第09話 天才魔法使い、貴族に会う

「アイラ、大丈夫?」


「リク様……ごめん」



 別にアイラが謝ることでもないと思うんだけどな。それに……。



「困ったことがあったら頼ってくれてもいいんだよ」


「……ありがとう」


「そっちの子も大丈夫?」


「あ、ありがとうございます」



 倒れていた子を起こして、僕はさっき怒鳴っていた男に向き直る。この人はアイラたちと違って狐の獣人だ。特徴を一つ上げるとすれば、目つきが物凄く悪い。



「こんな悪意に満ち溢れた生き物も珍しいですね。視界に入るだけで吐き気がします」



 この子の煽りスキル高すぎやしないだろうか。ちなみに、エリンだけは姿を変えていない。



「お前ら、この私に逆らってタダでいられると思うなよ。おいっ!」



 後ろから大男が数人出てくる。なぜこんな屈強な人間を従えといて女の子を使うのか。



「エリン、魔法使うから人が死なない程度に弱めてくれる?」


「分かりました?」



 なにそのクエスチョンマーク。



「すみません、威力を弱めるなんてことする機会なかったので。でも大丈夫です、できます」



 その根拠はどこから来るのか。でもまあ、精霊王らしいし信じておこう。

 人差し指をスッと上げる。なんかこれ久しぶりだな。



「エリン、大丈夫そう?」


「え、えぇ。大丈夫です」



 なんか歯切れが悪くて不安なんだけど。



「ねぇ、本当に大丈夫?」


「はい、お任せください」



 まぁ、そこまで言うのなら――。



「おらぁ!」



 僕は指を振り下ろした。

 僕が出した雷は現れた魔法陣を介して威力が弱まる。それに当てられた男たちがふらっと倒れる。



「おぉ、凄い」


「凄いのはリクです。なんですか、この威力は」


「リク様の力はそんなものじゃない」



 ちょっと周りが騒がしくなってきたな。そろそろお暇したいんだけど。



「き、貴族の私にここまでのことをして許されると――」



 そこまで言ったところで僕の方へ声が掛かる。というかこの人貴族だったんだ。



「ちょっとお兄ちゃん! 急に魔法解かないでよ! ……って何この状況?」



 離れたところで騒ぎ声が聞こえていたのはそのせいだったか。というかルカとシエラまで魔法解く必要なくない? そう思ってエリンの方をちらりと見る。



「私たちがこんな状況で二人が遊んでいるのもどうかなと思いまして」



 王にあるまじき心の狭さである。



「な、なぜデルガンダ王国の姫がこんなところに!?」


「……妾の楽しみを邪魔したのはそやつということで間違いないのかや?」



 間違いないよ。間違いないけど、その握りしめたこぶしの力は抜いておこうか。

 この騒ぎを聞きつけて、一人の兵士がやってきた。始めに僕らを案内してくれた人だ。



「リク様、何かありましたか?」


「おい、そこの憲兵! 取り敢えずそこにいる姫以外の者を牢獄に……様?」


「この方はラエル王女の客人なのです。それでこの騒ぎは一体……」



 さっきまで高圧的な態度をとっていた自称貴族の顔が見る見るうちに青くなっていく。

 どうやら権力者には弱いらしい。それを知った僕は笑顔でその男に向かって夕食に誘う。



「今夜、王女と夕食をする約束をしているのですが、ご一緒にどうですか? その時に騒ぎの原因をお話しするというのはいかがでしょう?」



 断ろうとは思ったが、他国の姫にそんな扱いは出来ないと言われたので、ストビー王国でも城に入り浸ることになっている。三食付きの豪華な宿とでも考えておこう。



「いえ、その……え、遠慮させていただきます!」



 それだけ言って、倒れている護衛らしき者たちを置いてどこかに走って行ってしまった。



「お兄ちゃん、怒ってる?」


「まあ、事が事だからね」



 ルカはアイラにしがみついている女の子の方をちらりと見て首を傾げる。



「誰?」


「私の妹」


「えっ、アイラ妹なんていたの?」


「初めまして、アイナです」



 取り敢えず周りが騒がしいから落ち着いたところに行きたい。



「私が転移魔法で城の中へ移動させましょう」


「いやいや、それは流石に怒られると思うんだけど……」



 そう答えながらちらりと騒ぎを聞きつけて来てくれた兵士の方をちらりと見ると、



「今朝案内した場所なら今は誰もいないかと」



 とのこと。不安になったので一応聞いてみると、この国では精霊と契約を結んでいるものは無条件に信頼されるらしい。まあ、悪意持ってたら精霊と契約なんてできないし。



「あれ? 契約してから悪意をもったらどうなるの?」


「契約は精霊からの一方的なものなので、精霊はいつでも自由に破棄できるのです」



 なんだ、やっぱり契約を解除する方法あるじゃん。



「いえ、私はそんなことするつもりはないですけどね」


「そんなことより早く戻って出直すのじゃ!」


「イカ焼きの屋台のおじさんにお金渡したのに貰ってないの!」



 楽しんでるなぁ。



「すみません、僕らだけで行くのもあれなんで出来れば付いて来て欲しいんですけど……」


「いいですよ。私は見回りしていただけなので。それに、見回りをしているのは私だけではないので、一人ぐらい抜けても問題ありません」


「すみません、助かります。エリン、お願い」


「分かりました」



 足元に魔法陣が現れる。その時、ふとコートの裾が引っ張られた。



「リク様……」


「これも何かの縁だろうし、その子も連れて行こうか」



 というかこんな所に放置できない。アイラの妹だし。アイナはアイラの後ろから突然現れた魔法陣を物珍しげに眺めている。

 やがて魔法陣が輝き出し、それが収まった時には周りの景色が変わっていた。それと同時にエリンは元の姿に戻って僕の肩に座る。



「ではラエル王女を呼んでまいります」


「いえ、ラエル王女もお忙しいでしょうしそこまでしなくても……」


「さっきの方はこの国の貴族なのです。それにこちらにも少々事情がありまして……」



 まあ、事情があるというのなら任せるけど。顔を突っ込むと面倒なことになりそうなので追及するのはやめておこう。

 さて、こんな所に放置されたわけだが、取り敢えずアイラの妹をどうにかしないと。取り敢えず体の傷治しとこうか。服はアイラの……は大きいから後で考えよう。と思ったのだが、僕が手を向けるとびくりと怯えてアイラの後ろに隠れてしまった。



「この人は大丈夫」


「う、うん……」



 めっちゃ不安そう。なんか妙な罪悪感を感じる。



「リク、目の前であんな魔法見せられたら普通怯えると思いますよ?」



 あぁ、なるほど。それは申し訳ないことしたな。

 再び手を向けると目をぎゅっと瞑ってなんか物凄く構えていた。が、僕は気にせず魔法で傷を治した。



「え?」


「リク、それは魔法……ですよね?」


「そうだよ」


「そんな一瞬で傷が治る魔法なんて初めて見ました」


「リク様の使う魔法は知ってる魔法の方が少ないと思う」


「主様、そろそろいいかや?」



 シエラは早く戻りたいらしい。別にいいけどさ。



「あの……ありがとうございます!」


「別にいいよ。えっと、アイナちゃんだっけ?」



 膝を曲げて目線を合わしながら聞いてみる。



「アイナでいいです」



 よく見ると見た目はアイラに似ているが、雰囲気は落ち着いたアイラとは対照的に明るそうな感じがする。



「私はルカだよ」


「この人はなんちゃってお姫様」


「お姫様……なんですか?」


「ちょっとアイラ、変な事言わないでよ!」



 精神年齢が近いからか、ルカとはすぐに仲良くなれそうな気がする。その点においてはシエラも同じだろう。



「妾は若いからな」


「?」



 知らない人は突然僕の心の声に反応するとびっくりするからその辺は考えて欲しい。



「リク、変態脳筋トカゲに人間に配慮するような器量はありませんよ」



 あぁ、また面倒なことを。と、思ったのだが今回はそうはならなかった。



「変態脳筋トカゲって名前なの?」



 思わずみんなで吹き出してしまった。シエラは複雑そうな顔をして、アイナは皆がなぜ笑っているのか分かっていないようだ。

 そんなこんなしているうちに報告に行っていた兵士が戻ってきた。



「リク様、先程あったお話を聞きたいのですが……」


「その前にこの二人が城の外に出るまで付き添ってもらっていいですか?」



 なぜと言いたげな表情をしていたので、エリンに頼んで姿を変えてもらう。不審者が城の中にいたら面倒なことになりそうな気がした僕の意図はうまく伝わったらしい。先程とは違う姿なのでお金はもう一度払うように言っておいた。

 僕らをソファのある部屋に案内した後、二人に付き添って行ってくれた。



「なんかあの人やけに驚いてた気がするんだけど」


「精霊の魔法は普通こんなに簡単に使えるものではないからだと思いますよ」



 うん、全く話がつかめない。ラエル王女とお話しする時にはエリンにも来てもらおう。デザートを出しておけば一緒にいてくれるだろうか。

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