第23話 天才魔法使い、魔族を庇う

「目が覚めた?」


「りくっ!」



 リリィががばっと僕に抱き着く。その目には涙が浮かんでいる。リリィに何があったのか聞こうとしたところで複数の方向から様々な属性の魔法が飛んでくる。



「エリン」


「分かってます」



 エリンによって僕が飛んできたのに対抗して放った魔法は、飛んできた魔法一つ一つに対して丁度相殺できる威力に抑えられる。火属性の魔法は火事にならないように水属性の魔法で相殺しておいた。その後、すぐに武装した集団がこちらへと襲い掛かってきた。

 再び放った僕の雷の魔法をエリンが威力を調整し、襲い掛かってきた者を全て気絶させる。……つもりだったのだが、ほとんどの者がふらふらとしながらだが立ち上がる。



「お兄ちゃん、この人たちの装備、リントブル聖王国の兵士だと思う」



 言われてい見れば羽織っているマントのに描かれている文様は関所にあった物と同じだ。鎧が明らかに今まで見て来た兵士たちと違ってしっかりしている。僕の魔法で気絶させられなかったのもそのせいだろう。

 僕の魔法を警戒してか、僕らを囲っている兵士達は一定の距離を保って近づこうとしない。シエラに乗って逃げるか転移魔法で逃げるか迷っていると、どこかで見覚えのある鎧を身に纏った赤髪の強気そうな女とメガネをかけた理知的な雰囲気の漂う男がこちらへと近づいてきた。



「その魔族をこちらに渡せ」


「そうすれば命だけは助けてやる」



 その言葉が嘘であることに僕はすぐに気づく。僕らの上空には山の中で放つには大きすぎるほどの魔力が集まっている。詠唱が終わるための時間稼ぎと言ったところかな。魔力が集まっている方に手を向けて、フェリアが見せてくれたように魔力を撃って辺りに散らしておく。

 弟子の技を真似したようで、師として慕われている身として何かやるせない気持ちになったのは内緒である。



「なっ!」



 うん?



「モンド、どうかしたの?」



 こちらから目を離さずに赤髪の女がメガネの男に声を掛ける。



「魔法が……無効化された……」



 やっぱり僕がしたことに対する反応だったか。なぜそれに気付けたのか気になるところだが、それどころではない。と、思っていたのだが、次の言葉で事情が変わってくる。



「お前、私たちの国の研究員か?」



 僕は次の言葉を少し考えた。



「さあ、どうだろう。正方形の魔法を無効化する魔道具のことなら知ってるけど」


「――っ! この裏切り者がっ!」



 赤髪の女が物凄い剣幕で怒鳴り散らす。

 となるとヒュドラの中にあった魔法を無効化していたあれはこの国のものか。そうじゃないと魔法を無効化されて「国の研究員か?」なんて考え浮かばないだろうしね。僕らの外見を見ればそんなことないだろうと想像できるだろうが、そんなことを口走るのは魔法を無効化されたことに対して余程動揺しているのだろう。

 さて、これはデルガンダ王国とストビー王国に連絡した方がいいのだろうか。でも、戦力的に絶対敵わないみたいなこと言ってたな。伝えたところでどうにもならなさそうだし、そんな急がなくてもいいか。

 目の前の二人のは動揺しつつもこちらを警戒している。リリィが僕にしがみついて怖がっているのでさっさと終わらせよう。



「エリン、さっきより強めにしてくれる?」


「やってみます」



 人差し指を立て、スッと降ろす。



「全員下がれっ!」



 勇者の二人に躱される。が、他の兵士達は反応しきれなかったらしく、そのまま地に伏せた。このモンドとか言う勇者、魔力の感知をしているのは間違いない。多分だけど、こちらを向いて構えている束の先に奇麗な水晶の付いている短剣のお陰だろう。ロイドが持っていたものとデザインが似ているので多分聖剣だと思う。僕が魔法を使おうとしたときや上空に魔力が集まっていた時、水晶かすかに光を放っていた。

 ……とすると赤髪の女が持っているメイスも聖剣の類なのだろうか。剣の形ではないが、その装飾は短剣と同じくロイドの持っていた聖剣と酷似している。



「何の真似だ!」



 えぇ。いきなり襲ってきた相手にそんなこと言われる筋合いないんですけど。



「それ以上魔族を庇うのなら本当に手加減しませんよ」


「じゃあ別に手加減しなくてもいいよ」



 リリィを差し出すつもりないし。

 シエラ、何か仕掛けてきそうだったら一応結界張っておいて。多分あれも聖剣だから何してくるか分からない。



『了解じゃ』



 シエラの結界は透明なので触れないと気づかれる事は無いと思う。



「レイス、やるのか?」


「やるしかないじゃない! 相手は魔族なのよ!」



 戦争ってここまで極端に相手を嫌うものなのか。話せば人間とそう変わらないことなんてすぐ分かるだろうに。



「ねぇ、なんでそんなに魔族を毛嫌いしてるの?」


「魔族だからに決まってるでしょ!」



 赤髪の女が僕の質問に答える。



「それだけ?」


「それだけで十分だ。それに、魔族を根絶やしにすれば魔物に襲われることもなくなる」



 ……ん? いや、それは関係ないと思うけど。そんなことを考えてると赤髪の女、レイスが詠唱をはじめ、すぐに魔法を放つ。



「『ファイアボール』!」



 それは確かにファイアボールだったが、その威力がおかしかった。詠唱による魔法には込められる魔力に上限がある。だがそれは、その範囲を大幅に超えていた。魔力の流れでそれが手に持っているメイスの効果だと直ぐに分かる。取り敢えず水の魔法でかき消しておく。同じ魔法で相殺したら山火事になりそうだし。結界はシエラが僕に合わせて発動させないでくれた。



「ぐっ。引くわよモンド」


「あぁ、分かってる」


「ちょっと待って、この人たち連れ――」



 僕の言葉を全て聞かずに二人は森の奥へと姿を消してしまった。

 近くに倒れている兵士たちは……そのままでいいか。暫く起きないだろうし。魔物に襲われないように優しさで木の上の方に引っ掛けておく。いきなり攻撃してきたしこれぐらいやり返しても罰は当たらないだろう。



「りく……」


「取り敢えず何があったか教えてくれる?」


「……うん」





「じゃあ、気付いたらこの辺にいて急にあの人たちに追いかけられたの?」


「うん。りくがいなかったら……」



 リリィが本気で魔法を使ったらこの辺り一帯を焼け野原にするぐらいは出来るのを僕は知っている。少なくとも、一年前のリリィは魔力をすべて使えば、湖を蒸発させることぐらいなら出来る。多分誰も殺さないように逃げていたのだろう。

 さて、この後どうするかだがそんなものは決まっている。リリィのお父さんはリリィを溺愛している。ここに居ることを知ったら絶対何も考えずに突っ込んでくるだろう。



「ちょっと予定変更してリリィを連れて帰りたいんだけどいい? リリィのお父さんなら暴れかねないから。出来るだけ早くしないと戦争になりかねないし」



 僕の言葉にみんながピクリと止まる。



「リク様、その子のお父さんって――」


「魔王だよ」



 皆がリリィの方を見て驚きの表情を浮かべる。

 本当に早くしないと碌なことにならないので、すぐに出発することになった。元の姿に戻ったシエラにバフ系の魔法を全力でかける。



「リク、転移魔法の方が速いのではないですか?」


「何かの間違いでこっちに向かってて入れ違いになったら笑えない状況になるから一応ね」



 リリィたちが僕の村に来た転移魔法は一つで一人が限界で、魔力もかなり量が必要で貯めるのは一日二日では終わらないと言っていた。それに、魔力を貯めてもその状態を維持できないから常に使える状態にはしておけないとも。リリィの手が届く場所にあったのも、使えない魔道具だと思われていたからだろう。

 リリィがこちらに連れてこられたのが昨日か今日だとすればまだこちらへは来れないはずだ。確か一年前にリリィが来た時、その転移先を把握していたので今回も恐らく分かっているだろう。この場所なら魔道具に魔力を込めるより船で来た方が早い。

 僕は焦燥感を抱きながらみんなと共に東にあるリントブル聖王国を超えて、その先の海の向こうにある魔族が住んでいると言われる島、メノード島を目指した。





(あいつ一体何者なのよ……)



 勇者レイスはそんなことを考えながら城へと急いでいた。緊急用の魔道具で王国のすぐそばまで転移してきたのだ。魔道具は使ってすぐに壊れてしまった。魔族とは違い、何度も使えるようなものはまだ作られていなかった。

 詠唱の短い魔法を聖剣を使って威力を上げて放つ。レイスにとってそれは絶対的に自信のある一撃だった。相手は反応できたとしても正面から防ぐのはレイスより長い詠唱が必要なので正面から防ぐのはほぼ不可能。避けるしかないが、避けられないほどの大きさと威力なら確実に倒せる。……はずだった。



「ロイドがいればどうにかなったかもな」



 モンドがそんなことを言う。ロイドは身体能力と剣技において、努力なんてしなくても他の者を圧倒できるほどの才能を持っていた。相手は魔法使いだ。ロイドがいて、近接戦に持ち込めれば勝てたかもしれない。そう考えたのだ。

 二人はそんなことを話しながら王国へとたどり着き、あった出来事を全て王国に話した。

 そして、すぐに事態は大きくなり、他の国へと連絡が飛ぶ。





「父上、これは……」


「むぅ……」



 リントブル聖王国から届いた手紙に書かれていたのは、エリンと呼ばれる精霊を操る者たちを3国で協力して抹殺するというものだった。そこに書かれてあった特徴を見ると、考えるまでもなくリク達のことだと直ぐに分かった。



「魔族を庇った、か……」


「父上、リクにも何か事情があったのではないですか?」


「確かリク殿は戦争には興味がないと言っておった。リク殿なら傷ついた魔族を見たら助けるぐらいのことはしそうじゃしな」



 その場には二人の王族だけでなく、大臣たちが集結していた。



「じゃが、どの道儂らの取る手段は一択じゃ」


「そうですね。父上と私はこれでいいと思うが、皆はどうだ?」



 マルクス王子の言葉に反論するものは誰もいなかった。





 リントブル聖王国からストビー王国に届いた手紙はデルガンダ王国と同じものだった。



「全く、リクは何をやっているんですか……」


「お姉ちゃん、どうするの?」


「そんなの決まっています」



 ラエル王女は精霊界を通じて連絡を取ろうとも考えたが、すぐにやめた。リクがストビー王国にいたときにその手段を使えたのはエリンが人間の言葉を話せるからだったからでこちらから連絡をすることは出来ても向こうから連絡を受け取ることは出来ないのだ。



「では、反対する者はいませんね」



 こちらもデルガンダ王国と同じ結論を出し、それに反論するものは誰もいなかった。

 こちらの状況だけでも伝えておこうとラエル王女は精霊を呼び出した。

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