第16話 天才魔法使い、国を救う

 自分から志願して魔物の前に出たものの、魔物の群れがこちらに近づいて来れば来るほど彼らは後悔していた。それと同時に全く動じない二人と一匹の精霊を不思議に感じていた。



「それで、何か策はあるのか?」



 デミラウスが声を挙げる。ラエル王女やギルドマスターから妙に信頼されていたため、何か策があってのことだろうとその場の全員が思っていた。勝算があるのだろうと。



「無いですよ。正面から突っ込むだけです」



 だが、リクから帰ってきたのはそんな言葉だった。



「お姫様の護衛をしている割にはおつむの方は弱いんだな。あれだけの数、策もなしにこの人数でどうにかできる訳ないだろう」



 思わずデミラウスは皮肉を漏らす。Sランク冒険者と言えど、あれだけの数のヒュドラを相手に勝てるとは思えなかった。それでも、今更逃げても無駄ということも理解していた。だからこそ、必要ないというリクたちの意見に反対してまでもここに来たのだ。

 彼らの常識の範囲で考えればこれも仕方ないことだろう。だが、そんなことを知らない精霊と少女は辛らつな言葉を彼らに投げる。



「相手の実力も図れない者が冒険者トップとは呆れたものです」


「ま、所詮雑魚ということじゃろうな。相手が主様では仕方ないことではあるのじゃが」



 デミラウスは精霊が言葉を発していることに対する疑問も忘れて言い返そうとしたが、すんでのところで言葉を飲み込んだ。魔物はすぐ近くまで来ていたため、それどころではなかったのだ。



「武器使うのも久しぶりだな」


「普通、魔法使いはそんなもの持ちませんよ」


「主様じゃからなあ」



 焦りを浮かべるデミラウスを余所にリクたちは特段焦った様子もなく会話を交わしていた。

 リクが片手で持っている刀が青い光を纏いはじめる。それが何かは分からなかったが、その場にいた彼らは一瞬目を奪われていた。



「シエラ、食料にしようとか考えないでね?」


「何故じゃ!? ちょっと傷つけんようにするだけではないか!」


「これだから……。今は後ろにお荷物がいるのです。そんなことをすれば私とリクの仕事が増えます」


「ぐっ……」



 リクたちの言葉に彼らは混乱する。いったい何を言っているのかと。



(お荷物?)


(それは街のことか?)


(もしかして俺たちのことか?)


(いや、それ以前に食料って何!?)



 だが、彼らはそれらの考えを捨て、武器を構える。今は目の前の敵に集中しなけらばならない。勝算はないが、彼らは簡単に殺される気はなかった。



(全く、こんな時に食料とか何を考えているのか)



 そんなリクの考えを読み取り、シエラは渋々と目の前の獲物を食料にすることを諦める。



「仕方ないのじゃ……」



 シエラの体が光だし、本来の姿に戻る。

 その姿を見たものは恐怖に駆られた。ほとんどの者が足が震えている。



「……武者震い?」


「いえ、シエラの姿におびえているのだと思いますよ」


「あぁ、なるほど。確かにこのサイズのドラゴンって迫力あって怖いよね」


『主様よ、思ってもないことを言うでない』


「そんなこと言われても見慣れちゃってるし」



 リクはトンッと軽くジャンプして空中で着地する。足場を作れることを確かめたのだ。



「よし、行くか。取り敢えず近づいてきたやつから片付けよう。街の防衛優先で」


「分かりました」


『了解じゃ』



 シエラが国全体に結界を張る。ちなみに、後ろの冒険者や兵士たちは入っていない。



「僕たちが倒し損ねたヒュドラの相手をお願いします」


「あ、あぁ」



 呆気にとられて、デミラウスの返事は自分が出そうとしたものよりも弱々しい声になってしまった。

 そして、リクたちは飛び出そうとしたところでヒュドラたちが黒い霧を纏っていることに気が付く。



(エリンが言ってたのはこれのことか……。ま、どの道やることは変わらないけど)



 リクたちは躊躇い無くヒュドラのいる方向へと向かっていった。





 そこから先の景色は手練れである彼らの心を折るのには十分すぎるものだった。見るだけで次元が違うと感じ取れた。

 リクの刀は青い光の筋を残して、再生の追い付かない速度でヒュドラの首を落としていき、シエラの炎はヒュドラごと辺り一面を焼け野原へと変化させ、こちらへ近づいてきたヒュドラは足元にエリンによって足元に描かれた魔法陣に落ちていき、遠くの上空に現れた魔法陣から落ちていく。



『主様、一匹遠くで戦いに参加していないヒュドラがいるのじゃ』



 リクはふと思う。動かないのにいるという事はなにか目的があるのだろうと。そして、この魔法の妨害、ヒュドラが現れてから起こったのならそいつが原因なんじゃないかという仮説を立てた。



「シエラ、そいつここまで持ってこれる?」


『了解じゃ』



 シエラがいなくなった分を埋めるため、リクとエリンが今まで以上に動き回り、ヒュドラが街へと近づかないように戦う。

 一分もしないうちにシエラの腕に掴まれたヒュドラがリクの近くに落とされる。

 高所から落とされて足が変な方向に曲がっているのが原因かは分からなかったが、そのヒュドラはピクリとも動かなかった。



「リク、その頭の中に何かあります」



 何かを感じ取ったエリンの言葉を聞いて、リクはエリンの示す9つの内1つの頭に刀を突き立てた。

 すると、中で何かが割れたような音がした。

 もしやと思い、リクが魔法を使おうと試みると、手のひらに火の球を作ることに成功した。



「エリン!」



 その一言でエリンはリクがしようとしていることを理解し、リクの魔力を使って、生きているすべてのヒュドラが収まるほどの巨大な魔法陣を地面に描く。すると、全員が魔法陣の中へと落ちていく。また、リクの心を読んだシエラも目的を察してリクの元へと戻る。

 離れたところの上空に現れた巨大な魔法陣から大量のヒュドラが地面へと落下する。それを確認したリクは手の平を天へと向け、それを振り下ろした。

 現れた雷は再び上空に現れた魔法陣によって威力の加減がされる。



「すごい……。魔物にしか当たってない……」


「なんとか魔石が残る程度には威力を弱められました」


『体が残れば完璧だったのじゃが……』



 ギリギリ、リクたちの会話が聞こえた冒険者や兵士たちは驚きを通り越して呆れていた。



「体と言えば、こいつらの死体少し回収しとかないと」



 リクは寝不足になっていたギルドマスターを思い出し、申し訳なく思いながら、早い段階で仕留めて、エリンの魔方陣を逃れた数匹のヒュドラの死体をアイテムボックスに回収した。



(また寝不足にしちゃったら悪いな……)



 そんなことを考えているうちにシエラが人の姿に戻る。



「ふぅ。朝ご飯食べたら少し休もうかな」


「私はお礼に甘々のデザートを王女に請求しに行きます」


「妾はアイラにこいつらの料理をお願いするのじゃ」


「ねぇ、こいつらのこと見てた? 黒い霧まとってたし流石に止めた方がいいんじゃない?」


「妾の胃袋に敵うものなどいないのじゃ!」


「ごめん、流石に心配だから止めてくれない?」


「ぐぬぬ……。仕方ないのじゃ……」



 そんなシエラの様子を見てリクとエリンは呆れた表情を浮かべる。

 そんな様子を格子状の門の向こうから見ていた城のトップたちは理解する。デルガンダ王国が何故一人の旅人相手に降伏宣言にも近い条約を結んだのか。そして、それを理解した彼らによって、すぐに同じ条約を作るための準備が進められるのだった。



(あれ、何だろう、このデジャヴ。デルガンダ王国でもドラゴン倒した後、皆があんな表情でこっちを見てたような……)



 そしてリクは気が付く。この街もまともに歩けなくなることに。



(……エリンがいるから大丈夫か)



 デルガンダ王国を出るとき、次の街では目立たないようにするという自分で立てた誓いを忘れていたことを少し反省しながらリクはシエラ、エリンと共に街へと戻った。

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