第05話 王都

 パリスの予想した通り、王都にも魔族は襲来していた。

 しかし、王都を囲う壁の上でやってくる魔族を睨みつけるルバルドとスフレア、そして下にいる二人の指示を待つ兵士、ギルドの冒険者たちの表情に焦りは見えなかった。砦の前方と後方から来た敵を足したのとほぼ同等の数がこちらへと向かってきているが、ギルドから戦力を集め、過剰ともいえる人員を確保している王都ではそれはさほど脅威ではない。



「これだけの数が来たのは初めてですね。砦の方は大丈夫でしょうか……?」



 隣で同じく敵を睨みつけていたスフレアがそう言った。

 ルバルドは前を向いたままその問いに答える。



「さあ。だが、それがどうであろうと俺たちは動けない。砦はあくまで敵をせき止めるものであって、砦を守ること自体が目的じゃない。俺たちはただ信じて目の前の敵を倒すだけだ」


「そうですね。すみません、愚門だったようです」


「別にいいさ。俺だって向こうが心配じゃない訳じゃない。……そろそろ魔法の射程圏内に入りそうだな。スフレア副兵士長、そっちは任せたぞ」



 スフレアはルバルドの言葉に力強く頷くと、既定の位置へと戻って行った。



「さて、俺もそろそろ行くか」



 そう言うと、ルバルドは最後に一度だけ敵の数と配置を確認してから部下たちが待機している場所へと向かっていった。





 ルバルドの怒号にも近い命令と共に、兵士たちは一斉に走り出した。

 それとほぼ同時に、彼らの頭上を魔法が通過していく。魔法は見事に命中し、走り出した兵士の前方からは轟音が響いてくる。

 やがて接敵し、少しずつ辺りに血の匂いが漂い始めた。

 その戦いの途中、一つ想定外の異変が起こった。



「まさか……」



 誰かがそう呟いた。

 その言葉の意図を理解できたのは、ほとんどが冒険者だった。

 王都からの魔法が届かないほどに大きく迂回して彼らが向かっているのは、間違いなくギルドがある方向だった。誰かが気が付いたのか魔法がそちらへと数回飛んで行ったが、届かずに地面へと着弾するか、途中で消失するかだった。

 自ら戦場を駆け回って指示を出しているルバルドがそれを把握したのは、それから少しの時間が経過した後だ。



「ルバルド兵士長!」



 ルバルドが一旦後方へと戻った際、一人の兵士がルバルドへと連絡をしに来た。



「もう少し気付くのが早ければ……」



 ルバルドは誰にも聞こえない小さな声でそう呟いた。

 つい先ほど、周りにそれ以上の敵兵がいないのを確認してから、最速で敵を殲滅できるようにほとんどの戦力を配備してしまっていた。まさか、王都へと真っすぐ向かってきた戦力の一部が迂回するなんて誰にも想定できない。

 さらに迂回した敵の数が絶妙だった。王都に向かってくるのを迎え撃つのならば問題はなかったが、追いかけて殲滅するとなるとかなりの戦力を投じる必要がある。

 ルバルドは周囲を見渡しながら、必要な戦力を集められるかどうかを思考する。



「……出来ないことは無い。だが――」



 それをしてしまえば、最速で、被害を最小限に抑えて戦っている現在の陣形を崩すことになる。陣形の変更を、戦況に影響がない速さで行うことは今の状況では不可能。何より国を守る兵士長として、の被害が増えて戦力が減ることは何としても避けなければならない。

 天秤にかけるようなことはしたくなかったが、そうも言ってられない。

 ルバルドは既に大方の戦力を王都へと送り出しているギルドよりも、今王都にある戦力の維持を優先することにした。





 あの壁の向こう側では、今も沢山の人が戦っているのだろう。

 城からでは壁の上で形作られる魔法が発する光が時折見えるだけで、それ以上の事は分からない。

 魔族襲撃の情報が公開された後、人々は大きく混乱した。しかし、戦いが始まってから王都は途端に静かになった。それぞれが思う場所へと避難して、勝利の報告がされるまでじっと待っているからだ。



「カリア、やっと見つけましたよ」



 ハリアは少し息を切らしながら、カリアにそう話しかけた。



「お母様……」



 振り向いたカリアの表情には、どこか哀愁じみたものが漂っていた。

 ハリアは少し心配して、どうしたのかとカリアに聞いた。



「私は……。ソラの村が消えたあの日から、何もできない自分が嫌で頑張ってきました。それでも、何も変わっていない。結局、最後は信じる事しか出来ません。いつも危険なところには自分以外の誰かがいて、自分は安全なところにいるのです」



 悔しそうな表情を浮かべながらそう話すカリアに、ハリアは優しく語り掛ける。



「それは仕方ありません。カリアや私には戦う力が無いのですから。ですが、私たちが彼ら彼女らの代役を出来ないように、彼ら彼女らには私たちの代役は出来ません。それはこの三年間頑張ってきたカリアならよく分かっているでしょう?」



 王族には王族としての仕事がある。それは一般の人間が代役を務められるものではなく、王族の血統を持つ一部の人間にしか出来ない。

 カリアもそれは分かっていた。分かっていた上で、安全な場所でじっとしている自分がどうしても受け入れられなかった。



「それに、そんなことを言っても何かが変わるわけではないことも分かっているでしょう? 私たち人間は支え合って生きています。そして、自分が集団の中で役割を果たせるのは生きていることが絶対条件です。ですから、今は安全なところへ避難していましょう。いくらこの城が王都の中央にあると言っても、何が起こるか分かりませんから」


「はい……」



 ハリアは未だに不満げなカリアの手を引いて、夫であるブライや息子のシュリアスがいる場所へと駆け足で向かっていった。

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