第08話 狂感覚

「魔王様、こちら先の戦いの報告書になります」



 その酷く単調な言葉と共に書類を受け取った魔王は、視線を手元へと落とした。



「もう下がっていい」


「畏まりました」



 そういうと、報告書を持ってきた魔族はフラフラと立ち上がり、部屋の外へと歩いていく。そこに自身の意思は全くなく、その体は魔王の指示通りに動く。



――ドサッ



 その音に魔王が視線を向けると、部屋を出ようとしたところで倒れた。

 「またか……」。魔王はそう呟いた。魔王の持つ呪術の完全互換ともいえるスキル「威光の瞳」。それは視線を合わせた相手の思考力を強制的にゼロにする。スキルを受けた者は一切の意思を持ち合わせない。例え命に関わるような病気に罹ったとしても、体の違和感を感じる思考力すらない。そして、魔王はそのスキルの解除手段を持たない。強力過ぎるが故に、並大抵の事では解くことなど不可能である。



「そろそろ交換時か……」



 本人が体の異変に気が付くことなく、いつも通りに振舞うのだから、魔王を含めた周囲の者が気付けるはずがない。

 魔族は個体によって体質が大きく異なる。異様に長い寿命と強靭な肉体を持ち合わせる魔王には、どう扱えばそれが壊れないのかが分からない。多種多様な血統の入り混じった魔族において、個体ごとの耐久力や持久力などを逐一把握するのは不可能だ。そのため、彼らは基本的には使い捨てとなる。

 魔王は近くにあるベルに手を伸ばし、軽く振ってチリンチリンと鳴らした。その後、すぐに数人の魔族が現れる。



「それを片付けておけ。それと代わりになりそうな魔族をすぐに集めろ」


「「「畏まりました」」」



 倒れた魔族は、やってきた魔族によってすぐに運ばれていった。

 スキルの支配下にある者は100パーセントの力を発揮できる。しかし、それ以上の力を発揮できず、成長速度は鈍化する。それを面白くないと魔王は感じていた。しかし、自分の周囲の魔族は例外なくスキルで支配していた。そうすれば誰にも邪魔されることなく、したいことを出来るから。何より、自分の指示に反することが絶対にない部下というのは使い勝手が良かった。



「……ふむ、貧困街の奴らはこうやって戦ったのか」



 魔王は手元の報告書に目を落とすと同時にそう呟いた。

 寿命が長い。それ故に何をするにしても極めるまで十分に時間がある。人が達人と呼ばれる領域まで達するのに必要な時間の何倍、何十倍という時間を魔王は生きた。やがてそれを退屈に感じた魔王は、効率を下げることを学んだ。そうすることによって長い時間をかけて自分の成長を楽しめるから。それは命を駒として扱う戦争においても変わることはなかった。魔王は十年という月日をかけて学んでいたのだ。無謀な突撃を命じられた魔族の行動を見て、適切な戦略を。





 数日後、招集をかけられた一定の能力を持った魔族達は魔王の元を訪れた。彼らは一様にひざまき、顔を伏せたまま口を開く。



「魔王様がお呼びだと聞き、馳せ参じました。我々にできることなら何なりと」



 この光景を見るのは、この言葉を聞くのは、何度目なのだろう。

 そう思いながら、魔王は歩いて彼らの元へと近づいていく。



おもてを上げろ」



 そう言われて視線を上げた彼らの目には、見たことのない種類の魔族の姿があった。魔族は多種多様な姿をしている。そうは言っても、その姿からある程度の血筋は想像できる。それは突然変異と呼ばれる現象が起こったとしてもだ。しかし、魔王のその姿を見た彼らは一体どんな血統が交じり合えばそんな姿になれるのか、全く想像がつかなかった。

 しかし、そんな考えを浮かべることが出来たのも一瞬だけだった。魔王の瞳を見た瞬間、彼らの一切の意思は消失する。こうなってしまえばただの人形である。この先、彼らは壊れたと判断されるまで働き続ける。

 魔王は全員がスキルの支配下に堕ちた事を確認してから、近くでそれを傍観していた魔族に視線を向けた。たった今支配を受けた彼らの先輩と言える立場の存在である。



「こいつらを使えるように教育しておいてくれ」


「畏まりました」



 その返事の後、その魔族は新入りを引き連れてその場を離れた。魔王の支配下には教育係という立場の者が数人いる。彼らさえいれば、支配下に置いた魔族を使えるようにするのにそう時間はかからない。

 民衆は反乱が一切起こさせない魔王を、適当な理想を押し付けて崇拝していた。その答えは至極簡単で、魔王の周囲の者は、逆らおうという意思を一切持てないからである。そんな人形を各地方におけるトップの地位に付け、その下にも適当な人形を配置しておけば反乱の兆しなど簡単に発見できる。反逆は起こらないのではなく、起こせないのである。





 それから数週間をかけ、ゆっくりと魔王は考えを巡らせていた。

 そんな魔王の元に、それがどうでもよく思えるような興味深い事象が報告される。



「お久しぶりです、魔王様」


「……あぁ、イサクトか」



 魔王とイサクトと呼ばれた魔族は、他にはない関係だった。イサクトは分かりやすく表現すると、マッドサイエンティストのリーダーだ。彼らは薬の調合から人体実験まで、興味本位で行動する。他者から見れば狂気的で、全く役に立たない研究ばかりしている集団だった。しかし、その行動・研究が退屈している魔王にとってはとても興味深いものだった。

 だから魔王は彼らと長い付き合いを持ち、支援をしてきた。それは魔王が変わる時まで途切れることはない。



「取り込み中のようですね。ノックにも気が付いていらっしゃらないようでしたし……」


「いや、気にするな。それより、何か用があるのだろう?」



 その言葉を放つ魔王の口元はにやりと笑っていた。その期待に満ち溢れた瞳は、幼い子供のそれだった。



「実は、欲しい魔族が一人おりまして……」


「被検体なら自由に扱わせているはずだが……?」


「そうではなく、私共としましては、魔王様のお力で支配して頂きたいのです」


「ほう。その理由を聞こうか」


「とある貧困街に魔族の体を生成できるスキルの持ち主がいるという噂があるのです」



 それを聞いて、規格外の存在だということを魔王はすぐに理解した。それと同時に、魔王の期待と好奇心は今以上に膨れ上がる。それは、表情から簡単に読み取ることが出来る。



「詳しく聞かせろ」



 イサクトは魔王のその言葉に頷き、口を開いた。

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