第06話 快進撃

 それらは死を厭わずにただひたすらに突進してくる。まるで感情でも失っているかのように。予想外の数に、ルバルドは咄嗟に撤退の指示を出した。今いる砦は魔族と長年睨み合っていたこともありそれなりの蓄えもある、多くの犠牲を払ったとしても守る価値のある場所だ。しかし、相手の数を見てそれをする気にルバルドはなれなかった。このまま正面からぶつかったとしてもこちらが全滅するのが目に見えている。それほどの数だった。



「急げ! 必要最低限の荷を持って脱出だ! 俺に指示された奴は一緒に殿を務めろ!」



 そんなルバルドの言葉と共に全員が一斉に動き出した。こんな状況を想定して過剰な人数を連れてきたのが仇となった。人数が多ければその分撤退するための手間もかかる。それに加えて全員が乗れるほどの馬車など用意しているはずも無く、必然的に大多数の人間が徒歩での撤退となる。





「パリス、こっちは終わったよ」


「お兄様、こちらも完了しました」



 そんな言葉を聞いてパリスは報告へと向かった。新人であるパリスたちはどこかの隊に所属しているわけでもないため、実地での訓練の時の班長が数人をまとめ、その班長の上にガリアと言う指揮系統で動いていた。



「ガリア隊長、僕の班は準備完了しました」


「分かった。お前ら新人は準備が整い次第、王都へと急げ。もし仮に俺たちが付いてくることなく、お前らだけで王都に辿り着いた時は今の状況を出来るだけ正確に報告しろ。パリス、お前に新人全体の指揮を任せる」



 そんなガリアの言葉に驚きの表情を浮かべつつも、パリスはすぐにしっかりと答えた。



「分かりました!」





 砦から魔族側に出たところで、ルバルドは殿を務めるために残った面々に向かって声を張り上げていた。



「ガリアの部隊は時間稼ぎだけでいい。犠牲は最小限にして最前線の敵戦力を出来る限り削ってくれ。シーラの部隊は飛んできた魔法への対処を頼む」


「「「「「「「ハッ!」」」」」」」



 そんな指示を出しながらルバルドは迫って来る魔族の方へと視線を送った。それらは全く纏まりがなく、列も乱れている。手に持っている武器も安物ばかりで、人間よりも性能面で優れると言われている魔族とは思えないほど弱々しく見えた。それはまるでただ武器を持たされた人形のようである。だが、それでも圧倒的な人数を前に撤退する手段しかなかった。兵士の中にはこの程度の魔族の相手なら容易くこなす者もいるだろう。だが、大人数に囲まれて生きて帰れるものはほとんどいない。

 そんなことを考えていると、前線にいる魔族の向こう側がきらりと光った。



「来るぞ!」



 そんなルバルドの言葉と共に、シーラ達後衛の魔法使いが一斉に構える。飛んできた多種多様な属性の魔法を相殺し、遥か上空での爆発を見ながらシーラ達は驚きの表情を浮かべる。魔法には相性がある。例えば、火属性は水属性に、水属性は雷属性に弱いといった具合に。それは一斉に魔法を放つ際にも考慮しなければならない。火属性と水属性の魔法を同時に放つと、空中で相殺し合って思うような威力にならないことも少なくない。だが、飛んできた魔法は光と闇以外の多種多様な魔法。それは個人の能力が高く、統率されている者たちの所業とは思えないほど雑でお粗末なものだった。

 これまでの大きな戦闘や小競り合いの時はきちんと揃えられた属性での攻撃、その対応に手一杯になった見計らったようなタイミングでの光属性や闇属性を絡めた高威力の複合魔法。それが邪魔にならないような位置からの近接兵による突撃。そんな攻撃を仕掛けて来ていた。だからこそ拍子抜けした。それと同時に恐怖感も覚えた。魔族側で何かが起こっている。人間と比べて数の利で劣り、性能で優れた魔族。そんな魔族がこれだけの人数を用意出来るだけでも異常事態だ。だが、現れた者たちは見た限り明らかに人間と同等、もしくはそれ以下の魔族の形をしたナニカだった。



「ガリア、行くぞ!」


「ハッ!」



 そんなルバルドの言葉と共に騎乗したルバルドたちが魔族の前衛の中央へと突っ込み、ルバルド一人が左へ、ガリアたちが右へと展開していき、先頭を走っている魔族だけを狙って蹴散らしていった。ルバルドはスキル『飛翔斬』を使って大剣を横なぎに払う。それと同時に弧を描いて斬撃が飛んでいき、魔族の体を容易に二つにしていった。



(弱すぎる……)



 明らかな違和感。誰一人避けようとせず、いとも簡単にルバルドの斬撃を受け入れ続けていた。もし相手の数がルバルドのスタミナが持つほどに少なければ一人で殲滅できるレベルだった。ルバルドの攻撃は魔族側には広く周知されており、味方が障害物となる集団戦においてその効果を最大限に発揮できないことも周知の事実だった。当然、魔族はそれを想定して攻撃を仕掛けてくる。戦地においてはスキルを使うよりも、単純な斬り合いで殺した敵の方が多い程だ。

 そんなことを考えつつもルバルドは大剣を振るい続けた。その間、シーラ率いる部隊は魔族側に反撃をしていた。防衛に徹してギリギリ対応できるだろう数しかここに残さなかったはずなのに。ガリアの部隊、シーラの部隊がガス欠しだしたタイミングを見計らって、ルバルドは撤退の指示を出した。

 それぞれが馬に乗って先に撤退した者たちを追いかけた。そんなルバルドたちの元に、王都側から一人の兵士が向かってきた。その表情は青ざめていて、かなり動揺しているようだった。そんな兵士の様子に嫌な予感を抱き、焦りの表情を浮かべながらルバルドは声を掛ける。



「どうした⁉」


「ルバルド兵士長! 王都との間の道の両脇から魔族の軍勢が現れました!」



 それを聞くと同時にルバルドはガリアとシーラに指示を出して、全速力で馬を走らせた。その間、ルバルドの頭の中で魔族が現れた経路を考えていた。砦周辺は障害物がなく、気付かれずにそんな数が移動することなどほぼ不可能。となると――。



「まさか……迂回してきたのか!」



 砦の北と南には急斜面の岩山があり、通ることは出来ない。だが、そのさらに向こう側には草木も生えない荒野が広がっている。その大地は雨もほとんど降らないため基地を作るにしても莫大な資金が必要となり、通るにしてもかなりの物資を持って行かなければならず、兵士の疲労も想像を絶するものとなる。だからその場所に対しては定期的に斥候を送るのみとなっていて、その頻度もかなり低かった。

 距離と環境を考慮すればそんな場所をわざわざ通るなど、兵士に死ねと命令しているようなものである。考えにくいことではあったが、砦の内側に魔族が現れたとなればそれしか考えられる方法は無かった。





 パリスを先頭として、今回戦地へと初参加の新人たち王都へ向かって月明かりを頼りに徒歩で移動していた。



「お兄様、ルバルド兵士長は大丈夫でしょうか?」


「大丈夫さ、あの人はこの国の兵士の中で一番強いんだから。何より、何度も戦地に出て生きて帰ってきてるんだ。絶対に帰って来るよ」



 そうは言いつつも、パリスはもしかしたらと思っていた。他の兵士の焦り具合から、現れた魔族の数がいかに異常だったかを何となく察していたからだ。

 そんなパリスの視界に一瞬、きらりと光るものが見えた。



「レシアッ!」



 そう叫びながらパリスはレシアを押し飛ばした。

 パリスは肩に感じる鋭い痛みと共にそちらを見て、きらりと光ったのが矢じりであったことを確信する。矢の飛んできた方を見つつ、どうにか対処しなければいけないと策を練る。しかしそれをしようとした時には、どこからともなく現れた一人の魔族が持つ刃がパリスへと迫っていた。

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