第12話 秘匿

 ルーク、フェミ、クラリィの三人はギルドマスターに連れられ、ギルドの応接室へと来ていた。

 そこで三人が聞かされていたのは、つい先ほど起こったネロとルノウのやり取りだ。

 三人は驚きはしたものの、どこかゾッとしたような表情を浮かべていた。



「お前らは何か心当たりがあるのか?」



 その問いには、クラリィが答えた。



「無いとは言いません。ですが、きっとそれは私たちが話していいようなことではありません。私に言えるのは、ネロ様は意味もなく他人を蔑んだり敵対心を抱くような方ではないと言う事だけです」



 クラリィたちの心当たり。それは、気にしないようにしてきたネロの過去だった。

 三人はずっと疑問に思ってきた。なぜネロが自分の故郷である村を壊されても、何もやり返していないのか。もし仮にそうしていたなら、身を隠すような真似をする必要はないはずだ。

 そして、ギルドマスターの話で一つの可能性が挙がった。ルノウが――国の中心人物がそれを仕組んだとしたら?

 ネロの力があれば復讐なんて簡単に成し遂げられるかもしれない。だが、それに伴う周囲への被害は計り知れないものになる。果たして、ネロという人物がそれを許容してまで自分の感情に従うだろうか。

 ネロ達と少なくない時間を過ごしてきた三人は、それは絶対にあり得ないと思った。



「そうか……」



 ギルドマスターは小さくそう呟くと、腕を組んで少しの間考えこんだ。

 ルーク達でなくとも、ネロのルノウに対する態度を見て何かしらの理由があるだろうことは想像がついていた。それ程にネロのルノウに対する態度の冷たさは異様なものだった。

 ため息を一つ吐いてから、ギルドマスターは口を開いた。



「悪かった、突然呼び出して」


「いえ、僕たちは別に……」


「分かっているだろうが、一応言っておく。今回の件は出来るだけ伏せておいてくれ。あれだけ人の目があるところで騒いだんだから噂を抑えきれるとは思ってはいない。だが、出来る限りギルド内が混乱するような事態は避けたい」



 三人はそれに頷くと、その場を後にした。





 その日の夕方、ソラ達は依頼を終えてギルドへと戻ってきた。

 それを待ち構えていたギルドマスターは、いつになく真剣な表情で声を掛けた。



「ネロ、ちょっと話がある」



 奥の部屋へとソラ達を連れ、ギルドマスターは話を始めた。



「俺たちギルドは今回の件でお前らを突き放したりはしない。今まで通り依頼も受けさせるつもりだ。たが、その前に一つ聞きたいことがある」



 一つ間を置いてから、ギルドマスターは口を開いた。



「お前は……いや、お前らはに何をされた?」



 ソラはその言葉に一瞬戸惑ったが、少しの間を置いてからすぐに答えた。



「それはギルドマスターには関係のない話です」


「だろうな。だが、話してみれば俺たちギルドが手助けできることもあるかもしれねぇ。お前はギルドの一員じゃない。それでも、俺は今まで一緒に魔物から人を守ってきた仲間の一人としてお前に手を差し伸べるぐらいの事はしたいんだ」



 それは、ギルドマスターの本心だった。

 ギルドでは仲間同士が手を取り合って魔物を相手にしている。それをよく知っているギルドマスターは、ネロ達の事だってその仲間だと考えていた。その仲間の危機ならば、素直に助けたいと思う。ギルドマスターはそう言う人間だった。

 一度スキルで内面を覗いているソラはそれをよく知っていた。それは素直に嬉しくもあったが、助けを乞おうとは思わなかった。



「気持ちだけ受け取っておきます」


「そうか……。だが、手伝えることは少しぐらいはあるはずだ。頼りたい時は頼ってくれ。出来る限りのことはする」



 そう力強く言うギルドマスターに、ソラはフッと笑う。

 それは、まるで何かを諦めているような笑みだった。



「ありがとうございます。でも、助けなんていりません。人は誰だって一人でいられるほど強くない。それは俺だって例外じゃない。誰かを頼って助かるのなら、とっくにそうしてます」



 それだけを言い残し、ソラ達はその部屋を出た。

 一人残ったギルドマスターはぼそりと呟く。



「とっくに、か……」



 弱音を吐いたり、誰かを頼ったりすることをネロ達はしなかった。

 それは、自分たちが強いゆえに頼るようなことをする必要がないからだろうとギルドマスターは思っていた。だが、違った。

 頼る必要が無かったのではない。

 頼れる相手がいなかっただけだった。





「随分と派手に失敗してたね、ビトレイのお兄さん」


「失敗も計算の内ですよ。数人の命でネロという人物が王国への反逆心を周知させられるのなら、それで十分です。三人を失ったのは兄さんの計算外だったみたいですけどね」



 ビトレイは「それよりも」と話を変える。



「次で最後の依頼でしょう? 準備は出来ているのですか?」


「うん、ばっちりだよ。ルークとフェミを拘束してから、クラリィは仕留める。で、その後はビトレイが言った変更した作戦を実行かな」


「すみません、急に変更してしまって……」


「本当だよ! 僕はてっきりみんな殺せると思ってたのに……」



 ベウロは項垂うなだれながらそう言った。

 変更された作戦は人質を使って魔族の情報を吐かせるのではなく、呪術で縛り付けるというものだ。予想を遥かに超えるレベルでネロのスキルは威力が高かった。呪術で行動を制限する事さえできれば、魔族を相手に十二分な威力を発揮することが出来る。

 そして、呪術で縛り付けて無理やり力を行使させるという非人道的な行為に対する大義名分を、ルノウは護衛三名の命を使って作り出すことに成功した。

 ルノウが目指すシナリオは、『同胞殺しを利用する』というものだ。兵士を、それも国王に近いルノウの護衛の命を奪ったとなれば、その体を呪術で縛り付けてどんな扱い方をしようと王国のほとんどの人間は自業自得としか思わない。



「ベウロ君の意思は一旦置いておくとして、作戦自体は大丈夫なんですか?」


「うん。殺す代わりに呪術で縛るだけだから、ほとんど作戦は変わってない。だからほとんど従来の作戦通りで進められる」


「それは良かったです」


「……そういえば、ネロって人たちが庇ってるって言ってた魔族ってどうなったの?」


「さあ」


「さあ。って……」



 ベウロはあきれ顔でそう言った。



「ベウロ君は自分の仕事に集中してください。そちらは私たちがやるべきことではありません」


「ちょっと待ってよ、何で僕らじゃないのさ!」


「知るべきではないのですよ」



 知るべきではない。

 その理由は至極単純で、情報が漏れないようにするためだ。兄であるルノウから王国側で担当すると言われた以上、それ以上詮索して余計なことを知るべきではない。

 そして、ルノウの目的はただ一つ。ネロに対する行為の大義名分を大きくすることだ。仮にライリス王国が魔族を発見、拘束することが出来れば魔族から得た情報の操作は簡単である。簡単にネロという人物が魔族を庇う人間の敵という構図を作り上げることが出来る。



「まあ、そういうのなら詮索はしないけどさぁ」


「そうして貰えると助かります」



 頬を膨らませて不満げな表情を浮かべるベウロに、ビトレイは笑顔でそう言った。

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