第06話 解呪者

 自分が少なくとも、カリア姫と共にいた人間に殴られる程度の悪事はしていることを思い出し、震えていた。だが勿論、それは誰にも伝わらない。一方のルバルドとスフレアは疑問に思っていた。何故称賛されることを嫌うのか。一国の姫を呪いから解き放ったなど、どれほどの褒美を与えられることか……。考えるまでもなく、一介の兵士が一生のうちに手に出来ないようなものまで、望めばいとも簡単に手に入るだろう。それを無下にするようなソラの意図は二人には伝わらない。

 ルバルドとスフレアが顔を見合わせて、ソラの予想外の反応に困惑していると、二人の護衛を連れてカリアがやってきた。ソラの姿を見つけたカリアの顔には笑みが浮かび、カリアの姿を見たソラの顔は物凄い勢いで青ざめていく。



「あの……、ルバルドさん、一つ聞いてもいいですか?」


「何だ?」


「……牢ってご飯もらえるんですか?」



 ソラはそれはもう混乱していた。カリアが浮かべている笑顔――他の者が向けられれば思わず笑顔を浮かべ返してしまうような眩しい笑顔は、ソラの脳内フィルターを介して不気味な笑みに早変わりしていた。そんなソラの言動を流石に心配に思い、スフレアは声を掛ける。



「ソラ、何か悪いことでもしたのですか?」


「その……、カリア姫のお付きの人に殴られるような事……なら……しま……し……た……」


「い、一体何を……」



 そんな悪事を白状する子供のようなソラに、スフレアは真面目に心配していたが、ルバルドは必死に笑いを堪えていた。そんなルバルドをスフレアは何を笑っているのか分からないといった表情で見つめ、ソラは只々そんなルバルドを青ざめた表情で見つめていた。



「……いや、その……なんだ、ソラ君、それは勘違いだ」



 ルバルドは笑いを堪えながらそう言った。だが、その言葉だけでは全ては伝わらず、ソラは聞き返そうとした。だが、ソラが聞き返すよりも近づいてきたカリアがソラに声を掛ける方が早かった。



「また会えましたね。私はカリア。カリア・ライリス。あなたのお名前を聞いてもよろしいかしら?」


「……ソラ……で……す……」



 顔を真っ青にしたソラの、まるで必死に絞り出すように発せられたその声を聞き、その場を見たカリアの護衛は、その状況に首を傾げる。

 満面の笑みを浮かべているカリア姫。何故か青ざめた表情をしていて、ばつの悪そうな顔をしているカリア姫の呪いを解いたと思われる少年。後ろで笑いを堪えているルバルド。その横で自分たちと同じように首を傾げているスフレア。何故カリアがここへ来たのかを知っている護衛の兵士にすらこの状況が理解できないのだから、何も知らない者がこの混沌とした空間を見ても何も理解できないだろう。

 そしてそれは、カリアとて同じだった。



「お体の調子でも悪いのですか?」


「いえ、そんなことはないです……けど…‥」



 そんな状況の中、一人何かを察したように笑いを堪えているルバルドに、何かを問うようなカリア姫の視線が送られる。



「あぁ、いや、すいません、こんなに笑ってしまって。実はですねカリア姫、ソラ君は――」



 ルバルドは、現在の状況を簡単に説明した。

 全てを聞き終えたソラはその場にへたり込んだ。

 


「ソラ様、大丈夫ですか⁉」


「あぁ、はい、大丈夫です。心配かけてすみません。少し気が抜けただけなので」


「ま、さっきまで本気で死ぬかと思ってたんだから、そうもなるよな。それで話は変わるがソラ君、カリア姫の呪いを解いたのは君で間違いないのかい?」


「分かりません。ただ、カリア姫の中にあった鎖みたいなものは消しましたけど……。すみません、なんかわかりにくい言い方で。後ルバルド兵士長、僕のことはソラでいいです」



 その話を横で聞いていたスフレアが何かを思い出したように口を開く。



「ソラ、スキルを調べるときに使った紙、持っていますか?」


「あります。少し待っててください」



 そう言ってソラは部屋の中にある机の上に置いてあった紙切れを持ってくる。



「これですよね」


「スフレア? それがどうかしたのか?」


「少し思い出しまして。確か称号のところに……」



 その紙をその場の全員に見せる。そして、スフレアが指したのは一つの称号だった。



「ふむ、『解呪者』か。ソラ君……じゃなかったな。ソラ、心当たりは?」


「えっと、カリア姫の事以外には特にないです」



 トントン拍子で話は進み、ソラがカリア姫の呪いを解いた人物として特定された。

 ルバルドたちの気遣いで今日はもう遅いからと、明日以降に話をすることになり、皆がその場から立ち去ろうとしたとき、ずっと辺りをきょろきょろと見ていたカリア姫がソラに声を掛けた。辺りを見回していたのは、その立場上兵舎に来るようなことがなかったためにただ単に物珍しかったのだ。



「ソラはこれからこの部屋で暮らすのですか?」


「そのつもりですけど……それが何か?」


「いえ、なんでもないです」



 カリアの笑顔に対してソラは首を傾げながら、軽く会釈をして見送った。

 ソラは全員が見えなくなったのを確認してから部屋に戻った。一日で色々あったせいかベッドに体を投げ出してから意識を手放すまでにはそう時間は掛からなかった。





 翌朝、ソラは慣れていない寝床だったせいか、いつもよりも早く目が覚めた。普段なら二度寝するところだが、昨夜、スフレアから兵士の朝は早いという話を聞いていたので、すぐにベッドから降りて一つ背伸びをした。窓を開けて心地の良い風を受けているとお腹の鳴る音がする。

 兵士は食堂で朝食を貰える。昨日スフレアから聞いたそんな話を思い出したソラは徐に立ち上がった。

 着替えを済まして扉のドアノブに手を掛けた丁度その時、扉がノックされた。



「すぐ開けます」



 扉を開けたソラは固まる。勝手にスフレアだと想像して扉を開けたソラの前に立っていたのは、バスケットを提げ、後ろに二人の護衛の兵士を連れたカリアの姿だった。バスケットの隙間からはパンが顔をのぞかせており、良いい香りが漂っていたが、ソラにそんなことに気付く余裕はなかった。



「おはようございます、ソラ様。朝ご飯、ご一緒にどうですか?」



 ソラのフリーズした頭が再起動を終えるのはそれから数十秒後の事だった。

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