第三章 実践

第01話 命掛け

 ティアを含めた5人は馬車に揺られていた。まだ空は白んでいるのは、かなり早い時間に出たからだ。カリアがソラを訪ねて実地訓練前のざわめきに気付かれる可能性を危惧しての事である。

 今、馬車の御者台ではレシアが手綱を握っている。その隣にティアが座り、幌付きの荷台には男3人が座っていた。レシアがティアと話をしてみたいと言った事による配置である。



「そういえば僕が王都に来るときは魔物に会わなかったんだけど……」


「多分だけど、襲ってくるような魔物が出現しにくい場所を通って来たんじゃない? 人を襲わない魔物も珍しくないらしいし、そういった魔物がいる場所には必然的に強い魔物はいないだろうから」



 ライムの言葉にソラは納得すると同時に、村の周辺に魔物が出現しなかったことを思い出した。そんな二人の話を聞いていたパリスが忠告するように口を開く。



「今から僕らが通る道はそうでもないみたいだ。訓練だから当たり前の事ではあるんだけど。森に入るまでは、日の出ている内に襲ってくる魔物はほぼいないって話だよ」



 パリスのその知ったような言い方にソラは首を傾げた。



「あれ、スフレア副兵士長そんなこと言ってたっけ?」


「父上に聞いたんだ。事前に知っているのといないのとでは全く違うって言ってたんだ。例の屋敷の地図も何となくだけど頭に入ってるよ」



 ソラ達が向かっているのはとある貴族の屋敷だ。とは言ってもその貴族は既に亡くなっており、屋敷の方は廃墟に近い状態で、魔物の住処となっている。それを退治するのがソラ達の目的であり、訓練の目的だ。その土地柄故に弱い魔物しかおらず、かつ戦いにくい場所という事で初めての実践を経験する場所としてはもってこいの場所だった。好都合なその場所は定期的に訓練兵が実地の訓練と称して、魔物が集まりすぎないようなタイミングを見計らって退治に行くことが慣例となっていた。

 ソラ達が会話をやめて幌の中を通る心地の良いそよ風に触れていると、自然と御者台からの声が耳に入る。



「じゃあ、ティアはソラさんの身の回りのことを全部しているんですか?」


「はい。とは言っても、ご主人様はあまりモノがないので掃除も洗濯もあまり時間は掛かりませんけど」


「掃除って、ソラさんが訓練をしている間とかですか? その間もずっとソラさんについていた気がしますけれど……」


「お掃除は私が起きてからご主人様が起きるまでの間にやっています。それが終わったらご主人様が起きるまでベッド横の椅子に座って待ちます。お洗濯はお掃除の前に――」


「そんなことをしているんですか⁉」


(そんなことしてたのか……)


((そんなことさせてたのか……))



 そんなティアの斜め上を行く発言に各々が各々の突っ込みを入れた。

 馬車は順調に進んで日が暮れようとしていた時、ソラの感知範囲に何かが入って来る。ソラは王都を出るときのスフレアの言葉を思い出す。



”各班同士にはある程度の距離を開けて進行してもらいます。魔物が現れた場合は各自で対応してください。もし対応できないと判断したら来た道を引き返して、後ろの仲間と合流してください。”



 模擬戦で無敗だったソラ達はその先頭を進んでいた。先頭は他の班がまだ通っていないために、後方を進む班と比べて魔物との遭遇率が高い。そのため、集団での模擬戦で無敗だったソラ達が先頭の班に選ばれた。

 ソラが感知したのは前方右斜め前。ソラが声を掛けようとした丁度その時、レシアの目にもちらりとその姿が入る。



「茂みの中に何かいます!」



 その言葉にいち早く反応したのはパリスだった。父親のプレスチアから事前にどういう時にどうすればいいかを聞いていたため、いたって冷静に状況を判断出来ていた。



「レシア、出来るだけ物影が少ないところに移動して、一応馬車を反対方向に向けといてくれ」


「分かりました、お兄様!」


「ソラとライムは馬車が止まったらレシアが見た方向に向かって武器を構えるんだ」


「「了解」」


「レシアはその後ろに、ティアはそのさらに後ろに。ティアは僕らの背後から魔物が来ないか確認していてくれると助かる」


「「分かりました」」



 レシアは手際よく馬車を180度回転させて止まり、いつでも後ろからこちらへと向かって来ている他の訓練兵の元へと逃げられるようにした。それを確認した4人はすぐさま降りて武器を構える。一番後ろにティア、そのすぐそばにレシア、その前にパリス、その更に前にソラとライム。魔物の姿が見えた茂みまでは魔物が飛び出してきても対応できるほどの距離。背後の茂みまではその2倍ほど離れている。茂みは成人よりもやや低いぐらいの丈があるため、馬車から降りたソラ達では奥まで確認が出来ない。

 パリスは魔物の姿が見えた前方に気を回していた。背後の茂みまでは距離があるのでそちらから出てききても反応できる。そう思っていた。だが――。



(12……14……17匹か。ちょっと多すぎるかな。それに囲まれてる。これじゃ馬車で逃げても間に合わない……)



 ソラは一人魔物の存在を認識していた。ここら辺の魔物なら、数匹相手でも自分たちなら勝てるとスフレアは言っていた。だが、流石にこの数となると対応するのは不可能であることは火を見るより明らかである。そう判断したソラはゆっくりと目を瞑り、対象とする魔物を選択する。残すのは前方の4匹と後方の2匹、出来るだけ他の魔物から離れているもの。それはこのぐらいなら練習になるというソラの判断だった。

 次の瞬間、ソラにスキルの対象として選択された魔物は姿を消した。



「パリス、僕らの人数と同じ数の魔物がいたらどうするの?」


「その時は僕のスキルで身代わりを数体作るからソラとライムは一匹ずつ相手をしてくれ」


「「了解」」


「レシアは二人の援護を頼む。僕は他の方向から来た時に備える」


「分かりました、お兄様」



 次の瞬間、前方から4匹の狼のような容姿をした魔物が同時に出て来る。それとほぼ同時にパリスの指示が飛ぶ。



「ソラとライムは左右の2体を! 僕は中央の2体をどうにかする!」



 パリスが警戒したのは回り込まれること。そのため、左右の魔物を真っ先に倒すことを優先したのだ。

 ソラはその言葉を聞いて、右側の魔物が振りかぶってきた両前足の爪を小太刀を横にして受け止めて、左手で逆手に持っていた短剣を順手に持ち替えて下から魔物の首元に突き刺した。



グサリ



 その感覚にソラは顔をしかめる。それと同時に掠れる様な魔物の断末魔。左手を流れる生暖かい血液。魔物を地面に横たわらせ、短剣を引き抜くと生々しい音と共に傷口からは血が溢れ出す。それと同時にソラは怖くなった。今、初めて命を刈り取ったという感覚に襲われた。そして、その前に自分は何をしたか。10匹ほどの魔物を一瞬で殺した。その時、ソラは何も感じなかった。

 今になってプレスチアの言葉が頭をよぎる。



”使い方を絶対に間違えないで欲しい”



 分かっているつもりで分かっていなかった。そして、自分の手で命を奪った感覚を知ってようやく分かった。簡単に相手の命を奪えることがどれだけ恐ろしいことかを。スキルを使って魔物を消した時、ソラにはまるで命を奪ったという実感がなかったのだ。

 ソラがふとライムの方を見ると、大剣により真っ二つになった魔物を見下ろして呆けていた。ライムもまた、魔物を殺したのは初めてだったのだ。肉や骨を切り裂く感覚にショックを受けていた。

 だが、そんなことをしている暇は無かった。



「ソラ、ライム、残りの一匹も頼む!」



 我に返った二人がパリスの方を見ると、実影を使いながら背後から現れた前方とは別の2匹の魔物に対応していた。そして、ソラ達の近くにいた残り2匹の魔物のうち、1匹はパリスの作った幻影を相手に吠えていた。もう一匹は体中が真っ黒に焦がして横たわっていた。レシアが火属性の魔法で倒したのだが、初めて自分の手で直接魔物を殺した2人にそんなことをに気が付く余裕は無かったのだ。

 パリスが必死に戦っている様子を見て、ソラは我に返る。自分の父親は何に殺されたか。魔物に殺されたのだ。魔物には人を襲わない類の者もいるが、目の前の魔物は明らかにそれとは違う。



”殺さなければ殺される”



 ソラは覚悟を決めた。自分は何のためにここに来たのか。村を、母親を守るため。では何から守るのか。魔物からである。そしてソラは、いつかプレスチアに聞かれて答えた言葉を思い出す。



”誰かを助けられる時”



 それはソラがプレスチアとした自分が遠慮することなく力を振るうことを決めた条件。

 前方でパリスが幻影を作って相手をしていた魔物が、ソラが刃を向けてきたことに気が付く。ソラは自身に向かって飛びつこうとした魔物の足が地面を離れたのを視認し、左に半身となって躱した。それと同時に右手に握った小太刀で躊躇うことなく、その魔物の横腹を切り裂いた。

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