第09話 報告

 ルバルドは玉座の間にてガリアからの報告をそのままブライへと伝えた。それを周囲で聞いていたルノウを含めた貴族はざわめき始める。



「出来ることならば相手が魔族の生成を完全に行えるようになる前に止めるべき、なのだろうが……」



 ブライのその言葉に続き、プレスチアが口を開く。



「ルバルド兵士長が対峙した魔族の姿が見えないということは、それ以上の数が確実に待機しているのは間違いありません。防衛に専念していて、数的有利な魔族に挑むのは愚策でしょう」



 それならば、と一人の貴族が口を開く。



「せめて斥候せっこうを送るべきではないでしょうか? ガリア隊長からの報告によれば死体は普通の魔族と遜色ないとのこと。となれば、必然的にそれ相応の食糧が必要となるでしょう。常に待機しているのは不可能では――」



 その言葉をプレスチアが遮る。



「ルバルド兵士長とガリア隊長の判断により、すでに何度か斥候は送っているそうです。ですが、現状誰一人として戻ってきていないそうです。恐らく、我々の砦のすぐ近くで待機している手練れがいるのでしょう」



 暫くの沈黙が降りる。ここまでの話のみを聞けば完全に手詰まりの状態だった。こちらからは手を出せず、斥候すら送れない。こちらが把握できる相手の状況は、魔族を作り出せるであろうスキルの持ち主が着実にその実力を伸ばしているであろうことのみだ。

 そんな中、一人のまだ若い貴族が声を挙げた。



「それならば、少しずつ前進すればよいのではないですか?」



 砦の強化は着実に進んでいる。それならば、少しずつ前へと進むぐらいの余裕はある。そう考えたのだ。それは最もな意見であるが、その程度のことを何度も戦場を経験しているルバルドが思いつかないはずがなかった。

 今回は貴族全体への現状報告も含めた集合だったため、まだその事実を知らない者も少なからずいる。



「プレスチア、頼む」



 そう言われ、プレスチアは報告事項をまとめた書類の中の一枚を取り出し、そちらへと視線を移しながら口を開いた。



「数週間前、ガリア隊長が選出した数千人規模での進軍を実行しています。結果、魔族との接触は一度もありませんでした。しかし、我々の砦からそう遠くない場所で大人数が寝泊まりしていた形跡があったそうです」



 それに続いてルノウが口を開く。



「そこから陛下やルバルド兵士長、プレスチア大臣や私などで検討した結果、作成した魔族の成果を確認していたものだという結論に辿り着いた。普通に考えてスキルの保有者を危険地帯へと近づけることはしない。よって、それとは別の部隊で作成した魔族の運搬・観察を行っていると考えるのが妥当だ。つまり、我々が手をこまねいている間に、魔族は悠々とスキルを試し、こちら側の状況を観察しているということだ」



 その絶望的な現状を聞き、ほとんどの貴族が顔を伏せるのとほぼ同時にルノウは再び声を挙げる。



「そこでだ。次に魔族の集団が攻めてきたと同時にこちらからも戦力を送り、観察者・・・を捕縛する。これまでのような被害を減らすための遠距離からの攻撃でなく、近接戦で敵戦力を最速で沈める。その後、継続して進行して捜索を開始する」



 観察者。人間が仮定した状況ならば、その存在がいないはずがなかった。実験をしているとすれば、その結果を記録するのが常である。作り出された魔族が成長をしているのは『知能や身体能力』ではなく、『攻撃への対応力』である。だから国の上層部は、魔族側が攻防を記録し、どうすればより人間を相手に戦えるかをスキルの持ち主に提示していると想定した。

 そして、今まさに攻め込もうとしている地域は元々人間が支配していた領地であり、地の利はこちらにある。魔族が構えているであろう元人間側の砦までの最短ルートを馬で駆けながら捜索すれば、観察者が逃げ切るのは不可能と言える。

 それらの話を聞き終えた貴族の一人が不安の声を挙げた。



「もし仮に、魔族が我々が使用していた砦よりもこちら側に陣取っていた場合はどうするのですか?」



 プレスチアがその質問に答える。



「その可能性は低い。なぜなら、以前の進軍時にその砦が視認出来る位置まで進んでいるからです。斥候を攻撃したにも拘らず、進軍時に攻撃してこなかったことを考慮すれば砦よりもこちら側では大人数に対抗することが出来ないと考えられます。その場所までの距離を考慮すれば、観察者が逃げることはほぼ不可能でしょう」



 つまり、魔族の拠点はあくまで占領した人間が使っていた砦であり、そこから先には必要最小限の人員しか配置していないということである。プレスチアやルノウの提示した作戦はその必要最小限の人員を圧倒・殲滅し、可能ならば観察者を捕縛することである。

 作戦の全容を聞いて不満を漏らす者がいないことを確認してから、ブライが口を開く。



「観察者を捕縛でき次第、我々は出来得る限りの情報を搾取する。命さえも生成できてしまうスキルの持ち主を、これ以上放置しておくわけにはいかない。事がうまく進めば、こちらから攻撃を仕掛けることも考えられる。覚悟は決めておいて欲しい」



 その言葉に、集まっていた貴族は緊張の面持ちを浮かべながら頷いた。





 ブライが玉座の間を出ると、そこにはシュリアスが立っていた。



「……聞いていたのか」


「父上、まだ若いとは言っても僕はこの国の王子です。こういった場には参加するべきではないですか?」


「だがシュリアス、お前にはお前の仕事が――」



 シュリアスは外交面の仕事を主としていた。地方へと赴き、貴族と王国を繋ぐ大切な役割だ。それはシュリアスも理解していた。だが――。



「確かに僕の仕事は国にとって必要なものです。ですが、それではカリアの助けにはなりません」



 カリアの名前に、ブライは思わず反応する。消滅した魔女の村に関して様々な憶測が飛び交っているが、今もなおその原因も経緯も分かってはいない。無理をして周囲に笑顔で振るまっているカリアを落ち着かせるには、それを究明するのが一番早いだろう。しかし、現状そちらへと割ける時間も人員も王国にはない。ルノウの調査もミラ・ルーレイシルに関するものであり、それ以上でも以下でもない。

 そして、シュリアスは考えた。カリアのためには、いち早く魔族との争いを落ち着かせるか、終わらせることによって王国に余裕を作ることが一番だと。



「僕はこの国の王子である前に、カリアの兄なのです。勿論、これまでの公務は継続してやり遂げます。ですから、どうか僕にも手伝わせてくれないでしょうか」



 そう言ってシュリアスは頭を下げた。

 同じ家族としてシュリアスの想いがよく分かっていたブライが、首を縦に振るまでそう時間は掛からなかった。

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