第15話 前日

 真剣での訓練にも慣れ、王都を出発する日を明日に控えたそんな日の朝。

 今日も今日とてカリアはソラの部屋へと来ていた。



「ソラ様、おはようございますっ!」


「あ、あの……」


「なんでしょうか?」


「日に日に顔色が悪くなってきている気がするのですが……」


「いえ、そんなことはありませんよ! それより2日後から始まる実地での訓練、頑張ってくださいね!」


「あ、ありがとうございます」



 罪悪感に耐えられず思わずティアの方を向いたソラだったが、ティアはそっと目を逸らした。ティアもカリアの笑顔を見て罪悪感を感じずにはいられなかったのだ。

 いつものように3人で話をしながら食事をして、時間が来るとカリアはその場を去った。



「ティア」


「なんでしょうか、ご主人様」


「なんというか……心が痛い」


「ルバルド兵士長からの指示なので仕方ありません。今のご主人様は一人の兵士として命令に従っているだけです。咎められるようなことではありません。……でも、私もカリア姫のあの笑顔を見ると心が少し痛みました」


「帰ってきたら謝ることにするよ」


「その時は私も一緒に謝ります」



 そんな話をしながら二人はディルバール家ではなく、城内の訓練所へと向かった。今日の午前中は翌日に備えた荷物の積み込みをして、午後は翌日の向けての休息をとるために自由行動となっている。ソラは途中で別の準備があるティアと分かれ、他の3人と合流した。



「ソラ、俺たちはあの馬車らしいよ」



 ライムのその言葉に、ソラは思わず首を傾げる。



「……誰が操縦するの?」


「それは僕ら4人で交代しながらだと思うけど……」


「そういえば、ソラさんは村で馬を扱う事とかあったのですか?」


「えっと、その……なかったです」


「僕は3人交代でも良いと思ってるけど、ライムとレシアはどう?」


「僕も構わないよ」


「私もいいですよ」


「……なんかごめん。それなら夜の見張りは僕が代わるよ」



 基本的に道中は野宿になるため、その場合は見張りが必要となる。普通は寝る者と見張りをする者に分けて交代しながら行う。それに加えて馬の操縦も考慮したメンバーの組み合わせも考えなければならない。これはこれで訓練の一環のため、きちんと考える必要がある。



「それなら僕たちはソラが休めるように操縦しないといけないね」


「そうだね。流石に悪路では無理かもしれないけど、善処はするよ」


「もし無理そうなら私も見張り、手伝いますよ」


「皆、ありがとう」



 ソラ達が話し終わったタイミングでルバルドとスフレアにより召集が掛かり、簡単な注意事項と積み込む食料の置き場所の説明などを受け、それぞれが動き始める。ちなみに、食料などは各自で管理することになっている。

 その荷物を貰うべく列に並んでいると、ライムがとあることに気が付いた。



「ソラ、あれティアじゃない?」


「そうだね。最近はあっちでいろいろ働いてくれてるらしいよ。スフレア副兵士長が手際がいいし、器用だからいてくれて助かるって言ってたよ」



 ティアはソラ達兵士に配る荷物の仕分けや、食料の量の確認などを手伝うためにソラとは分かれて作業をしていた。

 暫くして、ソラ達に順番が回ってきた。



「ティア、お疲れ様。随分忙しそうだけど大丈夫?」


「大丈夫です、ご主人様。えっと、ここにあるのがご主人様たちの分です」


「ありがとう、ティア」


「いえ、仕事ですので」


「そういえばティアは当日どうするの?」


「ご主人様の班の馬車に同乗することになっています。私は料理が出来るのでその手伝いにとのことです」


「なるほどね。じゃあ僕らはこれ持っていくから。また後で」



 そう言ってソラ達はティアと別れた。ティアとある程度離れた所で、レシアが口を開く。



「ソラさん、私、ティアちゃんの話をまだ聞いていないんですけど……」


「あぁ、そうだったね。準備しながら話すよ。最初に会ったのは――」



 馬車の幌付きの荷台に荷物を積みながら、ソラはティアとのなれそめの話をレシアに聞かせた。



「あれ、ソラさんってルノウ大臣にスキルのこと隠してるんじゃ……」


「詳しくは聞かないで欲しいんだけど、ティアのことは信用してくれていいよ」


「……ソラさん、隠し事多くないですか? スキルの詳細とかお兄様たちも聞いてないみたいですけど」


「それはその……」



 ソラは言えなかった。いや、言いたくなかった。近くにいるだけでスキルの射程圏内。それを知って怖がられる気がしたから。それは皆を信頼していない訳ではなく、自分が逆の立場だったら怖がると思ったから。

 そんなソラにパリスが助け舟を出した。



「レシア、ソラはこの国の兵士として戦う訳じゃないんだ。そんなに追求する必要はないだろう?」


「あれ、兵士になったら何かあるの?」


「全体での連携が必要になってくるから、兵士内ではちゃんと互いにスキルの効果を開示することになってるんだよ。勿論、その情報を外部に漏らすのは禁止されてる。訓練兵の内はまだ正式に兵士って訳じゃないからそう言ったことは強制されないんだ。兵士長や副兵士長みたいに有名になると秘密にするのは難しくなるんだけどね。でも、ソラは兵士として村に戻る訳じゃないんだろう?」


「うん、そのつもりは無いかな」


「だから気にする必要は無いよ。それに、そんなことしなくても僕らは訓練兵の中ではトップになってるから連携の方も気にする必要はないと思う。ギルドの方では互いにスキルを開示しないのが常識らしいけどね。向こうも有名になれば隠し切れないって話だけど」


「ギルド?」


「この国とは違う組織だよ。この国みたいに人間を守る事・・・・・・じゃなくて、魔物を倒す事・・・・・・を目的としているんだ。僕らと違って魔族や魔物が攻めてきたときだけじゃなくて、自分から魔物を倒しに行って報酬を得てるから常に命を張った状態なんだ。その代わり、実力さえあれば見返りは大きいって聞いたことあるよ」


「ギルドの事なら僕も多少は聞いたことあるよ。魔物が住処にしている廃墟とかに眠っている財宝を探しに行ったりするから、運が良ければそこらの貴族より大金持ちになれるとか。本当に一握りだけらしいけどね」



 そんな話をしながらも荷物を積み終わり、4人はそれぞれ解散した。



「ご主人様も終わりですか?」


「うん。ティアも?」


「はい。後は明日に備えて休むだけです。それで、ご主人様はどこへ行かれるのですか?」


「ちょっと試したいことあってさ。特に面白いこともないけど、一緒に来る?」


「はい。一人で戻っても暇なだけなので」



 そう言ってティアはソラについて行った。向かっていたのは誰もいない訓練場だった。ティアにすぐ終わるからそこで待っててと言ったソラは訓練場の中心で立ち止まり、目を瞑った。

 ソラは皆を少しでも危険にさらさないために、出来る限り感知範囲を広げたかった。抑えながらも、ディルバール家でスキルを使っただけで範囲は広がった。それならば意識的に広げることも可能ではないかと考えたのだ。ソラは目を瞑って集中する。



(…………これが限界かな)



 そう思ってソラは目を開けた。ソラは限界と感じたが、実際はまだ広げることが出来た。しかし、ソラは無意識のうちにそのことから目を背けていた。だからソラがこれぐらいあれば先制されずに、皆を守れると判断したところで止まった。



「付き合わせてごめん、ティア」


「もういいのですか?」


「うん、これだけ。宿舎に戻ろうか」


「はい」



 そんな会話を終え、二人は宿舎へと戻った。

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