第06話 結末
まぶしさを感じて目を開く。光源の方に視線を向けると、綺麗な月が窓からこちらを覗いていた。
「ここは……」
意識が覚醒したユーミアは状況を把握するべく体を起こそうとしたが――。
「――ッ⁉」
全身に強い痛みが走り、思わず顔をしかめた。体を動かすのは無理だ。そう判断したユーミアは、久方ぶりの柔らかい寝床に体を預けながら記憶を整理する。
エクトが街を去ると同時に、街を兵士が殲滅しに来た。襲われかけたミィナを守りながら飛び、途中で墜落した。その後、追いかけてきた兵士を相手にミィナがスキルを発動させた。それから――。
ミィナの存在が頭をよぎった瞬間、全身の血が引いていくのを感じた。
――ミィナ様は今どこに⁉
そう思って再び体を動かそうとしたユーミアだったが、その時になってようやく近くから聞こえてくる寝息と、自分の手を握りしめている誰かの手に気が付いた。その手はとても柔らかく、小さいものだ。
ユーミアがどうにか視線を向けると、椅子に座ったまま上半身をベッドに預けているミィナの姿があった。ユーミアの右手を、両手を使って握っている。周囲の状況を一度確認しようと体勢を変えようとしていた丁度その時、コンコンッというノックと共に扉が開かれた。入ってきたのはメイド服に身を包んだ女性の魔族だ。
「ユーミア様、体の方は大丈夫ですか⁉」
「え、えぇ……。少し痛みますが……」
「それならまだ寝ていてください」
そう言いながら、その女性はユーミアの体を支えて元の位置に戻した。
「えっと、あなたは……?」
「私はパミア。セントライル家でメイドです」
「セント……ライル家……⁉ じゃあここは――」
「セントライル家の領地内です。とは言っても、ここはギリギリ領地内に入っているような田舎ですけどね」
そう言いながら、パミアは笑って見せた。しかし、ユーミアの表情には全くと言っていいほどに笑みは浮かんでいない。自分たちが置かれている状況が分からず、ただただ不安だったからだ。
「あの……私たちは一体なぜここに――」
「すみません、それは私も聞いていないんです。ただ、ユーミア様の傷が完治するまで付き添うように言われているだけなんです。それと、二人を何よりも優先して丁重に扱うようにとも言われています。ちなみに、ユーミア様倒れたのは三日ほど前と聞いています」
「……その命令は誰からのモノなのですか?」
ユーミアは何となく察しがついていた。セントライル家で、人に命令する権利を持ち、自分たちを助けようとする人物など一人しかいない。
「ハーミス様ですよ」
その言葉を聞いて、ユーミアは息を吐きながら全身の力を抜いた。
ハーミス。セントライル家の前当主から相当な信頼を受け、部下や民衆からも尊敬されるような存在だった。最も、それは十年前の話に限った話ではあるのだが。
「あなたはハーミスさん――いえ、ハーミス様を恨んだりはしていないのですか?」
「最初は私も恨んでいましたよ。皆が慕っていた前当主を殺めたのですから。ですが当主が変わって三年が経った頃、皆が少しずつ思い始めたのです。ハーミス様には何か事情があったのではないか、と」
「なぜそんなことを?」
「ハーミス様は私たちの反乱に対して、権力も武力も容赦なく振るっていました。しかし、けが人が出ることはあっても誰一人として死者は発生していなかったのです。いずれも反乱の指揮者を捕らえ、それ以上の事をしない。これは噂ですが、反乱を指揮した者は牢には入れられてはいるものの、丁重な扱いを受けているとか。最近では解放された者すらいます。なぜかは分かりませんが、解放された者は何かを悟ったように再び反乱を起こすようなことはしていません」
そこまで聞いて、ユーミアはハーミスの意図を何となく察した。本気でミィナの帰還を待っているのだろうと。
「それで今は皆大人しくなっていると?」
「皆、とは言い切れません。一部はまだ暴徒化することもあります。きっと、これが完全になくなることは無いと思います。前当主はそれほどまでに慕われていましたから」
そう、完全になくなることなどない。正統な後継者が現れでもしない限りは――。
その時、ミィナが苦しげな表情を浮かべながら何かを呟いた。
「ユー……ミア……」
それを見て、パミアは微笑ましげな表情を浮かべる。
「これ以上の話はまた明日にしましょうか。その子が起きてしまいますから。ずっとユーミアさんから離れず看病していたんですよ」
そう言いながら、パミアはミィナの方に毛布を一枚掛けた。
「そうですか……。ミィナ様に迷惑をかけてしまうとは私もまだまだですね」
その言葉に、パミアはピクリと反応する。
「……今、
「後の話は明日でしょう? ハーミスさんがこちらに寄越した時点で私はあなたを信頼できる人物として認識しています。どの道暫く一緒にいるのなら隠しきることなんて出来ませんから、明日きちんとお話しますよ」
一人で主のいない領地を守り切れるほどの技量を持つ者が、この程度を想定できないはずがない。ハーミスをよく知るユーミアは、そう確信していた。
☆
「ん……」
ミィナが目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいた。
もう何度目だろうか。そう思いながら、ユーミアの顔を覗き込む。しかし、相も変わらず瞼は下がったままだ。
ガッカリしつつ、ミィナは朝食をとるために立ち上がった。ギシギシと木で出来たボロボロの床を軋ませながら歩き、ドアへと手をかけた時だった。
「おはようございます、ミィナ様」
その声に、ミィナは驚きながら後ろを振り向いた。そこにはミィナの方へと顔を向け、うっすらと笑みを浮かべるユーミアの姿があった。
ミィナは思わずそちらへと駆け寄り、抱き着いた。
「ユーミアっ!」
ミィナに抱き着かれて体に痛みが走ったが、今のユーミアはそんなこと気にならなかった。
ユーミアはミィナの背中に何とか手を回し、優しく抱きしめる。
「ご心配をおかけしました」
ユーミアの胸に顔をうずめるミィナの目からは、大粒の涙が溢れていた。
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