第07話 人と魔族

 倒れこんでいるパリスへと襲い掛かる魔族にいち早く気が付いたライムが、大剣でそのパリスへと迫っていた剣をはじき、大剣を横なぎへと振るった。それは容易に腹を切り裂き、魔族は地へ伏せた。だが――。



「があああああああああああ」



 その時になって初めて気が付く。相手が自分と大して変わらない年頃の魔族だという事に。その苦痛に歪んだ表情と悲鳴にライムは次の一撃を一瞬ためらった。魔族の少年はそれを見逃さずにパリスへと振りかぶった剣を持つ腕に力を込めて動かそうとした。だが、パリスによって手首は剣で地面へと固定され、パリスは肩に刺さった矢を抜いてそのまま魔族の瞳へと突き刺した。その後、その魔族が再び動く事は無かった。

 そんな一連のやり取りを見ていた新兵たちは動くことが出来ず、中には思わず嘔吐するモノさえいた。だが、パリスの頭はやけに冴えていた。身に起きたことに対する混乱を、皆を守らなければと言う思いが凌駕していた。



「皆、聞いてくれ! 今から来た道を逃げる! 感知系のスキルがあるものは感知を、風と土の属性を持っている者は矢を弾き飛ばすんだ! 剣を扱える者はそれでも防げない矢を――」



 そこまで言ってパリスはふらりと倒れかける。



「お兄様⁉」


「ごめん、僕なら大丈夫だから……」



 レシアは急いでパリスの傷を見たが、それほど深くはなかった。それに気が付くと同時に、一つの可能性に気が付く。



「毒……」



 砦に解毒薬はあった。だが、ルバルドはパリスたちを少しでも早く逃がすために、荷物を持たさずに移動させた。だからここに解毒薬は無い。だが――。



「お兄様、頑張ってください! 後ろからきている方と合流できればきっと解毒薬もあります」


「僕なら……大丈夫だから……」



 そんなパリスを見て、少しずつ落ち着きを取り戻してきたライムが口を開いた。



「皆、パリスの指示に従うんだ! 出来るだけ早く、隊列を崩さないように移動を!」



 そんな言葉と共に、全員が後退を始めた。しかし、先程既に接近してきた魔族が一人いたのに、他にいないはずも無かった。道の左右から複数人の魔族が現れ、パリスたちに切りかかった。

 パリスはどうにか左右からの敵に向けて実幻影で相手の前へと実幻影を作り出した。しかし視界が正常ではない上に、毒に侵された体でまともにスキルが使えるはずも無かった。初撃こそ防いだものの、すぐにパリスが作り出した幻影はその姿を消した。それでもどうにかレシアだけはと思い、パリスはレシアに覆いかぶさった。

 しかし次の瞬間、弧を描いた斬撃が片側の敵の全てをいとも簡単に一刀両断し、片側の魔物は放たれた風属性の魔法によって血しぶきを上げながらその体をバラバラにした。



「パリス、大丈夫か⁉」


「ルバルド兵士長、お兄様に刺さった矢に毒が……」



 涙ながらにそう言うレシアに寄り掛かったパリスはかなりぐったりとしていた。



「シーラ、魔法で矢に対する防壁とパリスの治療を」


「分かりました」



 シーラが少し集中すると、風がパリスたちを中心に回転を始めた。



「シーラ隊長……」



 今にも消えてしまいそうな声を出すレシアに、シーラはパリスを治療しながら答えた。



「レシア、あなたは後ろから戦況を見て最も冷静に考えなければならない立場です。仲間が傷ついたのなら、周りの安全を確保するのが優先です。取り乱している場合ではありませんよ」



 そんな言葉を掛けられ、レシアはそれをパリスがやっていたことを思い出した。自分が傷を受けたにもかかわらず、仲間の被害を減らすために最初に考え、行動していた。



「すみま……せん……」



 自分の不甲斐なさにポロポロと涙が零れる。自分がもっとちゃんとしていればパリスが傷を負う事は無かったかもしれない。そう思うと悔しさと共に自然と涙が溢れてくる。

 そんなレシアを見て、シーラは出来るだけ優しく声を掛ける。



「今回はあなたにも悪い所がありました。ですが、幸いにもあなたはまだ何も失っていない。守るべきものがある。そうでしょう?」



 そう言いながら、シーラはパリスに向けている魔法を徐々に弱めていった。パリスを包み込んでいた光はやがて消えた。毒の治療は光魔法が使える者の中でも限られる。シーラはその一人だった。体から毒は消え去ったが、パリスは既に気を失っていた。



「毒は抜きました。私は防衛の方に集中するので、傷の治癒はあなたにお任せします」



 その言葉を聞いたレシアは、裾で涙を拭いてパリスの治療を始めた。

 それと同時に、シーラはルバルドの方へと向かった。



「ルバルド兵士長、どうするのですか? 先程の戦闘であまり余力は残っていませんから、私の魔法もそれほど長くは持ちません」


「茂みに潜んでいる奴は俺がやる。遠距離武器を持った奴を最優先でだ」


「それが妥当でしょうね。ですがいくらルバルド兵士長が単独で複数を相手にすることを得意としていたとしても、私の魔法が解ける方が早いと思います」



 ルバルドは単独で複数を相手にすることに限っては最強とも呼べる存在だった。だが、それと同時に味方が近くで動き回っている状態では、味方が障害となって思う通りにスキルを使えない。それに関しては身軽で動き回ることができ、状況に応じて剣術も魔法も使えるスフレアに軍配が上がる。また、スフレアはルバルドの隣で邪魔をすることなく動き回れる唯一の存在である。



「近接戦が無ければ持つかもしれませんが……」



 そんなシーラの言葉に、ライムが口を開いた。



「ルバルド兵士長、近接での戦闘は僕がやります」


「ライム、無理は――」



 そこまで言ってルバルドは気が付いた。ライムの大剣に付いている血と、近くに転がっているまだ若い魔族の死体に。



「ライム、もう大丈夫なのか?」



 そんなルバルドの言葉の意味を察して、ライムは力強く頷いた。それを見たルバルドは笑みを浮かべた。それはこの土壇場で嬉しい誤算。魔族は人と同じく表情を浮かべ、痛みにそれを歪め、声を発する。だからその命を奪う時は、魔物相手とは違った衝撃がある。だが、ライムは今その衝撃に打ち勝っている。その衝撃はかなりのものであり、その証拠に他の新人は足が笑っている者がほとんどだ。



「よし、俺は最速で遠距離から攻撃を仕掛けようとしている奴だけを狙う。ライムは飛び出してきた奴を頼む」


「はいっ!」



 そんなルバルドの言葉に、ライムは内心喜んでいた。憧れだったルバルドに頼られている。それがどうしようもなく嬉しかった。



「ライム君、危なくなったらこちらへと戻ってきなさい。近接戦が不得意と言っても私はまだ数人なら殺せる程度の魔法は使えます。それに、ここには治療が出来る人間もいますから」



 そう言いながら、シーラはレシアの方を見た。丁度パリスの治療が終わり、落ち着きを取り戻しつつあるレシアの姿があった。



「一瞬だけ風の防壁を解きます。その隙に出て行ってください」


「あぁ」


「分かりました」



 シーラの合図とともに風の防壁は一瞬解かれ、二人は飛び出した。

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