第07話 天才の遺物

 一昔前、人間と魔族は今の様な膠着こうちゃく状態ではなく、頻繁に仕掛け合い、領土を奪い合い、殺し合っていた。そしてそれは、両者が自分たちの被害を無視して戦うことが出来なくなるまで続いた。そんな争いの中、人間側に一人の天才が現れた。国家に仕えていたその錬金術師・・・・はあらゆる魔法を使いこなし、それを作り出した道具に組み込むと言う規格外の術まで持ち合わせていた。人間はその錬金術師が作り出した魔道具を手に魔族と戦った。その魔道具は、もし無ければ今頃人間は滅んでいるとまで言われている。だが、その錬金術師の姿を見た者はおらず、時が経つにつれ人々の記憶からは消えていった。だが、その存在は現存している魔道具と言う形で証明されていた。時間経過により効果はかなり弱まっているものばかりではあるが、それでさえ同等のモノを作れる者はいない。それらは現在において古代の魔道具と呼ばれている。



「その魔道具の一つがお前たちが持ってきたその指輪って訳だ。昔人間と魔族が争っていた場所から発掘されることが多くてな。そこで、差し支えなければお前らにそれをどこで見つけたかを聞きたいって訳だ」



 ギルドマスターと呼ばれているその男は説明を終えるとそう続けた。ソラとティアは一瞬戸惑った。ミラから話は聞いていたが、それほど過去の話だとは思っていなかったのだ。それに加え、どこで見つけたかを聞かれてどう答えたものかと考えを巡らしていた。そもそも、ミラが歩きながら適当に作ったモノだったために見つけた場所などあるはずもない。

 そんな2人とは対照的にミラは落ち着いたまま少し考える素振りを見せていた。ソラ達だけでなく、ミラもまた自分の生活していた時からそれほどの時間が流れていたとは予想はしていなかったのだ。



「それで、どこで見つけたかは教えてもらえるのか?」


「すまぬがこれは貰いものなのじゃよ。妾たちもどこで見つけたのかまでは知らぬ」


「そうか……。ちなみに、それを持っていた奴は……」


「悪いが言えぬ。勝手に名前を出すわけにもいかぬからな」


「それは残念だ。ところで――」



 ギルドマスターがそう切り出そうとしたとき、扉がノックされた。



「誰だ」


「私です」


「あぁ、ヴィレッサか。入れ」



 その指示と共に扉を開けて入ってきたのは少し長めの金髪を髪留めで纏め、メガネをかけた知的な雰囲気を漂わせた女性だった。



「それで結果は?」


「威力の弱い部類の魔道具のようです。治せるとしてもかすり傷程度にしか効果はないかと……」


「そうか……。そういえばお前たちは換金して欲しいんだったな。大した金額にはならないと思うが――」


「別に構わぬ。この街に何度か出入りできる程度の金額になれば妾たちは満足じゃ」



 その言葉に、ギルドマスターはヴィレッサに視線を送った。その意図を察したヴィレッサは手元のクリップボードを開き、目を落としたまま口を開いた。



「はい、そのぐらいなら問題ないかと」


「だそうだ。それで、お前らはそのフードは取らねぇのか? 見たところそれも魔道具だろ?」


「妾たちにも事情があってな。取るつもりは無い」


「そうか……。取り敢えず、代金を持ってくるからちょっと待っててくれ」



 そう言って席を立とうとするギルドマスターをミラが止めた。



「それなのじゃがな。いくらかうぬらに譲るから少し話をしてくれぬか?」


「話? 何のだ?」


「妾たちは田舎の村から出て来たばかりでな。この街について何も知らぬ。じゃからこの街の仕組みを教えて欲しいのじゃよ。情報料はそっちから適当に取ってくれてよい」



 そんなミラの態度に、ギルドマスターは野太い声で盛大に笑った。



「あぁ、すまんすまん。顔は見えねぇがお前まだ若いだろ? それなのにまるで何十年も生きてきた奴みたいな振る舞いをしてるから思わずな。悪く思わないでくれ」


「別に気にしておらぬ。それで、妾たちは話を聞けるのかや?」


「あぁ、話してやる。ただし、情報料は無しだ。嬢ちゃんの度胸に免じてな」



 そう言うと、ギルドマスターはこの街について話し出した。

 ギルドは魔物退治や、洞窟の探索などを専門とした人間の集まりであり、国とは依頼と言う形でしかつながりを持たない。唯一無条件に協力するのは、魔族の侵攻を一定の領域まで許した時のみ。

 そして、ギルドの所属して魔物を討伐することを生業としている者たちを冒険者と呼ぶ。冒険者には等級が存在しており、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナであり、それぞれの等級の中でさらに三つに分割されている。彼らにはギルドカードと呼ばれる等級と同じ色をしたカードが配布され、この街の中での身分証として扱われる。



「なるほどな。それで、もし仮に妾たちが冒険者になろうとしたらどんな手続きが必要なのじゃ?」


「簡単な話だ。スキルを教えてくれる水晶に手を翳すだけさ。その情報の一部をギルドカードに記載して渡す」



 そんな話を聞いて、ソラは王都でスキルを確認した時のことを思い出す。



「スキルもギルドカードに記すのかや?」


「あぁ、だが無暗に他人のギルドカードを覗き見るのは禁止されている。あくまで見るのはギルドの職員だけだ。スキルによって適材適所があるからな。依頼をする時の参考にさせてもらう」



 その言葉を聞いたソラが、小声でミラに尋ねる。



「ミラ、その水晶って魔道具で誤魔化せるの?」


「いや、あれは無理じゃ。無理じゃからそれを使った情報を皆信用しておるのじゃよ」


「じゃあ……」


「ソラの思っておる通り、ギルドカードとは妾たちに縁のない代物のようじゃな」



 ソラの他に類を見ないスキルはそれだけで目立つことに加え、スキルの効果を開示しなければならなくなる。ルノウから身を隠すためにも、ソラはそれを避けたかった。そしてミラもまた、その水晶に手をかざすわけにはいかなかった。もしそんなことをしてしまえば、あり得ない量のスキルが記載され騒ぎになることは間違いない。

 さらに水晶に手をかざすと名前まで表示されることを知っているソラは、誰もそれを出来ないことを察した。



「どうだ、冒険者になるか? 俺の偏見だがお前はそれなりに出来そうな気がするがな」



 そう言って、ギルドマスターはソラの方へと視線を移した。ソラの腰には短剣と小太刀が挿されていることとその体格からそう察したのだ。



「買いかぶり過ぎですよ。俺はまだ剣を握って数か月ですし」


「時間なんて関係ねぇよ。出来る奴は一か月でそこらの魔物を倒せるぐらいにはなるからな。どうだ、冒険者に――」



 そんなギルドマスターをヴィレッサが制した。



「ギルマス、勧誘はやめてください。命と隣り合わせの仕事なのですから、そう言ったやり方は宜しくないと思います」


「あぁ、悪い悪い。ついな……」



 そう言いながら後頭部をぼりぼりと掻くギルドマスターに、ミラが声を掛ける。



「その依頼、冒険者でなければ受けられぬのかや?」


「いいや、例外が二つある。一つは冒険者と協力して依頼を受けることだ。ただし、ギルドを介して冒険者との契約を交わしてもらうが。そうでもしないと報酬や依頼失敗の違約金で揉める事があるからな」


「その契約はどういった情報を記すのじゃ?」


「情報は必要ない。依頼を達成した場合と失敗した場合の条件だけだ。ただ、ギルドに登録していないと連絡を取る手段がねぇから高額の違約金を先に貰うけどな。無論、依頼を達成した場合は返すが」


「それで、もう一つの方はどういったものなのかや?」


「依頼主からの指名だ。こっちは仲介料がかなり割高になる。ギルドに登録してさえくれれば、こっちとしても顧客が増える訳だから逆に割安になるんだが……。お前らにその気は無さそうだな」



 そこまで聞くと、ミラは満足げな表情を浮かべる。もっとも、コートの効果によって表情は見えていないのだが。



「それで、前者の協力を求める冒険者はどのようにして募ればよいのじゃ?」


「随分と自信ありげじゃねぇか。相手は俺が適当に見繕ってやるよ。それで、戦うのは誰だ?」


「妾とそこの武器を持った男じゃ」



 そう言ってミラはソラの方に視線を送った。



「了解だ。少し待っていてくれ」



 そう言って部屋を出ようとするギルドマスターをソラは声を掛けて止め、右手を差し出した。



「なんだ?」


「握手ですよ。長い付き合いになりそうですから」



 突然の申し出に少し戸惑いつつも、ギルドマスターはその手を握る。それと同時に、ソラはスキルを発動させた。

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