、ガラスが割れるように粉々に崩壊して辺りへと赤い粉末の様なものを散らした。ミラがクラリィの右腕があった部分に手を近づけると、宙を舞っていた赤い粉末はクラリィの腕の位置へと収束していく。体から切り離された部位を分解し、元の位置へと同じ形に構築しながら正確に繋げていく。光属性の魔法と、錬金術の両者が高度な次元にあるミラにしか出来ないわざだ。

 周囲にいたベウロたちは、それを見て唖然としていた。傷を修復する光属性の魔法は、回復を早めるだけ。どんな術を使ったとしても欠損部位を復元することなど不可能なはずだった。



「クラリィ、感覚はどうじゃ?」



 そう言われて、ミラによって復元された右腕を何度か動かす。



「大丈……夫で……す――」



 クラリィはそこまで言うと、視界がぐらりと揺れた。つい先ほどまで全身に緊張が走っていた状態から、一気に解放されて足に力が入らなくなったのだ。



「ティア」


「お任せください」



 ソラはそのまま意識を手放したクラリィをティアの方に預けると、ベウロたちの方へと視線を向けた。

 一瞬身構えたベウロだったが、拘束していた二人が一瞬でソラの元へと移動しただけでそれ以上の事は起こらなかった。



「なっ――⁉」



 ソラに触れた瞬間、全身に浮かび上がっていた紋様は一瞬で消え去った。既に意識が無かったのか、そのままぐったりと二人の体から力が抜けた。ソラはそれを支えてからゆっくりと冷たい地面へと寝かした。

 その間、ベウロたちは動けなかった。完全にネロという人間が持つスキルを見誤っていたせいだ。一定範囲の対象物を消すだけだと思っていた。だが、今目の前で起こった出来事はそれだけでは説明がつかない。何より、魔法しか使えないと思っていたミラが想像以上の実力を持っていた。

 ――だが、それでも殺るしかないと思った。ビトレイの見切れなかったその実力は、呪術なんかで縛れるような代物ではない事を察したからだ。

 ベウロは仲間とアイコンタクトを一瞬交わすと、得意の隠密スキルを使ってソラ達を囲むように行動する。ベウロの武器を透明に出来るスキル。それは実力の一端で、体全体を消すことも可能だった。それに加えて、ベウロの高度な隠密スキル。視認することは勿論、感知する事さえそう簡単には出来ない――はずだった。

 ソラは迷うことなく姿の見えないはずのベウロの元へと一直線に歩いてくる。その冷徹な視線は、確かにベウロの瞳を突き刺していた。



「――っ?」



 ベウロは地面に叩きつけられた理由が一瞬理解出来なかった。理解したのは、両足の太ももに猛烈な熱と痛みを感じてからである。地面をけった瞬間に両足が消え、そのまま地面へと落下したのだ。



「何を……されて……っ⁉」



 ベウロが周囲を見ると全ての仲間が土塊つちくれの槍で四肢を貫かれ、もだえ苦しんでいた。

 ベウロが見上げると、そんな状況でも無機質な表情を崩さないソラの姿があった。



「あ、あはは……。完敗だよ。まさかこんなに強いなんてね。言っとくけど、どんな拷問したって僕たちは何もしゃべらないよ」



 薄ら笑みを浮かべながらそんなことを言うベウロに、ソラは手を伸ばして触れる。そんなソラを攻撃しようとしたベウロの両腕は姿を消していた。



「……」



 少しの間、ソラは口を開けたまま動かなかった。



「ソラ、どうかしたのかや?」


「……後で話す。それより今は――」



 ソラはそう言いながら横になっているルークとフェミ、そしてティアに体を預けぐったりとしているクラリィの方へと視線を向けた。

 それだけの言葉で記憶を覗くという目的が達せたことを察したミラは踵を返す。それに呼応するように、ルークとフェミの体はふわりと宙へ浮き、ベウロたちの全身には赤黒い鎖のような紋様が発現する。それらからあふれ出る赤黒い霧への様なものは、ミラの元へと吸い寄せられていく。それは、ミラが呪術によって強制的に外側へと引きずり出している命そのものだ。そのせいで、ベウロたちは痛みに悶える力さえ入らなかった。





「ご主人様、ミラ様。三人とも落ち着きました。クラリィさんもようやくうなされ無くなりました」



 洞窟の出入り口のすぐ傍で焚火を囲んでいた二人に、ティアはそう言った。



「そっか……」



 そう答えるソラの表情は安堵したものではあったが、明らかにそれだけではなかった。

 ティアが腰を下ろすのを確認してから、ソラは真剣な表情で口を開いた。



「二人に聞いて欲しいことがあるんだ」



 そう切り出したソラの言葉に、ティアとミラは黙って耳を傾けた。

 それはベウロからのぞいた記憶。元は自分たちを狙ったものであったこと。ベウロに指示を出していたのが副ギルドマスターであるビトレイであること。ビトレイがライリス王国の権力者であるルノウの弟であること。

 そして――。



「こんなことしたら、間違いなくギルド内で騒ぎになる。もしかしたら、ギルドにこれ以上いられなくなるかもしれな――」



 そんなソラの言葉を遮り、ミラは口を開く。



「妾は気にせぬ。何より、妾にはソラの選択が間違っておるとは微塵も思えぬ」


「私もご主人様の選択を否定するつもりはありません。ご主人様は今まで自分が正しいと思った行動を選んできました。今更私に確認する必要はありません」


「……ありがとう」



 それだけ言うと、ソラは立ち上がってギルドがある方向へと視線を移す。



「こっちは妾たちでどうにかする。じゃから心配せずに急げ。それだけ慎重な奴なら、逃げられる可能性もある」



 ソラは一つ頷くと、スキルを使って移動を開始した。

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