第08話 小さな仲間

 ソラ達はギルドマスターに連れられ、とある部屋へと辿り着く。そこにいたのはまだ十歳ほどの茶髪の少年と、同じく十歳ほどの黒髪でショートカットの少女だった。少年は簡易な革製の防具に、見るからに安そうな盾と剣。少女の方は一本の短剣を腰に提げていた。



「こいつらは最近冒険者になったばかりでな。戦闘経験がからきしなんだ。だからお前らみたいなある程度腕の立つ人間を傍に置きたかったんだが、そんな子守りみたいなことをしてくれる奴は冒険者の中にはいなくてな」



 そんなギルドマスターの言い草に、少年は不満そうに口を開く。



「ギルドマスター! 僕たちには子守りなんて必要な――」


「ルーク、きっとギルドマスターにも何か考えがあるんだよ。それに、私たちがまだ魔物と戦ったことが少ししか無いのも事実なんだから」


「でも、僕とフェミなら倒せるはずだよ! それにこの人たち……」



 そう言いながらルークはソラ達の方を見た。地味な色のコートを着て、大きめのフードを深く被っている。表情を覗いてみるものの、何故か上手く捉えることが出来ない。そんな不気味な存在と行動を共にしたい者などいるはずも無かった。



「なら手合わせでもしてもらえばどうだ? お前よりも実力が上なら剣術でも習えばいい。お前らのよちよち剣術じゃ危なっかしくて見てられねぇからな。そっちのコートの集団もそれでいいだろ? 師として認められれば定期的に依頼を一緒に受けることだって出来るだろうしな」



 その言葉にソラは少し考える素振りを見せたが、やがて頷いた。ソラ達はこのギルドにおいて伝手が全くない。さらにギルドに登録できないとなると、必要となる資金も得ることが出来ない。そんな状況から考えて、ソラはそれを了承した。



「そうと決まりゃさっさとやろうぜ。こっちだ」



 そう言ってギルドマスターが案内したのは建物裏のちょっとした広場だった。



「それで、僕の相手は誰がするの?」


「俺だよ」



 ルークの質問に、ソラはそう答えた。そもそも他の二人は武器を持ち合わせていなかったため、外見上・・・相手を出来るのはソラだけだった。

 ソラとルークが向かい合う姿をティアとミラ、フェミは少し離れた所から見守る。



「あの……えっと……」


「すまぬが妾たちには事情があってな。名前は聞かないでおいてくれると助かる。それで、何用じゃ?」


「ルークが失礼なことを言って、すみませんでした。私たちは孤児院から冒険者になったばかりで、皆馬鹿にするからルークも気が立ってて……」


「馬鹿にする?」


「私たちみたいな孤児はどこかで下働きをするのが常なんです。でも、最近孤児院の子供が増えてお金が足りなくなったから……」



 そんな言葉を聞いて、ティアは思わず顔を伏せた。場所は違うがティアは国の中のスラム街のような場所の生まれであるために、どことなく共感できた。



「それで報酬がいい冒険者と言う訳じゃな。別に馬鹿にされるようなことはないと思うが……」


「孤児院から冒険者になった子はすぐに亡くなったり、行方不明になることが多いんです。皆は私たちが孤児出身でまともな知恵もないからそうなるんだって……」



 孤児出身者の中には文字の読み書きが出来ない者も少なくない。それに加えて育った環境はお世辞にも恵まれているとは言えない。顔を伏せながら話したフェミのその言葉に、ミラは表情を変えることなく答えた。



「それはそうじゃろうな。じゃが、知恵を強調してくる奴など妾はあまり信用する気にはならぬがな」


「……え?」


「どれだけ長い時を生きて知恵を得たとしても、それで対応できない想定外の状況と言うのがこの世界には存在する。知恵を持っているからなどと言うくだらない理由で自分を過剰に信用している人間ほど、想定外の状況に陥った時にどうしようもない程に情けなくなるものじゃよ」



 フェミはまるで知っているかのようなその言葉に不思議な重みを感じていた。別に自分を擁護してくれようとしている訳ではないことは何となく察していた。だが、それでも他の人間と違って自分達が冒険者の道を選んだことを否定しなかった。だからフェミは、その言葉に嬉しさのようなものを感じた。

 やがて金属同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。音のする方へと視線を向けると、ルークの直剣をソラが短剣で受け流しているところだった。



「っ! そんな小さい武器で……」



 ルークは思うがままに剣を振るうが、ソラはそれを短剣一本簡単に受け流していた。ソラはさほど筋力がある方ではない。どちらかと言えば弱い方だ。そんなソラが王都で自分なりに身に着けた術がそれだった。力で勝てないから、それ以外の要素で挑む。正面から受け止めることをせず、受け流して隙を窺う。ソラが見える形でスキルを使わずに出来る戦法である。見ているだけなら分からないが、ソラはスキルによって常に相手の武器の向き、速さ、力の方向を感知した上でそれを行っていた。



「これならっ――」



 そう言いながらルークは懐に隠していた投げナイフを飛ばした。しかしソラに奇策が通用するはずも無く、あっさりと弾かれる。

 ルークは小さく舌打ちしながらも、そのまま突進した。





「はぁ……はぁ……、僕の……負けです」



 そう言いながらルークは武器を手放しながら後ろへと倒れ込んだ。満身創痍なルークとは対称に、ソラはほとんど疲れた様子が見受けられない。その差は火を見るより明らかである。

 ルークはソラが腰から下げているもう一つの武器の方に目を移す。



「その武器は使うまでもないってことですか?」


「これは……お守りみたいなものかな」


「お守り?」



 首を傾げるルークにソラは鞘からそれを抜いて見せた。それは到底武器と呼べるものではなかった。つばも刃を支えるハバキもあるのに、肝心の刃の部分だけが無い。

 ルークはそれを見て質問をしようとしたが、他の三人がこちらへと向かって来ているのを見て言葉を飲み込んだ。





 ソラ達を見ていたギルドマスターに、背後から声が掛けられる。



「ギルドマスター、なぜ彼らを信用したのですか? 普段なら追い払う所なのに……」


「ヴィレッサか。まあ、俺の勘だ」



 そんな言葉にため息を漏らしたヴィレッサに、ギルドマスターは反論する。



「勘って言ってもある程度の確証はあるんだ」


「というと?」


「あいつの持ってる武器、見えるか?」


「えぇ。短剣と――刀……ではないですよね?」


「あぁいうのは小太刀ってんだ」


「どうやら刃はついていないようでしたけど……」


「あぁ、そうだな。だが十中八九あれは使えるたぐいの武器だ」


「……何故そう思うんですか?」


「あれは新品みたいに奇麗だった。……まるで元からそうするために作ったみたいにな」


「では何か特殊なスキルが……」


「あくまでも可能性の話だがな。それに、冒険者になった孤児が一人残らずいなくなる話も怪しいだろう?」


「……! まさか、あの方たちにそれを任せるつもりですか?」


「あぁ、その通りだ。さっきの動きを見て確信した。少なくともあの短剣と小太刀を持った奴の実力は本物だ。剣術だけなら大したことはないかも知れねぇが、少なくとも感知系のスキルは確実に持ってる。不意の攻撃を分かっていたように対処していたからな」


「ですが部外者にそんなことを――」


「部外者だからだ。内部の人間にそんなことを任せる方が危ないと俺は思う」



 そんなギルドマスターの言葉に、ヴィレッサは怪訝な表情を浮かべた。



「……内部犯だとお思いで?」


「少なくとも俺はそうだ。……あぁ、心配するな。あいつらにはちゃんと事情を話すし、報酬も支払うつもりだ」


「そう言う話では――」


「それにだ」



 ヴィレッサの言葉を遮ったギルドマスターはさらに言葉を続けた。



「これ以上俺の街の人間かぞくを好き勝手させる訳にはいかねぇんだ」



 言葉を放つギルドマスターの眼光は鋭いものだった。行方不明になる冒険者は何も孤児院出身の人間だけではない。だが、最近になってギルドマスターはある傾向に気が付いていた。それらは例外なく身寄りのない人間だということに。だからあまり騒がれないし、さほど大きな問題にもならない。

 それが内部犯である可能性を察したギルドマスターは、その考えを今まで誰にも話さなかった。ヴィレッサに話したのは信頼できる人間であることと、素性のしれないソラ達を信頼できると擁護する仲間が必要だったからだ。周囲には孤児院出身の人間がギルドから消えることを問題視していることだけを伝えている。そんな中現れたソラ達は非常に都合のいい存在だった。外部の人間であり、それなりの実力もある。ルークたちの前に何かが現れたとしても守ってくれるかもしれない。あわよくば敵の正体を暴いてくれるかもしれない。その可能性に賭けて、ギルドマスターはソラ達を信頼することにした。

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