第03話 解呪

 ソラと別れた後、カリアは馬車に乗って移動していた。

 カリアにかけられた呪い。それはカリアがまだ5歳ほどの頃、魔族に攫われたときに掛けられたもの。当時幼かったカリアは人質としての価値しかなく、魔族にとって声を出すというのはそれだけで迷惑なことだった。そこで魔族はカリアに呪いをかけた。人間と魔族が使っている呪術は性質が違う。カリアの呪いが中々解けないのは、そう言った理由もあった。だが、一番の要因はその呪い自体が強力ということだった。数日掛けて幾重にも重ねられたその呪いは、かけた本人ですら簡単には解呪できないようなものになってしまっていた。



「ルバルド兵士長、魔物の様子はどうですかな」


「今のところ出てくる気配はないですね」



 馬車の窓から顔を出したルノウは近くで武装して馬を走らせているルバルドに辺りの様子を聞く。目的地は王都から少し離れたところにある街。目的はそこにいる呪術師にカリアの呪いを解いてもらうことにある。が、カリアが奪還された時から何度もこういったことをしており、カリア本人もあまり期待はしていなかった。声のない生活が、彼女にとってはすでに日常と化していた。つまらなさそうにルノウとは反対の窓からぼーっと景色を眺めていたカリアの頭の中には、先程出会った少年の姿が浮かんでいた。

 カリアの額に触れようとしたときの、まるで何かを助けようとしているかのような真っ直ぐな瞳は、魔族に囚われた時に見た人間を殺すことに固執する魔族の瞳や、自国にいる富を求める貴族などの瞳を見てきたカリアにとっては、眩しすぎるものだった。



「カリア様!」


「!」


「先程から何度か呼び掛けていたのですが。……ご機嫌でも悪いのですか?」



 カリアは勘違いだと伝えようと首を横に振った。

 だが、そんな会話を聞いていたルバルドによってカリアの望む方向とは逆方向へと事は進む。



「ここらで一度休憩しますか? 急ぐようなこともないことですし。丁度ここらなら開けているので、我々としても護衛をしやすい」


「そうだな。カリア姫の身にもしものことがあってからでは遅いからな」



 そんな流れで一行は少し開けたところで休息を取ることになった。

 ルノウは気を遣って、馬車の中にカリアを一人にした。勿論、馬車の周りは護衛として付いてきたルバルドを含めた数名の兵士が常に目を光らせている。

 馬車についている左右の窓をカーテンを揺らしながら風が通り、カリアの頬を撫でる。皆に迷惑を掛けてしまった。自分のために動いてくれているのに。一度頭の中を切り替えなければいけない。そう思ったカリアは、左右の頬を両手で一度パチンと叩いた。

 皆にもう大丈夫だということを伝えに行くために馬車の扉を開け、そこにある小さな階段を降りて地面へと足を付けた。そんなカリアに真っ先に気が付いたのはルバルドだった。



「カリア姫、もう大丈夫なんですか?」


「あまり無理はしないでくだされよ、カリア姫」



 二人の問いかけに頷き、一度背伸びをしてから馬車へ戻ろうとしたその時だった。地面と馬車の段差に躓いた。



「きゃっ!」


「カリア姫!」



 ルバルドが前のめりになったカリアの体をすかさず支えた。

 が、その状態から彼らは全く動けなかった。ルバルドは咄嗟の出来事に自然に体が動いたため、カリアの体を支えてからその衝撃に襲われた。



「「「「「「「「……………………」」」」」」」」



 その場にいた全員が静まり返った。

 それはあまりに唐突の出来事。どんな一流の呪術師や魔導士に聞いても、頼み込んでも今までずっと聞けなかったはずのカリアの小さな悲鳴をその場の全員が聞いた。それは聞き間違いではない。何より、声を出した本人が最も驚いていた。そしてその後、一番最初に口を開いたのはカリアだった。



「…………え……?」



 そんな戸惑ったような、か細い声が辺りに静かに響いた。





 丁度その頃、ソラとスフレアは城の北側にあるちょっとした神殿のようなところまで来ていた。



「スキルを見る魔道具はここにしかないんですか?」


「いえ、ここの他にギルドと呼ばれる場所にもあります。ですが、こちらの方が正確に分かります。スキルが詳しく分かるわけではないですが、『称号』と呼ばれるものを見ることが出来るのです。そこに現れるのは……そうですね、人を殺めるようなことをしていればそれ相応のものが出てくるそうです。ルバルド兵士長は『英雄』と記されたという話も聞きます」


「そういえば、ルバルド兵士長は姫様の護衛で街を出ているんですよね。姫様はどこかへ出かけているんですか?」


「恐らくですが、また呪術師か魔導士……もしかしたら胡散臭い集団の元かもしれません」


「……一体何のために?」


「カリア姫は声を出せないのです。数年前、魔族に囚われてしまったときに呪いを受けて」



 その話を聞いて、ソラの頭には王都に着いたばかりの時に出会った少女の姿が浮かんだ。

 そんな偶然あり得ない。国の姫が自分と会話をするなんて。そうは思ったが、ソラは一応確認することにした。



「僕、カリア姫に会ったこと無いんですけど、どんな方なんですか?」


「そうですね……。まず金髪で――」



 ソラの心臓がドクンと大きな音を立てた。


「エメラルドグリーンの澄んだ瞳を持っていらして――」



 徐々に心音は大きく、早くなっていく。



「丁度ソラと同じぐらいの年齢で――」



 まだ似ているだけで済むかもしれない。そんなことを考えていたソラに止めがさされる。



「高価な装飾品がお似合いになる方です。王族なので当たり前と言えば当たり前なのですが、まったく着飾っている感じがないのです。確か……今日は水色のワンピースをお召しになっていたと思います。とてもお似合いでした」


「……」



 この瞬間、ソラは確信した。カリア姫が先程王都の門で出会った少女であるということを。



「ソラ? どうかしましたか?」


「いえ、何でもないです」



 ソラは何でもないとは言ったが、内心震えていた。それと同時に後悔もしていた。一国の姫相手に普通に接してしまったことに。その体に触れてしまったことに。何より、ソラはそのカリア姫に顔を見られてしまっている。そして、ソラは今どこにいるか。城内である。自分の置かれている状況に気が付いて戦々恐々としながら、ここでカリア姫に出会うことが無いようにと心底祈るのだった。



「ここです。この中で自分のスキルを確認できます」



 そこにあったのは控えめの神殿のような奇麗で白い石造りの建物だった。辺りの雑草は奇麗に刈られており、周りには何もなかった。そのせいか、神殿は不思議な雰囲気を漂わせていた。だが、今のソラにそんなことを感じ取る余裕などなかった。



「どうですか? 自分のスキルを知れる気分は? 私なんかは内心ドキドキでしたね、初めてここに来た時は」


「僕も凄くドキドキしています」


「……顔が青ざめているように見えますが、大丈夫ですか?」


「緊張しているだけです……」



 そう、ソラの心臓はこれまでないぐらいに高鳴っていた。スフレアが想像しているのとは別のベクトルに。

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