第17話 魔王の妻、人間との関わりを持つ
「それでりくがね――」
心配していた娘は帰ってきてからリクと言う人間の話を楽しげに延々としている。人間と聞いて初めは嫌悪感を示さなかったわけではないけれど、リリィから話を聞いている限りでは私が思っているほど悪いものでもなさそうです。そういえば一年前も同じよなことを聞いたような気がするのは気のせいなのかしら。あの人もそんな悪い印象を抱いているわけではなさそうだし、きっと良い人なのでしょう。
そしてその翌日、私はリリィが楽しげに語っていたリクに会うことになりました。
「りくー」
その姿を見た瞬間に娘が満面の笑みで飛び出していく。あんな楽しそうな顔、親である私もあまり見る機会はありませんでした。そのリリィが喜んで飛びついて行った少年は見た目からは夫から聞いていたような力があるようには思えませんでした。
そしてそれはこの国を危機から救ってくれた時も変わりませんでした。リクが転移魔法で消えてから、他の皆言われるがまま外に出たのですが、その時には既に上空を飛び回っていたはずのドラゴンは一匹もいませんでした。私たちを心配して駆けつけてきた兵士たちによれば突然雷が落ち、文字通り消し炭になったとのことです。その後にもいろいろな話は聞きました。突然現れ魔物を倒し、街の中心へ向かうよう指示してすぐにその場を去った者がいると。一番最初に街の中心へと来た女の子が人間が助けてくれたと言ってくれた時点でリクだということは分かりましたが、私は一度も現場を見ていないのです。アイラたちに話を聞いてみると、
「リク様の魔法を見るのは街中じゃ難しい」
「あんなの街中で使ったら滅ぶよね、種族関係なく」
「主様が攻撃的な魔法を使うときってだいたい大事じゃからなぁ。見ない方が幸せと言えなくもない気がするのじゃ」
とのこと。私は戦闘に関しての知識は全くないですし、興味もないけれど、そこまで言うなら一度は見てみたい。そんな好奇心が叶うときは突如としてやってきました。
☆
朝方、私はアイラと一緒に調理場に立っていた。先程までリクもいましたが、アイテムボックスから次々と材料を出してすぐにどこかへ行ってしまいました。
「アイラ、それは?」
「これは……メノード島で採れたものだから名前はない。人間の住んでいる領域にもないものだから」
なぜそんなものがあるのか不思議に思って聞こうとしたが、そんな暇もなくアイラは手際よく調理を進めていった。時に魔法で火を出し、時に魔法で氷を出し、時に魔法で水を出し次々に美味しそうなデザートが出来上がっていく。
「アイラは魔法が使えたのですか?」
「リク様に教えてもらいながら練習してた。戦闘には使えない魔法ばかりだけど、料理に使う程度の魔法ならかなり上手くなった」
そもそも詠唱すらしていないことが気になるのですが、それはリリィが魔法を教えてもらっている時にでも聞くことにしましょう。私もリリィの分のデザートを作らなければならないのです。アイラに負けてはいられません。
~数時間後~
「これ、サリィの分」
「いいんですか?」
お言葉に甘えて、口に運んでみる。……美味しい。プリンは食べたことあったけれど、こんな味のものは初めてです。
「リク様がルカに勧められて美味しそうに食べてたから練習した。リク様のお陰で素材が最高級だから今ならあれより美味しい自信がある」
ルカに勧められて……ということは王宮料理とかですかね。それは多分、素材が良いだけで越えられるような味ではないはずなのですが……。
それから先、アイラといろいろ意見交換をして調理を終えました。意見交換と言っても、ほとんど私が一方的に質問をしただけなのですけれど。アイラからの質問はほとんどがここで一般的に食べられている食材の話でした。恐らく人間の街にはないものが多いのでしょう。こうなると、私も人間の街の食べ物を食べてみたいものです。
その後は、シエラさんの背中に乗せてもらって、エリンさんの転移魔法で一瞬で海上に移動しました。
☆
目の前ではリリィがリクから教えられたことをいとも簡単にやってのけています。こう言うと親ばかと言われるかもしれないけれど、私の娘は魔法の才能に関しては誰にも負けないと思います。特に最後の炎の魔法なんて凄かったです。魔王を決める制度の都合上、私は国でも随一の魔法使いの魔法も見たことがあります。でも、リリィの魔法ほどの威力はなかったはずです。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
そんな軽い言葉と共にリクは私たちから離れ、シエラさんはリリィの時よりも離れて……離れ過ぎではないでしょうか? 目を凝らさないとリクの存在を確認できないのですが……。
「シエラ、結界張ってる?」
『ナイスじゃ、アイラ。危なかったのじゃ』
結界? ……あぁ、文献で一度読んだことがあります。エンシェントドラゴンが使えるとか……。先ほど一瞬だけきらりと見えた私たちを囲むような何かがそうなのでしょうか? ……いえ、問題はそこではありませんね。何故リリィの時に使わず、リクの時……それもこれだけ離れたところで使うのでしょうか。
「もう! お兄ちゃんが近くにいないんだから何かあったら大変でしょ!」
「私がいるのでその時はどうにかしますよ。シエラ以外は」
『おい羽虫。最後の一言は要らないと思うんじゃが』
「私は余計なことなんて言ってませんよ? 聞き間違いじゃないですか? 私は「シエラ以外は」と言ったのです」
『妾には余計な一言しか聞こえんのじゃが……』イラッ
どこか不穏な空気が流れ始め、私たち親子が戦慄していると、アイラとルカが果敢にも仲裁に入った。
「シエラ、落ち着いて。エリンはシエラの強さを認めているから助ける必要がないと判断しただけ」
『なるほど、納得じゃ。いや~、強者が故、というやつじゃな』
「エリンさんも。精霊王がそんなんじゃ器が小さいとか思われちゃうよ」
「それもそうですね。心の広い私はこんなトカゲでも助けましょう」
なんでしょう、この手慣れたやり取りは。もしかして日常的なことなのでしょうか……。そんなことを考えていると、リクがいる方向から急に日に照らされた時のような光を感じた。そちらを見ると、リリィとは比べ物にならない程の炎が現れていた。
「やっぱりりくはすごいっ!」
「これは……。底知れぬとは思っていたが、これほどとは……」
この人がそこまで言うのも分かる気がします。リリィの魔法を見た後だからこそよく分かるその異常さ。次元が違う、とでも言うのでしょうか。それにしても、これほどの力、才能という一言で片付けていいものなのでしょうか……。
そんなことを考えていると、シエラさんがひとりでに話し始める。
『いや、主様。全然威力下がってないのじゃ。……おぉ、少し弱ま……いや、今元の戻ったのじゃ』
「シエラさん?」
「シエラは人の心を読める。今シエラはリク様に威力を教えてる。リク様の位置からだとどのぐらいの威力か分からないから」
まぁ、確かに分からないでしょうけど。それと一つ気になったことが。他人に威力を教えてもらっているということは……。
「確かお前はアイラと言ったか。リクは自分で威力を調整できないのか?」
「出来ない訳じゃないけど、ある程度の威力になると難しいみたい。エリンと会ってからは、エリンが調整しているから気にすることも無くなった」
「精霊はそんなことができるのですね」
「いえ、普通は魔法の威力を上げるんですよ? その逆をしている人なんてリクぐらいです」
つまり、エリンさんが本気でリクの魔法の威力を上げれば……。
そんな想像をしていると、辺りの海面に巨大な影が現れ始める。
「あの、あれは……」
「ここらの海域にはあんなサイズのがいるのか。初めて来たが想像以上だな……」
「おとうさんでもたおせない?」
「い、いや? 地上に引きずり込めばお父さんの方が強いぞ」
「おとうさんもすごーい」
リリィは凄いと言っているけれど、船の上なら勝てないということですよね。これは一旦離れた方が……。
『アイラ、あのサイズは捌けたりするのかや? ガノード島の魚より大きいらしいのじゃが……』
「リク様の魔法があれば」
『主様、問題ないのじゃ! ちゃんと手加減するのじゃぞ!』
会話からしようとしていることは理解できても、頭がついて行かない。そんな中、リクに有り得ない大きさの魚が飛びつく。次の瞬間、空中から雷が落ちて魚は文字通り塵になってしまった。
『主様、何をしておるのじゃ! エリンをそちらに向かわせるから少し待つのじゃ! ……ちょっと待つのじゃ主様、その練習中に倒した魚は十中八九塵になるじゃろ。そんなことないと言われても全く信じれんのじゃが⁉』
「シエラ、リク様なんて言ってるの?」
『あと三回は練習させて欲しいらしいのじゃ。妾の魚が……』
「シエラさんの食べる量考えたら割と大事なことだよね」
「私がまだデザート食べ終わってないので、食べ終わってからとリクに伝えてください」
『ちょ、ちょっと待つのじゃ! それなら後でも……』
「溶けるのもあるからダメ。リク様がいないからアイテムボックスも使えない」
「シエラさん、少しぐらい我慢覚えたら?」
『ぐっ。ルカにそんなことを言われる日が来るとは……』
「ちょっと待って。ねぇ、シエラさん。それどういう意味?」
この方たちのメンタルはどうなっているのでしょうか。あんな巨大な生き物を前にして怖がる素振りを全く見せないなんて……。
その後、エリンさんがデザートを食べ終わるまでリクは魚を消し飛ばし続け、シエラさんからの文句に負けたリクはエリンさんの力を借りて大量の魚を狩ってアイテムボックスの中に入れて戻ってきました。私も少量ですがアイテムボックスは使えます。しかし、私はそれを見てアイテムボックスとは思えませんでした。一体あのアイテムボックス、どうなっているのでしょう。そもそも、私の知っているアイテムボックスと同じなのでしょうか。
リクとエリンさんが魚を狩っている間にそのあたりの話を私たち家族はアイラとルカから色々と聞かせてもらった。最も、リリィは空中を忙しなく移動しながら魚に雷を当て続けるリクに釘付けではありましたが。
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