第18話 大賢者、手記を記す

 ある日突然邪神ゼハルは現れ、世界は二つの勢力に分断した。邪神ゼハルを崇拝するグループと、それに反対するグループだ。前者の言い分は「生贄と引き換えに世界に平穏を」だった。後者であった私たちはそれに反対し、対立し、争った。そして、争うたびに邪神ゼハルはその身を強化していった。だから早く終わらせなければいけなかった。そこで、私たちは実力のあるものを集め、それに対処することにした。



『大賢者』


『精霊王』


『エンシェントドラゴン』


『魔王』



 こう呼ばれていた者たちが中心となり、私たちはゼハルへと立ち向かった。魔族の頂点に立つ魔王は、魔族と人間を率いて敵勢力をけん制し、私と精霊王、エンシェントドラゴンはその間にゼハルの元へと急行した。






 結果から言えば倒すことは出来なかった。だが、精霊王の命を懸けた魔法と、エンシェントドラゴンの結界によって封印することには成功した。だが、邪神ゼハルは生きとし生ける者の負の感情を力に変える。私たちが封印したのはエンシェントドラゴンの力で造られた球状の水晶のようなものだったが、邪神ゼハルはその中に封印されてもなお負の感情を吸収し続けていた。封印するのに全力を使い果たした私たちに、それを倒すほどの力が残っているはずもなかった。






 暫くは封印したゼハルを我々で管理していた。だが、私たちがゼハルを封印する間に失った戦力は多大だった。人間と魔族で構成されている邪神ゼハルを崇拝するグループは、邪神ゼハルを取り戻すべく私たちへと攻勢を仕掛けた。完全に消耗しきっていた私たちと違い、邪神ゼハルの勝利を信じていた彼らは私たちの攻勢に対して防御に徹するという形を取っていた。そのせいでその時点での戦力差は明らかだった。






 邪神ゼハルは彼らの手に渡った。だが、精霊王が命と引き換えの魔法で強化したエンシェントドラゴンの結界はそう簡単に破れなかったようで、再び世界が闇霧に包まれる事は無く、私たちは睨み合うことになった。






 暫くして、私たちは自分たちに違和感を感じた。人は魔族に対して、魔族は人に対して嫌悪感を抱き始めた。精霊王がいないために私の予想だが、十中八九彼らの策略だろう。嫌悪はどう転がっても負の感情にしかならない。これが彼らの使った魔法程度ならまだいい。もし、これが邪神ゼハルの力を利用したモノであるのなら私たちに対処する手段はない。最悪なことに、私はこの世界でも有数の魔法使いだ。だから『大賢者』などと呼ばれている。そんな私が対抗できない時点で、その可能性は極めて高かった。






 すぐに私たちは武器を手に戦おうとした。だが、私たちは一つになれなかった。人間と魔族が互いに抱いてしまっている嫌悪はそれを出来ないほどのモノになっていた。それに加えて、ついに私たちの中に戦う理由まで失ってしまうものまで現れた。邪神ゼハルと言う共通の敵の存在を記憶から消され、人は魔族に、魔族は人に対する嫌悪感を抱かされた者が互いに協力するなど無理にもほどがある。






 私と魔王は、別々の地域に移ることに決めた。私たちの仲間は内紛直前の状態までなってしまっていた。いつ同士討ちを始めても可笑しくない。それならばいっそのこと別の地域に移ってしまおうと。きっとこれは彼らの策略なのだろう。それを私たちは分かっていた。だが、それを勧めるように彼らは攻撃を止め、リントブル聖王国という名を謳って国を作った。もう既に私と魔王、そしてエンシェントドラゴン以外の人間は邪神ゼハルの事を覚えていない。あの戦いの事すら覚えていない。彼らに対する憎しみさえ覚えていない。だから、私たちはこれ以上協力することを諦めた。






 だが、それは邪神ゼハルを倒すことを諦めた訳ではない。魔王は邪神ゼハルを崇拝するグループを含めている大陸とは別の大陸に、攻撃を受けにくいように移動した。エンシェントドラゴンは、他のドラゴンを引き連れて次の世代へと繋げるために子孫を育てるために、出来るだけ影響が出ないように離れた所へと移り住んだ。私は信頼できるものに国を作ることを命じ、魔法に関して能力の高い私たち一族を一つの村に纏めた。






 私はいずれ、全てを忘れてしまうだろう。だからここに記した。もし邪神ゼハルが再び現れているのなら、精霊王とエンシェントドラゴン、魔王を頼るといい。精霊王は南西に作った国の近くに、エンシェントドラゴンは北西の小さな大陸に、魔王は東の大陸に行けば会えるはずだ。敵も馬鹿ではない。もし誰も過去の事を覚えていないのならば、それは敵によってそうさせられたのだろう。だから私はこんな辺境の地に、この場所を作った。私は今、新たに誕生した精霊王と契約している。まだ人の言葉も話せない精霊王だ。試みてはいるが、恐らく言葉で未来へと残すことは不可能だろう。






 もしこれを見ているのが邪神ゼハルに反対しようとする者なのなら頼みがある。アレは放っておいても生き物を全滅したりしない。だが、受け入れれば待っているのは生き地獄だ。この場所へと辿り着けた君にここにあるものは全て譲る。扉を開けた君なら使いこなすのにさほど時間は掛からないだろう。






 ここから先は君次第だ。この話を信じるも信じないも自由だ。だからこの頼みを受けるのも受けないのも自由だ。私たちが倒せなかった――未來へと残してしまった邪神ゼハルを倒してほしい。この扉を開けた君ならきっと――。

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