第03話 選択

「ミラ、どういう事?」


「妾たちの顔が見えているのは、十中八九スキルの影響じゃ。見たことのないスキルが一つ混ざっておるからな」



 ミラのその言葉にソラは驚いたが、ルークとフェミはさらに驚いていた。



「なんじゃ?」


「いえ、私が知っている限り複数スキルを持っていると言うだけでも珍しいので……」


「師匠、魔法だけじゃなくて『鑑定』スキルまで持ってたんですね……」


「まあ、気にするな。自分で言うのもなんじゃが、妾は事情が特別じゃからな。……クラリィ?」



 ミラの視界にはハシクの方をじっと見つめるクラリィの姿があった。良く見えていないのか、何度も目を細めては元に戻すという仕草を繰り返している。やがてクラリィはぼそりと口を開く。



「白い……狼……?」


「「「「……」」」」



 思わずハシクを含め、その正体を知っている4人は口をつぐんだ。その異様な雰囲気を察してルークとフェミは黙ってその様子を見つめていた。

 暫く続いた沈黙を破ったのはソラだった。



「クラリィ、一つお願いがあるんだけど、いいかな?」


「ネロ様の頼み事なら何でも聞きます」


「もし俺ら相手に何か変なものが見えても黙っておいてもらえるかな?」


「分かりました。ネロ様がそう言うのなら他言はしません」



 ソラはその言葉に一息ついてから、再び口を開いた。



「それでルーク、ここに人を連れて来るなんて珍しいけど何かあったの?」


「クラリィの事なんですけど、師匠に戦い方を教えて欲しいみたいで……」


「私達はネロ様に助けて頂けましたけど、家族が殺された友達もたくさんいます。だから、次は私がネロ様みたいに皆を助けられるようになりたいのです。それに、私達みたいな集落や村を助けてくれる冒険者は少ないです。なので――」



 クラリィはそこまで言ってからソラの明らかに迷っている表情に気が付いた。ソラとしては家族を守りたいと言う過去の自分と重なるクラリィを否定するつもりは無かった。だが、自分とは決定的な違いが一つあった。それは相手が魔物ではなく人間だという事である。クラリィの頭の中にあるのは人間から人間を守る構図だ。それを応援するという事はすなわち人の殺し方を教えることに違いない。

 今のソラは人を殺すことをいとえない。ソラはそれを間違っているとは思っていない。だが、正しいとも思っていなかった。だからこそ、守るべき仲間が危機に晒されるまで相手の命を奪うようなことはしない。そうでなければ自分の行動に後悔してしまいそうだから。この考えがあるからこそ、ソラはクラリィに戦い方を教えることを躊躇っていた。 

 そんなソラにミラが声を掛ける。



「どの道何かしらの形で協力するつもりなのであろう? それに、クラリィの動機から察するに妾たちが手を貸さずとも冒険者はするつもりではないのか?」



 ミラに視線を向けられたクラリィはコクリと頷いた。どの道危険なことをするのに変わりはない。それならば出来る限りの手伝いはしよう。そう思ってソラはクラリィの要求を承認した。



「でも、教えるって言っても俺に教えられることなんて――」


「じゃろうな。ところでクラリィよ、お主はギルドに登録はしておるのかや?」


「はい。これがギルドカードです」



 そう言ってスッと差し出したクラリィに、フェミとルークは釘を刺す。



「クラリィ、他の場所では簡単にギルドカードを見せない方がいいと思うよ」


「なぜですか?」


「ギルドでは駆け出し冒険者が行方不明になることがよく起こるんだ。多分僕らと一緒にいれば師匠の影響があるから大丈夫だとは思うけど……」



 ソラがギルドマスターからルークとフェミの事を守るよう依頼されたにも拘らず、現在別行動をしているのにはそう言った理由があった。ソラとミラは今、ギルドにおいて正体不明で最強の実力者だ。少なくともトップクランのメンバーを圧倒してしまうぐらいの実力は持ち合わせている。そんな不気味な人間や、その周りの人間に手を出そうと言う者は皆無と言ってもいい。実力主義な面が強いギルドにおいては尚更なおさらである。最も、一番の理由はルークとフェミが将来的なことを考えて別行動をしたいと言い出したことなのだが。



「影響? 確かネロ様はギルドには所属していないのではありませんでしたか?」


「その辺りは後で二人にでも聞いてみるといいよ。それよりも今は――」



 ソラはそこまで言ってギルドカードに目を落とした。『属性(風・光)』に関しては、ソラも同じ『属性』というものを持っている。しかし、クラリィがスタンダードなものであるのに対して、ソラはかなり特殊なためにアドバイスなどできるはずも無い。『真実の瞳』に関してはミラでさえ詳細が分からないのだから、ソラに分かるはずがない。

 まとめれば、スキルに関してソラが手伝えることは何一つ無い。



「……ミラ」


「丁度本も読み終わって暇になった所じゃからな。そのぐらいの事ならしてやろう。が、一先ずは近接戦と遠距離戦どちらを主とするかじゃな。クラリィよ、希望があれば聞くがなにかあるか?」


「私はネロ様と同じがいいです」


「……クラリィ、俺が言うのもなんだけどその決め方で大丈夫? 俺の戦い方って少し特殊な気がするんだけど……」



 小太刀と言う中途半端ともいえるリーチの武器を使って戦う人間は少ない。それに加え、二刀流として短剣まで扱っているのだからソラの戦闘スタイルが特殊であるのは疑いようのない事実である。

 だが、そんなソラの言葉にクラリィは一切迷いを見せない。



「構いません」


「それなら出来る限りは教えるけど……。クラリィ、剣を握った経験は?」


「すみません、村の周辺の魔物は人を襲うようなものではなかったので」



 ティアはそんな経緯にどこか既視感を覚えつつ、ミラが少し考えこんでいるのに気が付いた。



「ミラ様、何か考え事ですか?」


「いや、近接戦をしながらスキルを使うことも出来なくはないからな。その辺はどうしてもクラリィの才能に左右されるが……。見本があれば話が早そうじゃな、幸い妾はクラリィの持つスキルを使える。ソラよ、少し手伝ってくれぬか?」


「いいよ。木剣の方は――」


「妾の方で準備を……と、思ったがフェミに任せることにする。せっかくの機会じゃからな」



 そんなトントン拍子で進んでいる会話に、ルークとフェミは欠伸あくびをして眠たそうにしているハシクとは違い、目を点にしていた。

 呆気に取られているフェミに気が付いたミラが口を開いた。



「フェミ? 妾の話、聞いておったかや?」


「あの、師匠……。剣術の方も出来るんですか? それに、クラリィと同じということは風属性も……」


「錬金術ほど得意ではないのじゃが、まあそれなりにはな」



 それなりには。そう言われてもルークとフェミはその言葉が真実だとは思えなかった。二人は変な期待を抱きつつ、ソラとミラの模擬戦の準備を手伝った。

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