第05話 不安な時間
ソラが目を開けると、月の光が荷台の幌の中を照らしていた。背伸びをしながら辺りを見渡して、馬車が止まっていることに気が付く。目をこすりながら荷台から降りると、他の四人が焚火を囲って食事をとっているところだった。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、ティア。いや、おはようでもないけど」
ようやく目を覚ましたソラに、パリスが声を掛ける。
「ソラ、いきなりで悪いが、大事な話があるからそこに座ってくれないか?」
「え? あぁ、うん」
ティアから夕食をよそったお椀を貰ったソラは、すぐにそれを口にした。今朝簡単な軽食をティアに作ってもらっただけで、それ以降何も食べていなかったのだ。
その後、ティアが焚火の傍に腰を下ろしたのを確認してからパリスは話を始めた。
「ティアとソラが寝ている間に決めたことがある」
「「?」」
「これから先、ペースを落として進むことにしたんだ。理由は半日止まっていたのに追従していた他の馬車が全く来ないから、多分だけど何かあったんだと思う」
「了解。リーダーのパリスに従うよ」
「私も異論はありません」
「それで、ソラとティアは何か心当たりはないかい? 僕ら三人で考えても何も出てこなかったんだ」
「私は何もないです」
「僕も特には……」
と言いつつも、ソラは何となく予想出来ていた。初めて魔物と戦闘をした後、何度か襲おうとして来た魔物のみを選んでスキルを使って消していた。その数はスフレアから事前に聞いていた数よりも不自然なぐらいに多かった。それだけではなく、ソラは昼間も魔物が感知範囲に現れるたびに目を覚まし、スキルによって魔物を消していた。先日戦った時よりも辺りの雑草の丈が高くなっていたため、御者台に乗っていたパリスや荷台から警戒していた二人がそれを視認することは出来なかった。
数匹ならともかく、ソラが消した数から考えれば襲撃されたらかなりの危険が伴う。そう判断したからソラは事前に消していた。ソラは自分たちが通ったところを通ってくるのだから、後ろにはそれほど被害がないだろうと思い込んでいた。もしそうでないのなら――。
「パリス、明日も半日ここで待ってみない? それでも後ろが付いてこなかったら、訓練どころじゃないことが起こってると思う」
そんなソラの警戒に警戒を重ねた言葉に、パリスは一考してからその意見を採用することに決めた。そうしたのはパリスがその通りだと思っただけでなく、ソラのいつになく真剣な表情を見てというのもあった。
「じゃあ明日半日ここで待って、もし後続が来なかったら来た道を戻ってみよう。もしかしたら何かあるのかもしれないし……。ソラ、今夜の見張りお願いできるかい?」
「うん、いいよ。でも、明日はもう少し早く起きてくれると助かるかな」
「「「……すみませんでした」」」
ソラ達は食器を片付け、ティアと共に御者台へと腰を下ろして三日目の朝を待った。その間にライムとパリス、レシアは荷台で横になって睡眠をとる。昨日十分なほどに寝て落ち着いたからか、三人ともすんなりと眠りについた。
☆
ソラ達が王都を出た日の夜、スフレアは関所で事情を話してすぐに通してもらい、駆け足でルバルドの元へ向かい、事情を説明した。
「分かった。すぐに数名の兵士を手配する。スフレアには悪いが、最前にいるソラ達を目指して今すぐ王都を出てくれ。俺はこっちに向かっている訓練兵たちを護衛できるメンバーを集める」
「分かりました」
とは言っても、この時間にすぐに人数を集めるのは厳しい。そのため、必然的に城の中を警備している人間にも声が掛かることもあり、そこら辺の調整でばたばたし始める。その騒ぎは無論、王族にも届く。
その騒ぎに気が付いたブライとハリア、シュリアス、カリアがルバルドを見つけて声を掛けた。
「ルバルド、何があったのだ」
「それは――」
ルバルドはカリアの方を一瞬見て話すのを躊躇った。だが、今は少しでも時間が惜しかった。だから、その場を早く終わらせるために簡潔に話した。
「訓練兵が実地での訓練をしている場所で、想定以上の数の魔物が発生しているようです。すでにけが人も出ているという話だったので、私の判断でそちらに向かわせる兵士の調整をしておりました」
「そんな……。ソラ様は無事な――」
そんなカリアの泣きそうな声でルバルドに近づこうとするカリアをブライは抑え、言葉を遮った。ルバルドの様子を見て時間を惜しんでいるのを察したのだ。
「少しでも時間が惜しいのだろう? ルバルド、今回の件はお前に一任する。城の警備をしている兵士はお前の判断で使ってくれてよい」
「ハッ。ありがとうございます」
それだけ言ってルバルドはその場を走り去った。
膝から崩れ落ちるカリアを、シュリアスがどうにか支えた。
「カリア、ソラ君ならきっと大丈夫だ」
「でも……お兄様――」
「シュリアスの言う通りですよ、カリア。今あなたが動揺したってソラさんが助かる訳ではありません。そんな風に取り乱してもソラさんが困るだけです。カリア、あなたが今すべきことはソラさんを信じて待つことではないのですか?」
ハリアのそんな言葉を聞いても落ち着きを取り戻さないカリアを、家族の三人はどうにか部屋に連れて行った。
ベッドに座ったカリアの元に、メイドが温かい紅茶を差し出した。
「ありがとう……ございます」
部屋を出るメイドと入れ替わるようにしてハリアが部屋に入った。他の二人に大丈夫だと諭して、一人でカリアの部屋に来たのだ。
「カリア、隣に座りますよ」
カリアがコクリと頷いたのを確認してから、ハリアは隣に腰かけた。
暫くの沈黙の後、始めに口を開いたのはカリアだった。
「お母様、私……何も出来ないのですね」
そういうカリアの瞳からは大粒の涙が零れていた。カリアは、ソラが命の危機にあるかもしれないのに、何も出来ない自分の無力さがとても悔しかった。
そんなカリアの頭に手を置いて、ハリアは優しく、諭すように声を掛ける。
「それは気にすることはありませんよ。私だって同じなのですから」
そんなハリアに寄り添い、抱きしめられながらカリアは暫く黙っていたが、やがて口を開く。
「ソラ様は私と違って戦っているのに、私は――」
「そうですか? 寧ろ私は、今の状況はソラさんと同じだと思いますよ」
「同じ……ですか?」
カリアにはその言葉の意味が分からなかった。身分も育った環境も住んでいる場所も違う。カリアは頭の中でハリアの言葉の意味を探そうとするが、どうしても見つけられなかった。
カリアが答えを見つけられないのを察してからハリアは口を開いた。
「但し、少し前のソラさんですけどね」
「少し前?」
「カリア、あなたが話してくれたのよ? ソラさんはお父様を亡くして、お母様を守るためにここへ来たと」
「でも、それは私とは……」
「ソラさんはお父様を亡くした時、今のあなたと同じ思いだったのではないですか? だから、次はそうならなように今努力しているのです」
「……」
「今の状況からソラさんのように前に進むか、そのまま立ち止まるかはカリア次第です。カリア、あなたはどうしたいのですか?」
カリアは手に持っていたカップの中身を全て飲み干すと、目元をごしごしと拭って立ち上がった。
「ありがとうございます、お母様。私、ちょっと行ってきます」
そう言ったカリアの表情に、迷いは一切なかった。そんな娘を、ハリアは満足そうな表情で送り出した。
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