第一章 開幕
第01話 王都
「ソラ君、着いたよ」
村で貰った食料がほぼ尽きた頃、商人の男がソラにそう声を掛けた。
ソラが幌から顔を出すと、巨大な壁が見下ろしていた。それは街を守るための壁。それは高いだけでなく、簡単に破壊できないほどの厚みと強度を持ち合わせている。王都を外敵である魔族や魔物から守るためのものだ。
「ありがとうございました」
「いや、気にしなくていいよ。色々大変だっただろうけど、頑張るんだよ」
「はい!」
商人はソラをまるで息子でも送り出すかのように見つめていた。ソラの境遇を聞いて、一人王都へと出たソラに感動していたのだ。初めてソラの境遇を聞いた時もそうだったが、今この時も零れてはいないものの、その目は涙で潤っている。
ソラは商人の男と別れ、関所の列に並んだ。商人とは別の列である。商人はその仕事上、別口で検査を受けなくてはいけないからだ。
ソラはその歳と一人でいるということから周りからの視線はあったものの、何事もなく先頭まで来ることが出来た。やってきたソラに対して、関所の管理をしていた兵士は優しく声を掛ける。
「君、お金持っているかい?」
「これを見せれば通してくれると聞いたんですけど……」
そう言って渡したのはルバルドから渡された書簡。
「こ、これは……」
驚きも程々に兵士は中身を確認する。書簡はその入れ物の外見で、国に所属する人間ならどの程度の地位の者からのものかを判断できる。そしてソラが持っていたのは国最強とも名高いルバルドのそれだった。それ故に兵士の驚きも当然だ。
「ソラ様、こちらでお待ちください」
そう言って兵士が示したのは関所の兵士が使っている建物の奥にある部屋だ。
つい街に入れるものだと思っていたソラは驚く。
「街に入れるんじゃないんですか?」
「迎えの者が来るようなので少々お待ちください」
そんな兵士の対応により再び周りからの視線を全身に浴びることになったソラは、それから逃げるように奥の部屋にそそくさと入っていった。
そして、部屋に入ったソラは驚いた。それは辺境の村に住んでいたソラにも分かるほどの優遇。さほど広くない部屋だったがきれいに掃除されており、先程まで誰かが飲んでいたのかほのかに紅茶の香りが漂っている。部屋は中心にソファを挟んで机が一つ置かれているだけのシンプルなつくりである。
ソラは扉から近い方のソファの中心に腰掛ける。
(こういう部屋は扉から近い方が下座……のはず……)
普段使わないうろ覚えな礼儀作法を思い出しながら、緊張の面持ちでソラは先ほど言われた迎えを待っていた。
そして、数分もせずにその扉は開かれる。思ったより早くて助かった。そう思ってそちらを向いたソラは一瞬固まる。どう見ても迎えに来た、と言った感じではなかったからだ。現れた少女は、見た目ソラと同じぐらいの歳だ。だが、身に着けている衣装や装飾品はソラでも分かるほど高価なものだった。肩より少し下まで伸びた金髪、透き通ったようなエメラルドブルーの瞳を持っている少女が身に着けているのは、シンプルでありながら高級感のある薄い水色のワンピース。それに加えて、所作の端々からは育ちの良さが感じ取れた。ソラが自分との差を感じて呆けていると、その少女はソラの正面に座った。
混乱しているソラの方に時折視線を向けつつ、少女はスッと肩から掛けていた小さなポーチからペンと紙を取り出してすらすらと何かを書いてソラに差し出した。そして、ソラを文字を読みやすい向きにして机の上に差し出す。
”私もここで待つように言われたの”
「そ、そうなんですか……」
そう答えながらソラは不思議そうに首を傾げる。何故口を使って答えないのだろう、と。
そんなソラの動きで聞きたいことを察した少女はソラの方に向けている紙に文字を書き、ソラが読みやすいように机の上で180度回転させて自分の書いた文字を見せる。
”ごめんなさい。私、声を出せないの”
「いえ、謝らないで下さい。えっと……なんで声を?」
少女は同じように紙に文字を書いて意思を伝える。
”数年前に魔族から呪いを受けたの”
呪い。ソラはそれを詳しくは知らなかった。ソラは少女をまじまじと見るが、見た目には呪いを受けているような様子はない。だが、ソラは
自分なら助けられるかもしれない。そう思ってソラは静かに立ち上がった。
「少し失礼します」
ソラは少女へと手を伸ばした。始めは少し警戒していた少女だったが、ソラの真剣な瞳から邪な考えを持っていないことを何となく感じ取り、大人しくしていた。
やがてソラの指が少女の額に触れてソラは目を瞑り、集中する。それは先の全く見えない、真っ黒な水の中に沈んでいくような感覚。ソラは自分の感覚を頼りにその中を進み、やがてイメージしていた鎖を見つける。
その鎖はまるで何かを蝕むかのように幾重にも重なり、辺りに張り巡らされていた。ソラはそのうち一つに手を伸ばし、触れる。そして記憶を辿る。これを消すためにはあの時、母親を守った時に使った力が必要だ。あの時、何を思ったか。何を願ったか。そして、何を望んだか。
――消えればいいのに。そう思った。そう願った。そう望んだ。母親を助けるために。だからソラは記憶をたどりながら同じようにそれを行った。
次の瞬間、あの時と同じく自分の中にある力を感じ取った。そして今、その力をいつでも使える状態になったことを感じ取った。ソラは躊躇いなくその力を振るう。次の瞬間、音も立てずに、辺りに張り巡らされていた鎖は消滅する。まるでそこには何もなかったかの如く。
次の瞬間、ソラは大きな衝撃を感じ取る。頬に走る痛みと体を地面に叩きつけられるような痛み。気付けば体は地に伏せ、ソラの目に映る景色の右側には地面があった。
力を使った反動か、体に走った痛みのせいか、少しずつ意識が遠のいていく。完全に意識が遠のく寸前、ソラの目に性格の悪そうな、まるで見せびらかせるような派手な装飾品を身に纏った小太りの男の姿が映る。その景色を最後にソラは意識を手放した。
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