第22話 天才魔法使い、知り合いに出会う

 例の関所で身分証明書を貰ってから数日進んだ日の朝。



「ねぇ、何でまたアイラがお兄ちゃんの布団に入ってるの?」


「何度も言ってる。私の寝相が悪いから」


「寝相が悪くて他のベッドに行くとか言いたことないんだけど」


「世の中は広い。ルカの知らないことも沢山ある」


「それは……そうかもしれないけど……」



 アイラのそれっぽい言葉に乗せられ、いつものように煙に巻かれるルカ。ストビー王国を出てからこんな光景を毎日のように見ている。



「二人とも朝から元気すぎるのじゃ。そんなことより今朝は肉が食べたいのじゃ!」



 朝から肉とかシエラも十分元気である。

 そんなこんなしていると、ポケットからエリンが顔をのぞかせる。



「私はもう少し寝たいので、朝食が終わったら声を掛けてください」


「了解」



 エリンは意外にも朝は弱い。結構しっかりしたイメージを持っていたのでそれを知った時は結構驚いた。



「リク様は何食べる?」


「う~ん、何かフルーツをお願い」


「分かった」



 その言葉を聞いたエリンがポケットからふらふらと飛び出し、僕の肩に乗る。



「私もそれ貰います」


「ん。二人分用意しとく」



 そのフルーツやデザートに対する執念は一体どこから来るのか。



「ん? 主様、誰か来たのじゃ」


「こんな森の中に?」



 一応道はあったのだが、シエラの姿が見えると騒ぎになりそうなので少し離れた所を通って移動していたのだ。そのため、野宿のために降りたのは道からかなり離れた森の中だったりする。

 シエラに指さされた方向を見ていると、黒髪の5歳にも満たない女の子が姿を現した。身にまとっている衣服は随分と高価なものなのだろうが、かなり痛んでいる。



「「「っ!」」」



 アイラ、ルカ、エリンが一瞬身構える。その子の額からちょこんと生えている二本の角を目にしたからだろう。



「なぜ身構えるのじゃ?」


「あの子が魔族だから」


「なんじゃ、人間と大して変わらんではないか」



 シエラにとって角が生えているかどうかなんて些細な問題なのだろう。確かにドラゴンと人間の違いからしたら些細なものである。

 皆が身構えているが、僕はその顔に見覚えがあった。

 その子はこちらを見て一瞬身構えたが、僕の方を一見するとすぐにこちらに向かって走ってきた。



「り~くっ――」



 が、途中で倒れて、そのまま意識を失ってしまった。僕はすぐにその子を木陰に寝かせて休ませる。



「えっと……、お兄ちゃん?」


「この子は大丈夫だよ」



 随分傷だらけだな。魔法で癒しておこう。それにしても、また人間の領域で迷子とは。



「疲労がたまっているだけのようですね。暫くしたら意識も戻ると思います。それでリク、その魔族の子供とは会ったことがあるのですか?」


「話、ちょっと長くなるけどいい?」



 皆が了承してくれたので僕はこの魔族の女の子、リリィと会った時のことを話すことにした。



「僕が村を出る1年ぐらい前だったかな――」





 僕はいつも通り、真夜中に村を抜け出して少し離れたところにある湖の近くで魔法の練習をしていた。ただただ低威力の魔法を正確に操る練習をしていた。そこへどこからともなく女の子がやってきた。その子は僕を見て口を開いた。



「……誰?」


「いや、それこっちのセリフなんだけど」


「わたしはりりぃ」



 なんだろう、このふわふわした雰囲気というかぼーっとしているような感じは。見てるだけで不安になる。それにこの角……魔族かな? もっと怖いイメージあったんだけど。



「僕はリクだよ。リリィはこんなところで何してるの?」


「……分かんない」


「……え?」



 魔族がこんなところに目的もなくいるものなのだろうか。



「お父さんとかお母さんはどこにいるの? 僕もついて行ってあげるから戻ろう?」


「りりぃのおうちどこかわかるの?」



 そんな希望に満ちた目で見られても僕にはわからない。



「さっきのばちばちするやつもういっかいみたい」


「え? あぁ、これのこと?」



 僕は木にもたれるように腰を下ろして、親指と人差し指の間に雷を出す。



「きれー。わたしもやりたい」


「その前にどうやってここに来たのか教えてくれる?」


「えーとね。なんかまるいのにさわったら、ぴかってなって、きがついたらあのなかにいた」



 そう言ってリリィは木々の生い茂った方向を指さす。

 確か魔族がいるのはここからはかなり距離のある、東の端のリントブル聖王国からさらに海を越えたところにあるメノード島にいるはずである。丸いのに触って光って気付いたらここに居た。ということは何かしらの魔道具なのだろうか。そんなの聞いたことないな。ま、この村とシートルの街しか行ったことのない僕の知らないことなんて沢山あるだろうけど。

 一人でそんなことを考えていると、リリィのお腹が鳴る。



「何か食べ物持ってきてあげるからちょっと待っててね」


「わたしもいく!」


「ごめん、それはちょっと難しいかな。ここで待っててくれるとすごく助かる」


「むぅ……。わかった」



 確か魔族って人間と戦争をしているはずだし、村の人からちらりと聞いた話ではかなり忌避している様子だった。ばれたら面倒なことになりそうだ。かと言ってこの子置いていくのも心配だな。

 少し考えてからリリィが来た森の中へと入っていく。



「ちょっとこっち付いて来て」


「うん!」



 適当に魔法でテント……というか簡易な寝床を作る。まだ練習中で所々形が悪かったりしているが、そこは許してほしい。



「すごーいっ!」


「何か食べるもの持ってくるからちょっとここで待っててね」


「わかった!」



 まだ人前で魔法を使ったことがないので、こういう反応をされると普通にうれしい。

 ……村の倉庫の備蓄、少しぐらいとってもばれないよね?





「って感じで会ったことあったんだよね」


「それで結局この子……リリィだっけ? なんでお兄ちゃんの村の近くにいたの? 何もなかったんだよね、その辺」


「この子の家に転移できる魔道具があったんだって。腕の立つ魔法使いが数日掛けないと発動できないような。それをリリィがたまたま触っちゃって発動したらしい」


「じゃあこの子ってそういう才能があるってこと?」


「多分ね。で、その後リリィのお父さんが迎えに来たんだよね。数日後に。それまで僕が村の人の目を盗んで食料をくすねたり、様子を見に行ったりして生活してたんだよね」



 食料をくすねるのは罪悪感に耐えられずにほとんど僕のご飯をあげたんだけど。 

 ちなみに、僕が魔族に対して嫌悪感を抱かなくなったのはリリィと会ってからだ。どの人間から聞いても、実際に魔族のリリィにあっている僕からすれば絶対会ったことないだろうと思えるようなことを言っていた。



「その後、リク様はどうやってリリィをメノード島に返したの?」


「リリィのお父さんが来たんだよ。来た時と同じ魔道具で」



 そして、僕はその時のことを再びみんなに話し始める。




 やけに月明かりの強い夜、リリィと湖を眺めながら話をしていると、リリィがやってきた方向から声が響いてきた。



「リリィ!」


「おとーさん!」



 この時、リリィが僕の膝の上にちょこんと座っていたせいか、リリィの父親の表情は鬼がいたらこんな顔なんだろうなと思えるほどのものであった。

 リリィの父親の頭の左右から生えているのは、リリィの額から生えている角のように可愛らしいものではなく、禍々しい雰囲気さえ感じる立派なものだった。禍々しく感じたのは表情のせいと言われれば、そうだったかもしれない。



「何者だ?」



 この親子は名乗るときは相手から、と言う教わり方でもしているのだろうか。



「おとーさん、そういうときはじぶんからなのらなきゃいけないんだよ!」



 数日前のリリィに聞かせてやりたい言葉である。

 その後、軽く自己紹介をしてリリィがここに居た経緯を聞いた。僕のことはリリィが話してくれたので、どうにか警戒は解けた。



「しかし助かったぞ。まさか人間に助けられる日が来るとは」


「僕もこんなところで魔族に会うとは思いませんでしたよ。それで、どうやって帰るんですか?」


「リリィが発動させた魔道具を二つほど持ってきたのだ」



 そう言ってリリィの父親が懐から出したのは、不思議な色をした水晶だった。



「行先はメノード島にしてある。これを使えば一瞬でメノード島まで行ける」


「りくもいっしょにいく?」


「やめとくよ。一度は行ってみたい気もするけどね」


「リクなら歓迎しよう」



 この人に歓迎してもらえるのなら本当に行ってみてもいいかもしれない。



「僕、そのうち旅をしようと思ってるんです。もしメノード島に行くことがあったらお願いします」


「おぉ、是非来てくれ。娘の面倒を見てくれた礼もしたいしな」



 それを言ってリリィの父親は一つ咳払いをする。



「助けられたばかりで申し訳ないのだが、力を貸してくれないだろうか。これを動かすにはかなりの魔力が必要なのだ。リクなら出来るのではないか?」



 僕が魔法を使っているところなんて見せていないし、リリィも話していないのになぜ分かったのか。そう聞こうとしたが、こちらへと向かっている気配に気が付く。松明の明かりが遠くでちらついていたのだ。



「どうすればいいんですか?」


「ここに手をかざしてほしい」


「分かりました」



 僕が手をかざすと、水晶は輝き始める。



「すごいな、こんな一瞬で。人間とは恐ろしいものだ。できればリリィの分も頼む」



 そう言われて、手をかざそうとしたのだが、その手をリリィに掴まれた。



「リクは来ないの?」


「時間はかかるかもしれないけどいつか行くよ。その時はリリィの街案内してくれる? 美味しいご飯が食べられるお店とか」


「……わかった」



 僕が付いてこないと分かったからか、リリィは少し寂しそうな表情を見せる。何というか、そんな目で見られると心に来るものが……。

 僕が魔力を込めた水晶はリリィに渡される。



「りく、ぜったいきてね」


「来るときは俺の名前を出してくれ。周りが何を言おうがどうにかする」



 リリィの父親、言うことがカッコいいなぁ。そんなことを思いながら魔道具によって光に包まれていく二人を見送る。

 この後、僕がいないのに気が付いて探しに来た村長を、村から離れた場所まで夜中に散歩しに来ていたとかいう無茶な言い訳で誤魔化した。それから暫く、僕がいるかどうかをたまに確認しに来るようになったので、村をこっそり抜け出すのが難しくなったのもいい思い出である。





「うぅ……」



 そんなこんな話をしていると、リリィの目が覚める。それと同時にシエラもピクリと反応した。



「主様、かなりの人数がこっちに向かっておるぞ」



 こんな山の奥でなぜ大人数がいるのか。それは、傷だらけだったリリィのことからそんなこと考えるまでも無く分かる。

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