第04話 不吉な予兆

 翌朝、皆が目を覚ましたのは日が頂点に達してからだった。それまで寝ずに起きていたソラは既に限界を超え、うつらうつらしていた。

 一番初めに起きてきたのはレシアだった。起きて日がかなり高い位置にあることに驚き、寝ぐせも気にせずにソラが座っている御者台に顔を出した。



「す、すみません、ティアさん、ソラさん!」


「いえ、別に構いませんよ」


「僕も大丈夫。大丈夫だけど今日はすぐ寝させてもらおうかな……」



 そうは言いつつも、ソラの瞼は瞳を半分隠していた。



「是非寝ていてください! 私達でソラさんがぐっすり眠れるように安全運転をしますので!」


「じゃあ、お願い」



 それだけ言ってソラは荷台に移動すると、横になってすぐに寝息を立てた。



「ティアさんは大丈夫ですか?」


「すみません、私も少し横になりたいです」


「なら今すぐにでも――」


「いえ、私は昼食を頂いてからでいいですよ。その準備もありますし」


「その……ごめんなさい」


「いえ、構いませんよ。皆さんお疲れのようですし。昨日はよく眠れなかったんですか?」


「えっと、その……はい、そんな感じです……」


「?」



 レシアには起きていてソラとティアの話を聞いていたとは言えなかった。そのせいで言い詰まるレシアを、ティアは不思議そうな顔で見つめていた。





 料理のにおいにつられて起きた二人は、荷台にソラが寝ていることに驚く。ハッとして荷台から飛び降りると、そこには昼食を作り終え、ほぼ食べ終わっているレシアとティアの姿があった。



「おはようございます、お兄様」


「レシア、今って――」


「お昼過ぎです。私やお兄様、ライムさんが寝ている間ずっとソラさんとティアさんが見張りをしてくださっていたそうです」



 そう言われてレシアと同じように空を見上げて、既にほぼ真上まで来ていることに気が付く。



「「すまない(ごめん)、ティア」」


「いえ、私は大丈夫です。見張りと言ってもご主人様の隣に座っていただけなので」



 そう言って自分の食器を片付け、二人の食器を準備しようとしたティアをレシアが止めた。



「ティアさん。後は私たちがやっておくので、ソラさんと一緒に休んでください」


「いえ、私は――」


「休んでいてくれ、このぐらいは僕らでも出来る」


「というかこれ以上ティアを働かせたら罪悪感が凄いから、休んでいてくれた方がありがたい」


「そういうことなら……」



 そう言ってティアは荷台へと戻り、ソラに掛け布団を掛け直してから自分も眠りについた。

 それと同時に、二人は自分の食器を準備して、レシアがお皿によそった。



「レシアは早くから起きていたのか?」


「いえ、私もさっき起きました。実は、昨日ソラさんとティアさんの話を聞いていろいろ考えてしまって……」


「僕も同じさ。その様子だとライムもだろう?」


「うん、まぁ。初めは何となく聞いてたんだけど、そのうちに聞き入っちゃって……」



 そんな話をしながら、三人は食事を進めた。

 その後、ティアの手際の良さと存在感を改めて実感しながら後片付けを済まし、すぐに馬車に乗りこんで進みだした。御者台にはパリスが乗っている。



「……おかしいな」


「どうしたのですか、お兄様」


「僕らが王都から出る時、ある程度距離を開けてから進みだしただろう? でも、今日の午前中全く動かなかったにもかかわらず後ろの馬車が追い付いてこない。半日も時間を空けて進みだしたとは考えにくいし……」


「確かにお兄様の言う通りですね……」



 そんな二人にライムが口を挟む。



「リタイアしたとかじゃないかな。出発するとき、スフレア副兵士長も言っていたし。何かあったら来た道を戻れって。僕らみたいに魔物を倒したことのない人も大勢いるだろうし、僕はそうだとしてもさほど不思議に思わないけど」


「……確かにライムの言う通りかもしれない。僕も父上の助言がなければ今こんな風に会話をできる状態だった自信はないし……」


「確かにライムさんの言う事も一理ありますが、半日経っても最後尾のスフレア副兵士長とも合流できないのは不自然だと思います。リタイアした方がいたとしても、スフレア副兵士長は私たちの後を追って来てくれるでしょうし」



 パリスは少し考えたそぶりをしてから口を開いた。



「今日からは速度を落として進もう。もし何かあったのなら迎えに来るはずだし、その時に道を外れていたら僕らを探すのは難しいだろうからね。それに、ここらにいる程度の魔物ぐらいなら問題なく倒せるはずだから」



 パリスのその言葉に頷き、二人は賛成の意を示した。





 時は少し遡り、ソラ達が初めての戦闘を始める前。



「速度を上げます! 掴まっていてください!」



 スフレアはそう言うと馬車をほぼ全速力で飛ばした。



(こんな数の魔物が出るなんて……)



 訓練の道中に出現する魔物のレベルから考慮して、訓練兵は自分たちの人数の二倍の数の魔物が限界だと言われている。だが、スフレア達のところには十匹を優に超える数の魔物が現れた。他の訓練兵のところもそうなっているかもしれないと危惧したスフレアは馬車の速度を上げ、前の馬車に追いつくとそこには今にも全滅しそうな訓練兵の班があった。その周りにはスフレアたちの時と違い二十匹を超える数の狼型の魔物。その魔物は本来、こんな数で徒党を組むような集団ではないはずだった。



「全員、戦闘態勢! 訓練兵の命を最優先してください」



 スフレアは馬車で魔物の群れの中に突っ込み、訓練兵の傍へと近づいた。



「光魔法が使える者は手当てを! 他の者は攻撃してくる魔物からの防衛を!」



 そんな言葉に、混乱気味の訓練兵の一人が食いついた。



「ですがスフレア副兵士長、それではじり貧では――」


「魔物の殲滅は私がやります」



 そう言うとスフレアは腰のレイピアを鞘から抜いた。その普段とは違う殺気を纏ったスフレアの姿にそれを見たことのない訓練兵は見入っていた。

 やがて、自然体で歩くスフレアに正面から魔物が襲い掛かる。だが、スフレアが横に避けると、魔物は着地せずに地面に体を擦り付けるようにして慣性のままに進んだ。その魔物はピクリとも動かず、眉間からは血が流れていた。スフレアがレイピアで眉間を貫いたのだ。だが、訓練兵の中にはスフレアが構えるところも、レイピアを突き刺したところも見える者は一人もいなかった。

 スフレアは周りにいる魔物の数を確認する。スフレアはソラにスキルを身に着けるのは難しいとは言ったが、それは普通に日常生活を送っていればの話だ。魔族との戦場を幾度も経験し、生き残っていれば身に付くものもある。その代表的なものが『感知』というスキルだ。余程レベルの高い隠密系のスキルを使ってでもいない限りは見抜ける程度のスキルをスフレアは持っていた。



(20……いや23ですね。このぐらいなら私一人でも問題ありません。ですが訓練兵となると……)



 スフレアは魔物と一対一になれる状況を作り、それが無理だった場合はレイピアを持っていない左手で火属性の魔法を放つ。その威力は訓練兵のレベルを遥かに超えており、当てられた魔物は黒焦げになってその場に崩れ落ちる。それを高速で移動しながら続け、さほど時間を掛けずにスフレアは魔物を全滅させた。



「すげぇ」


「これが副兵士長……」


「戦っている姿、初めて見た……」



 そんな訓練兵のぼやきを気にすることなく、スフレアは自身と共にいた兵士に命令を下す。



「あなたたちはこのまま馬車で訓練兵を守りながら前に進んでください。私は馬を一頭借りて王都へ援軍を要請しに行きます」


「ハッ! こちらはお任せください!」



 そう言ってスフレアは王都へと一人戻った。

 スフレアに指示を貰った兵士に、一人の訓練兵が声を掛けた。



「あの、スフレア副兵士長がこちらに残った方が多くの仲間を助けられるのではないですか?」



 そんな訓練兵に声を掛けられたスフレアと共にいた兵士は、いいから手を動かせと指示をしてから理由を話した。



「あの数の魔物は俺たちじゃ単独で対応なんてできない。俺たちはあくまで君たち訓練兵の援護が目的だから救助や援護に長けた者が大半を占めている。だから最短で、確実に王都まで辿り着けるのは自分だけだと判断したんだろう。君らも見ていたと思うが、スフレア副兵士長ならあのぐらいのレベルの敵ならほとんど苦にならない。俺たちとは次元が違うんだ。分ったらさっさと他の奴らを助けるために手を貸せ」


「は、はいっ!」



 そうして、2台の馬車はその道をまっすぐ進んでいった。

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