第04話 砦

「来たね、パリス」


「うん。数は……目測でも倍以上。この位置でこれだから、多分もっといるだろうね」



 二人はそう言葉を交わしつつ、武器を握り直した。

 その場にいた兵士はふと上を見上げたが、こういった状況で絶対に来る魔法の援護射撃が一切来ない。上官たちがそれに違和感を抱きつつも突撃の命令を出そうとしたその時、砦の方から馬に乗った数人が上官の元へと辿り着く。

 パリスとライムがいる位置からも、上官の表情が凍り付くのは見えた。



「一体何が……?」


「ライム、あれ見える?」



 そう言ってパリスが指したのは砦の最上部、戦場の全てを見渡せ、魔法の扱いに長けた者たちがいる場所だ。

 ライムがそこを見ると、時折炎や雷による明かりがちらついていた。

 明らかに魔法は使っている。それでもこちらへは飛んできていない。それだけ分かれば、そこから先を察するのはさほど難しい事ではない。



「あんまり考えたくないけど、多分――」



 パリスがそこまで言った時、上官が慌ただしく指示を飛ばし始めた。





 レシアは仲間と共に、人間側の領域側へと魔法を飛ばしていた。

 その額には脂汗がにじんでいる。

 それらは確かに着弾するものの、どうしても砦への侵攻は抑えきれない。魔法敵の数が多い場所へと打ち込み、出来る限りの被害を与えるのが定石だ。しかし、その方法では侵攻してくる敵の中に運よく被弾しないグループが現れる。



「魔法だけじゃこんな数……」



 どこかからそんな弱音が聞こえた、そんな時だった。



「全員反転! 改めて狙いを定めてください!」



 シーラのそんな言葉が飛んでくる。

 ちらりと下を見ると、砦から近接武器を持った兵士たちが飛び出してきていた。魔法でかなりの数を蹴散らしていたため、近くの敵はまばらになっている。だから今は魔法による援護射撃は必要ないという、シーラの判断だった。

 しかし、反転してみればそちらはかなり緊迫した状況だった。

 予想以上に出現した魔族との距離は近づいており、急がなければ上空にいる魔族からの被害が膨れ上がってしまう。さらに、普段以上の数が出現したこともあり、近接戦においてもかなり押され気味である。



「まさかこんなことになるなんて……」



 シーラはごちりながらも、全体を見渡して状況を把握する。

 そして、すぐに部下たちへ命令を下した。

 魔法を放った後のインターバル中には、他の上官たちとアイコンタクトと身振り手振りで意思を伝え、前方と後方への援護射撃のバランスを取る。

 その後も常に変化し続ける状況を把握し続け、それに合わせて命令を出し続けていた。





 突如始まった戦闘が終わる頃には、日が昇り始めていた。



「パリス……生きてる……?」


「どうにか……でも……もう動けない……」



 二人はその場にへたり込んだ。

 普段よりも多くの被害は出たが、魔族が個体ごとの強さが変化していないことが幸いして想像以上に被害を抑えることは出来た。しかし、ほとんどの兵士が肩で息をしていたり、その場に倒れこんだりしている。戦闘時の相手の数と人間の混乱が重なったこともあり、彼らの疲労は普段のそれとは段違いだった。

 それでも、パリスは少し息を整えると鞘に納めた直剣で体を支えながら立ち上がった。



「……パリス?」


「魔族はこれだけの数を用意できた。でも、僕たちが見たのは最低ラインの数だ。もし仮にこれ以上の数を作り出せるのだとしたら――」



 もしそうならば、パリスの視線の先にある王都へと向かっている戦力があってもおかしくはない。

 ライムもそれを思って立ち上がろうとしたが、それを別の声が止めた。



「その必要はない」


「ガリア隊長、ですが――」


「お前らみたいな新人を育てるために、ここにはかなりの人員を割いている。そして、ベテランと呼ばれる兵士はほんの一握りしかいない。それに比べて王都には国に忠誠を誓う大勢のベテランの兵士と、最強と名高いルバルド兵士長までいる。彼らがどうにも出来ない敵が現れたのだとしたら、こんな状態の俺たちが言っても足手纏いになるだけだ」



 どう考えても、王国の方が全体の戦闘力が高い。

 それでどうにもならないのならば、疲労状態の兵士が行ったとしても無意味だ。



「それに、今はギルドの連中もいる。お前らもここで何度か見てるから実力のほどは理解しているだろう?」



 その言葉に、二人はコクリと頷いた。

 ギルド出身の者は対人戦を得意としていない。だから、魔族と定期的な衝突を繰り返している砦で戦闘を全員に経験させていた。

 戦い方は魔物ばかりを相手にしていたせいかどこか荒々しかったが、その実力は王国の兵士も認めるものだった。魔物討伐で培った適応能力は非常に高く、すぐに対魔族の戦いに慣れていった。個々人での判断能力で言えばギルド出身者の方が優秀と言う声も少なくない。



「これだけの戦力を吐き出したんだ、早々は仕掛けてこない。……と思ってはいるが、確証はどこにもない。次がいつになるかなんて、人間には分からない。だから今は一秒でも早く休んで次に備えろ。歩けるならとっとと砦に戻れ!」


「「はい!」」



 パリスとライムは肩を預け合い、ふらつきながらも砦へと戻っていく。

 二人とガリアの会話を近くで聞いていた者たちも、どうにか砦へと戻っていった。動けないほどに疲労している者は、その場でぐったりとしている。



「もうほとんどの兵士が動けそうにないな。だが――」



 だが、ここを乗り切ったのは非常に大きな戦果だ。

 ガリアはそう思っていた。

 数とタイミングからして、これが魔族側による奇策であることは確実なのだから。

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